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第1章 魔法を使ったら王子サマに溺愛されました。

2 もたらされた知らせ ◆クリストフ

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 平和なとき、それを口にすると予測外のことが起きることがあるぞ――――そう、俺に笑いながら言ったのは、冒険者宿のあの男だったな、なんてことを思い出していた。

 ため息をついてしまうのは仕方ないと思う。
 あの男は先読みの力でも持っているんだろうか。




 ついこの間まで北側の魔物討伐に出ていた俺は、帰城し報告書をまとめ、部下たちに三日間の休養日を与えていた。今回の遠征は日程的にかなり無理な詰め込み方をしていたため、いくら俺の兵団と言っても疲労が濃かったからだ。
 帰城して二日目。
 急な呼び出しもなく、珍しく兄上と共に父王陛下のもとに呼び出されていた。

「ギルベルト、婚姻式まで後3ヶ月だな…。準備は滞りないか?」
「問題ありません。順調に進めております、陛下」

 父王陛下は楽しそうに頷く。…王の威厳は感じられないが、まあ、今この時はいいんだろう。純粋に息子の結婚を楽しみにしてる父親ということで。

「ところで、クリストフ」
「はい」
「お前はどうなんだ」
「……」

 予想はしていた。兄上にこの話を振ったということは、本題は俺のことなんだろう、と。

「どう、とは、どういうことでしょうか」
「いい加減婚約者を決めてはどうか、ということだ」
「………」

 またこの話。
 正直、俺にとってはどうでもいい。子供を作る気はないし、兄上の統治に役立つなら、誰でもいい。愛するとは思えないから。

「デリウスの令嬢とよく夜会に行くようだな?」
「ええ。陛下。我が娘ヘルミーネのことを、殿下にはよくお誘いいただいております」

 お誘い。してほしいと言ってくるのは公爵の方だ。まあ、身分的には問題ない。……だが、宰相でもあるデリウス侯爵は、何を考えているかわからない人物の一人だ。
 兄上の治世に彼は必要ない。つまり、その娘を妻として迎えるなど、有りはしないのだ。
 誰に気づかれることなくため息をつく。

「陛下、私は――――」

 そう、言葉を発したとき、早馬が来たという知らせが広間にもたらされた。
 早馬による連絡など、緊急以外何物でもない。

「通せ」

 父親の顔はもうそこにはなかった。
 陛下は毅然と早馬の使者を通すように声を発する。
 そして、広間に通された兵士は、すぐに跪き、焦ったように声を出した。兵士の装備は南西の駐屯兵士団のものか。
 何事が起きたのかと緊張が走る。

「ご報告申し上げます!!王都より南西のタリカ村にて、スライムが確認されました!!」

 その兵士の報告に、広間は静まり返った。

 スライムは本来、地下深くに住まうとされている魔物だ。地上で見るのは珍しい。けれど、稀に、地上で驚異的な増殖をすることがある。

「規模は?」
「現在確認されている個体は、二体のグリーンスライムです。畑の被害甚大、村人は現在一箇所に集まり助けを待っている状態です…。我々の力だけでは足りず、どうか、どうか、スライム討伐にお力をお貸しください……!!」

 思わず舌打ちしてしまった。
 過去の記録の中で、たった一体のスライムに村一つが壊滅的な被害を受けたというのを見たことがある。
 急がなければ大変なことになってしまう。
 けれど、スライム討伐には大きな問題があった。

「現在動ける魔法師はいるか?」

 焦りを含んだ陛下の言葉。
 陛下はちらりと宰相を見る。
 宰相はその視線を受け、考える素振りを見せた。

「レイランド魔法師長は、現在全ての魔法師が各任務についていると、昨日おっしゃっておりましたが…」
「………そうか」

 沈黙が降りる。

 スライムには魔法師が操る術――――要するに、魔法が一番効果を発揮するが、この国では魔法師が足りていないのが現状だ。なり手がいない、ということよりも、素質を持った者が極端に少ないのだ。

 素質のある者は貴族でも平民でも、基本的には軍属となる。有事の際、戦場に赴くことはもちろんだが、騎士団や兵士団とはまた別の組織になるため、命令系統も異なる。騎士団や兵士団は基本的に陛下の命令のもとに動く。けれど、魔法師団は、その長である魔法師長が全てを取り仕切っていた。
 いつからこのような体制になったのかがわからない。魔法師団が完全に魔法師長の私物と化しているのら、断罪を行うのは簡単。けれど、その証拠はあがらない。表面上は陛下に忠誠を誓い、陛下の要請があれば魔法師を派遣するからだ。
 戦闘面だけでなく、魔法師たちには魔法の研究という役割もある。新しい魔法の開発、既存の魔法の効率化の研究…、とにかくやることは多い。そのため、必ず誰かはいるはずなのだ。
 それなのに、その魔法師が全員出払っているなどと。ありえない。
 しかもそれを伝えるのが宰相。昨日のこと・・・・・を、だ。確かめに行くこともせずに。
 我が国には、一体どれだけの膿が溜まっているのだろう。




「陛下」

 広間に共にいた兄上が沈黙を破り、膝を付いた。
 突然臣下の礼を取った兄上に、陛下は怪訝な目を向ける。

「ギルベルト?」
「陛下、私達が兵を率い、タリカに赴きます」
「しかし」
「陛下が危惧されていることは重々承知しております。ですが、事は一刻を争うもの。この場は私達が適任かと」

 兄上がそう言い切り、俺を見た。その視線にうなずき返し、彼の隣に同じく跪く。

「………わかった。お前達に任せよう」

 陛下は立ち上がり、厳しい表情となった。

「第一王子ギルベルト・エルスター、第二王子クリストフ・エルスター」
「「はっ!!!」」
「お前たちにスライム討伐の任を与える。その力を持って速やかにこれを討伐せよ!」
「「御意!!」」

 応えてから顔を上げた。
 そこには、厳しい王としての顔ではなく、優しげに思いやる父の顔があった。


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