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第1章 魔法を使ったら王子サマに溺愛されました。

41 クリスの匂いがするよ

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 クリスの魔力が体の中を駆け巡る。
 最初は温かく感じていたそれは、今は炎のように熱く俺を支配しようとしている。

「放て…!」

 クリスの声は力強く俺の中に響く。

 この人が傍にいてくれるなら、何も怖くない。

 3匹目のヘルハウンドに止めを刺すために兵士さんが動いた。風の魔法は威力が足りなかったようだけど、かなりの深手を負わせることは出来たみたいだった。

 そして、クリスの手が離れた。
 それと同時に、俺の中で異変が起きた。
 熱く渦を巻く魔力。
 魔法を使ったのに、何故か高まるばかりのように感じる。

 クリス、俺の身体がおかしい。
 ねえ、怖い。クリス、怖いよ。
 俺、どうなってしまうんだろう……?

 身体の中の熱が熱くて熱くて仕方がなくて、それがピークに達したとき、俺の意識は底に沈んだ。






 ずっと、夢を見ていた気がする。

 白くて狭い箱のような部屋の中。
 そこに身体が引きずり込まれるような感覚。

『おいで』

 何本もの白い手に身体が掴み取られる。

『戻っておいで』

 離して。
 嫌だよ。
 そっちには行かない。
 俺は、クリスの傍にいたい。

 俺を掴んでいた白い手が、ぼろぼろと崩れ落ちていく。

 そして、俺も。

 落ちては浮上して、浮上しては落ちる。

 そんな夢を、繰り返し繰り返し。

 ――――アキ

 呼ばれて答えたいのに、声が出なくて。
 早く、抱きしめてもらいたいのに――――







「アキ……アキっ」

 クリスの、切羽詰まったような、ホッとしたような、複雑な声は覚えてる。
 ぼんやりと、なんでそんな顔してるんだろう……って、思ってた。

 でも、なんだか眠たくて。
 目を開けていることができなかった。

 眠りと覚醒を繰り返して、そのたびにクリスの顔を見て、なんだか胸が苦しくなる気がした。

 でも、しっかり記憶してるわけじゃない。とても断片的なもの。もしかしたら夢だったのかもと思ってしまうほどの。

 はっきりと覚えているのは、馬車の中から。
 記憶から切り取られたおよそ一日の間。
 俺はかなり朦朧としていたようで、時折瞳を開けては、閉じることを繰り返していたらしい。……まあ、なんとなくそんな気はしていたけど。じゃあ、夢だと思っていたことも、現実だったってことかな。

 馬車の中でのこともはっきりと覚えているのかと問われれば、かなり、自信がない。
 ただはっきりしているのは、目を覚ますとそこにはクリスがいて、ずっとずっと抱きしめてくれていたこと。
 キスをしてほしくて手を伸ばしたら、クリスは望みを叶えてくれた。

 鮮明な記憶として思い出せるのは、外が暗くなって窓の外に松明やランタンの明かりが見え始めた頃から。

 それからうとうとしている間に城についていた。
 ちょっと感動した。
 想像を遥かに超えた勇壮さで。

 ………でも、暗い。

「…くらくて、よくみえない」

 そう言ったら、笑われた。

「そうだな。明るいときに案内するよ」
「うん」

 その後、お兄さんに促されてクリスに抱かれたまま城に入ったけど、誰にも会わない。

 クリスの後ろには、よく俺に飲み物とか渡してくれた人がついてきてる。

 それにしても、城、って、ほんとにこんなに閑散としてるものなのかな?

 城の中は明るい。
 ランタンの光りでこんなに明るくなるのかと、感心してしまうくらいに。
 クリスが扉の鍵を開けたとき、後ろの二人が膝をおった。

「殿下、今夜は私達が護衛に付きます。何かあればお声掛けください」
「頼んだ」

 …ってやり取りしてて、リアル主従関係を目にしてちょっと興奮した(あくまでもクリスには内緒)。あの二人のこと、後で教えてもらおう。

 部屋の中は灯りがなく暗い。
 でも、カーテンをしていない窓からは、柔らかい月の光が入り込んでいた。

「…ここ、くりすの、へや?」

 まだ舌がもつれる感じがする。

「ああ」

 クリスは短く答えると、月明かりだけの部屋の中を迷うことなく進む。まあ、自分の部屋だからね。

 クリスは俺を抱いたまま、もう一つ扉を開けた。
 そこはさっきの部屋と同じくらいの大きさの部屋で、多分寝室なのかな。
 一人で使うには大きすぎるベッドと、ベッドサイドに置かれたテーブルと椅子。それから、クローゼット、かな?月明かりの中で見るにはそれくらいが限界。

「今明るくする」

 俺をベッドにおろしたあと、テーブルの上に置かれているランタンに、クリスが明かりをともした。
 途端、広い部屋なのに全体が明るくなった。
 ランタンにも色々種類があるのか。
 タリカで使っていたものは、ここまで明るくなかったと思う。

「おなかはすいていない?」
「…すこし」
「なにが食べたい?」
「えと……、パン粥……とか…?」
「わかった」

 クリスは俺の額にキスをすると、もと来た扉の方に向かっていった。

 部屋の中を観察しながら、枕からクリスの匂いがしてることに気づいた。そしたらちょっと我慢できなくて、枕を抱きしめてしまった。

 戻ってきたクリスが、俺を見て柔らかな笑みを浮かべる。

「どうした?」
「…クリスの匂いがする」

 なんか恥ずかしいことを言っているような気もするが、ここにはクリスだけだし。

「アキもきっと俺の匂いになってる」
「……そう、かな?」
「ずっと俺の腕の中にいたからな」

 おう。
 耳元の声は破壊力がすごい。
 それに、確かに馬車の中では、ずっとクリスの膝の上にいて。
 移り香、ってやつかと自覚したら、妙に恥ずかしくなってしまった。
 ……でも、もっと傍にいたい。
 抱きしめられたい。
 キスされたい。
 ……クリス、気づいてくれるかな?


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