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第1章 魔法を使ったら王子サマに溺愛されました。
40 その存在を失うことはない ◆クリストフ
しおりを挟む翌朝、アキの熱はかなり下がっていた。
抱きしめて眠ったためか、昨日のような冷たさは感じない。
けれど、まだ意識ははっきりとしない。
桶の水を替えようかと、シャツを羽織り外に出ると、まだ日が登りきらない早朝だというのに、オットーとザイルがいた。
「殿下」
「おはようございます」
「私が桶の水を替えてきます」
「殿下はここに座ってください。包帯を換えます」
「あ、ああ」
連携がいいな、こいつら。
オットーが包帯を解き、傷の具合を確認していった。
「…殿下、今日はまだ激しく動かないでください。剣を振るうと腹部の傷が開きそうです」
「…わかった」
そうして、また器用に包帯を巻いていく。
シャツを羽織り直した頃に、ザイルが戻ってきた。
「新しい果実水も用意しました。天幕の中に運んでもよろしいですか?」
「……頼む」
ザイルは笑って頷くと、天幕の方へと向かっていった。
「朝食の準備が整い次第お持ちします。殿下はもう少しお休みください」
「…そうする。ありがとう、オットー」
「はい」
どこかほっとしたような顔で、オットーは頷いた。多分、昨日から心配ばかりかけているのだろう。
天幕に向かう途中でザイルともすれ違った。手には昨日の果実水の入った水差しを持っている。
「殿下、何か必要なものがあればすぐお声掛けください」
「ああ。ありがとう、ザイル」
そのまま天幕の中に入った。
机の上は片付けられ、タオルも新しいものが置かれている。
果実水をグラスに注ぎ、飲み干した。
「アキ」
頬に口づけ額を合わせる。
まだ、少し熱が高い。
「…俺は、周りに恵まれすぎているようだ」
果実水をグラスに注ぎ直し、一口、口に含む。
そのままアキに口づけ、ゆっくりと、流し込んだ。
アキの喉が鳴る。
舌を絡めても、応えることは、まだ、なくて。
「はやく…戻っておいで、アキ」
そうして昨夜と同じく、アキを抱き寄せながらベッドに横になる。
アキの体の暖かさを感じながら、再び眠りについた。
王都からの馬車は太陽が中天に差し掛かる前に到着した。
そこから慌ただしく撤収作業が開始される。
馬車に乗るのは、俺とアキ、兄上だ。
移動のために抱き上げたとき、薄っすらと瞳が開いた。
「……くり、す」
「っ、アキ」
それまでは力もなく動かなかった手が、俺の胸元に添えられる。力はまだ入らないようで、服は掴めず震えてはいた。
「………っ」
アキの意識が戻った…!!
まだ完全でなくても、俺の名を呼んでくれた…!!
「アキ……アキっ」
抱きかかえたまま、口づけた。舌を差し込めば、確かに反応がある。
「ん…ちょ、っと、ま、って」
「ああ、すまない」
アキは頬を赤らめ、首を横に振る。
「……いや、じゃ、なく、て、なんか」
「無理に話さなくていい。これから王都に馬車で向かう。果実水は飲めそうか?」
アキは小さく頷いた。
「わかった」
そのまま天幕を出た。
「オットー、馬車の中に果実水と果物を用意してくれ!」
そう声をかければ、瞬時に状況を理解してくれる。
馬車まで移動すれば、兄上が俺たちのもとに駆け寄ってきた。
「アキの意識が戻った」
「!…そうか。よかった…っ」
腕の中のアキは目を彷徨わせてから俺を見る。状況が飲み込めていないのだろう。
馬車に乗り込むと、片方の座席にはクッションが多めに置かれていた。普段見かけない毛布まで積んである。
「横になるか?」
そしたら首を横に振る。
「くりすが、いい」
「わかった」
座席に腰掛け、足の上に横向きに座らせた。背中を預けられるように、クッションをいくつかアキの背中に置く。
「…くりす」
頬に手が伸びてきた。震える指先が、傷を辿る。
「…なん、で?」
「全部、話す。聞いてくれ」
ゆっくりと、昨日の出来事を伝えた。
ヘルハウンドを倒したあと、魔力暴走が起きたこと、そこから意識をなくしていたこと。
それを聞きながら、頬の傷を悲しそうに辿る。
「…ごめん、なさい、これ、おれの」
「アキのせいじゃない。急ぎすぎた俺が悪い」
アキの頭を胸元に引き寄せた。
「…目覚めてくれて、ありがとう…アキ」
「…くりす」
アキが顔を上げる。それから、静かに目を閉じる。俺は、強請られたものを、渡すだけだ。
「ん………っ」
唇を重ねる。
最初は触れるだけの口づけを。
だがすぐに深く絡み合う口づけへと変わる。何度も、角度を変えながら。
オットーたちが用意したバスケットを持った兄上が、馬車に乗りんでくるまでずっと続けていた。
「……私、馬で行こうか?」
っていう兄上の言葉に、アキは真っ赤になって首を横に振った。俺は、苦笑するしかない。
兄上が座席につくと、馬車が動き始めた。振動はそれほど大きくはない。
「私に遠慮しなくていいから、好きなだけクリストフに甘えるといいよ、アキラ」
そう言われて、アキは俺を見上げ、また、顔を赤くする。
その様子を兄上は楽しそうに見ながら、バスケットの中から水差しを取り出しグラスに注いでくれた。
「クリストフ」
「すまない」
それを受け取り、アキの手元に持っていく。
「持てるか?」
手はまだ震えている。
それでも両手で支え、何とかグラスを口元まで運んだ。
「……おいしい」
ゆっくり、ゆっくり飲みこみ、半分くらい飲んだところで手をおろした。こぼさないようにそのグラスはすぐに受け取る。
アキは息をつくと、頭を俺の胸元によりかからせてきた。
「眠れ」
「……ん」
アキの体を抱え直す。右手で毛布を取り体にかけると、すぐに寝息が聞こえてきた。
「一安心、だね」
「…ああ」
僅かに馬車の揺れが大きくなる。
速度を上げたのか。それでも馬を駆るより遅いのは仕方のないこと。
「流石に日没までにはつかないなぁ…。まあ、夜中にならないだけましかもしれない」
「王都近郊であれば、日が落ちてから走り続けても問題はないだろう」
「そうだね」
ふと、アキが薄っすらと目を開いた。俺のことを確認すると、口元に笑みを浮かべまた目を閉じる。
またすぐに寝息に変わったが、胸がざわついた。愛しくてたまらない。
「アキ…」
想いが溢れ、額に唇を押し当てた。
それから後は、アキが寝息をたてている間に、少しずつ果実水を口移しで飲ませた。俺の魔力を与えることにもなるから丁度いい。
兄上は携帯していた本を取り出し静かに読み始める。
アキが目を覚ますと、果物を口へと運ぶ。
兄上の存在を忘れるのか、たまに口づけを強請られる。もちろんそれには即座に答え、唇と舌を思う存分味わうのだが、途中で兄上のことを思い出し、真っ赤になって離れてしまう。
アキの状態が完全によくなった訳ではない。
けれど、アキが俺にその瞳をむけて微笑んでくれる。
それだけで、俺は喜んでいた。
アキを失うことはないのだと、確信できて。
本当に、よかった――――
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