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始まりの唄

君の手には…

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「なっ、なんなんだ…。これ……」
「…そういえば…僕も君に一つ聞いておきたかったんだ……」
「…えっ? …なっ、なんですか?」
「強くなる為には多少の犠牲は仕方ない…。…君はそう思うかい?」
「…多少は仕方ないと思いますけど……。でも…今はそんな事より…」
「…なら…ちょうどいい……。……君にお客さんが来たようだ…」
「…お客さん?」
 青い空は急に暗くなり、さっきまで穏やかだった海は急に荒れ出した。辺りの空気は一瞬にして変わり、ヒリヒリと肌に突き刺ささった。

「…たっ、助けてください」
「…なっ!」
「……きゃあああ!」
「……っ!」
 黒い鎖を全身に巻き付けた鋭い牙を生やした悪魔のようなモンスターに頭を掴まれて、神様の頭は今にも潰されそうだった。僕はすぐに助けに行こうとしたが、足が一歩前に出ただけでどうすることもできず、止まってしまった。
「……それで正解だ……」
「でも…このままじゃ…あの子がっ…!」
「…大丈夫さ……」
「大丈夫って…」
「だって…彼女は偽物だからね……」
「…偽物?」
「ああっ…。…そろそろ、下手な芝居はやめたらどうだ!? …アーデルッ!」
 彼が小さなナイフを神様に向かって投げると、神様を守るようにモンスターが手で覆った。神様はナイフの突き刺さったモンスターの大きな手を退けると、不気味な笑い声を上げて、褐色の女の魔人に変化した。
「…反応があったと思ったら…まさか…こんなところに裏切り者がいるなんてね……」
「……」
 …裏切り者?
「別に裏切ったわけじゃない…。初めから仲間じゃなかっただけさ…」
「…貴方の願いも叶うのよ?」
「…結果としては同じでも過程が違えば…それは僕の願いじゃない…」
「…まぁ…いいわ……。…どちらにしても裏切り者は始末する……」
「…僕を始末? …レベル1の彼にも勝てないのにかい?」
「…ぼっ、ぼく!?」
「…彼がなんだって言うの?」
「…別にただの冒険者だよ……。でも…君じゃ彼を倒せない…。僕がとっておきのスキルをあげた…。賭けてもいい…。君じゃ勝てない…」
「…へぇ……」
 急に話に入れられて僕は混乱したが、彼等は淡々と話を進めた。僕は嫌な予感がしてすぐに止めたが、全く止まる気がしなかった。
「ちょっ、ちょっと、待ってください!」
「なら…味見してみないとね………」
「…ぼっ、僕は…美味しくないですよ……」
「…食べてみないとわからないわ……」

 時が止まったようにその瞬間は長かった。僕が瞬きをした一瞬にして、間合いを詰められて僕は短剣で胸を突き刺されそうになった。
「…っ!」
「…はぁああ!」
「…ロッ、ロックウォール!」
「…ちっ!」
 目の前に固そうなゴツゴツした岩と土が入り混じった壁が現れて、なんとか敵の攻撃を防ぐ事ができた。
 あっ、危なっ…。
「…ん?」
 一安心する暇もなく、上空が影に覆われ妙な寒気を感じた。僕は壁に足をつけて魔法を唱えた。
「…ハッ、ハイジャンプ!」

 僕は真横にジャンプすると、巨大なモンスターは地面の形状が変わるような一撃を上空から繰り出した。さっきまでいた場所は砂の波を立てていた。
「はぁ……。…参ったわね……。…私とした事がこんなしょうもない手にかかるとは……」
「…くっ、くるなっ!」
 僕はなれない木刀を敵に向けたが、木刀は切先が震えていた。そんな状況を見て僕は自分が情けなくなった。
「…あんたも可哀想ね………」
「…なっ、なにっ!」
「あんたは奴が逃げる為のダシに使われたのよ…」
「…そっ、そんなっ!」
 ……いない…。
 確かに奴の言うとおり、周りを見渡しても白いフードを被った商人はいなかった。
「……そうね…。抵抗せずに黙って捕まるなら命は助けてたあげるわよ…」
「ほっ、ほんとに!?」
 なら…ここは大人しく…。
「…ええっ……」
「……」
 …でも…あんな攻撃してきた奴らを信用していいのか……?
『……当然…信用するべきではないね…』
「さっきの人…。一体、どこに…!?」
「…坊や……。嘘なんて通じると思ってるの?」
「…ほんとなんだ! ほんとに声が…」

 よくわからないが、頭の中に商人の声が響いてきた。しかし、僕は辺りをキョロキョロと見渡してみたが、商人の姿は見えなかった。
「……」
 …いない?
『…いないわけじゃない……。遠くから君の事を見てるだけさ…」
「…遠くから見てるって…! 僕が攻撃されてるときに逃げたんじゃないかっ!」
『はははっ…。まあ…僕は戦闘用のキャラクターじゃないし…仕方ないだろ? あくまでここに来た人達をサポートするのが僕の仕事なんだ…』
「…演技じゃないなら、奴に伝えてちょうだい……。ここに来いと…。奴がここに来るなら君は見逃してもいいわよ……」
「聞こえてます…!? 貴方がここにきたら僕は見逃してもらえるんですけど!?」
『……』
「……きっ、聞いてます!?」
「…十秒以内に呼びなさい? 十、九…」
「ちょっ、ちょっとまってください。…商人さん!?」
 女の魔人は禍々しい黒い球体を膨らませながら、ゆっくりと僕に近づいてきた。僕は木刀を必死に握りながら、神に祈るように商人に語りかけた。
『……』
「商人さん、答えてください!」
『……なぜ…戦わないんだ?』
「八…七…」
「…たっ、戦わないって…? …かっ、勝てるわけないじゃないか!」
『……なぜ?』
「…だって…これは現実だ!」
『違う…。ここは現実なんかじゃない…。だから…奴らを消したところで気に病むことなんてない…』
「六…五…四…」
「…そうじゃない! ぼっ、僕じゃ…勝てないって言いたいんだよ…。……だっ、誰も傷つけたくないんだ…」
『…はははははっ……。なるほど…綺麗なままでいたいんだね…。わかるよ…その気持ち…。でも…僕はそんな奴は嫌いだ…』
「三…ニ…一…」
「何言ってるんだよ…。一体…。……助けてよ…!」
『……それを認めたら…少しだけ手伝ってあげよう…。君の手には洗っても消えない真っ赤な血が染みついている…。それを認めたらね…』
「いっ、いやだ…。死にたくっ…」

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