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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。
7 凄く嬉しかった
しおりを挟む窓から差し込む日差しが強くなってきたなぁって感じる頃に、俺はベッドの上で座っていられるようになった。
左肩のとこは、相変わらず刺すような痛みが走ることがあるけれど、気を失うくらい痛みを感じることはほとんどない。
傷を覆うための包帯は、今まで上半身半分くらいぐるぐる巻だったけど、今は左肩限定で軽く巻かれてる。
傷自体は、まだ見るのが怖いのだけど、クリスが言うには引き攣れた痕が赤く残るくらいまでは回復してるらしい。
……でも、左腕はまだ動かせない。なので、俺がベッドに座っている間は、三角巾みたいなもので、左腕を吊ってる状態。骨折してる人が腕を吊ってるみたいな、あれ。
少しでも肩を動かされると激痛が走るから。ほんとは、そろそろ動かさなきゃならないみたいなんだけど。
クリスのリハビリのおかげで、右腕と足は不自由なく動かせるからね。筋力が落ちてるのが不安なんだけど、ラルフィン君から歩く許可をもらえてない…。
とりあえず、俺がちゃんと食事を取れるようになったら、だって。
……うん。俺、食べてないんだよ。口にするものといえば、クリスが飲ませてくれる果実水くらい…。お腹もすかないのはなぜなのか。……トイレにもいきたいと思わないのはなぜなのか……。
……ま、考えても答えは出ない。考えないでおこう。
「アキ、スープでも飲んでみるか?」
「え、いいの?」
クリスに聞かれて、思いの外嬉しそうな声を出してしまった。
自分でも『こんなに、楽しみにしてたのか』って呆れるくらいの声音に、クリスも笑う。
「スープだけな」
「うん」
クリスは俺の頭を撫でると、寝室を出た。
隣の部屋にメリダさんとかいるのかな。全然会ってないんだけど。
ベッドの上に一人になって、なんとなく、右手で左手に触った。触られた感触はあるし、体温も感じられる。
クリスが俺の足にしてくれたように、ゆっくり、右手で左の指を動かしてみた。全部の指がちゃんと曲がるし、曲がってるって感覚もある。
それじゃあ自力で動かせないかと意識してみたけれど、うまく行かない。動かすってどうやるんだっけ?…みたいな感覚になってしまった。それでもむりやり力を入れようとすると、肩に痛みが走る。
「まだ無理かぁ…」
肩のように動かしても痛くないのは幸いだけど…。
まあ、それでも、しないよりはしたほうがいいと思って、ひたすら左手を揉んだ。
暫くそうやっていたら、寝室にクリスが戻ってきたんだけど、後ろからメリダさんもついてきていた。
「アキラさん……っ」
「メリダさん、えーと、お久しぶり?」
ワゴンを押していたメリダさんは、ワゴンを置いたまま俺の方に駆け寄ってきて、右手をぎゅっと両手で包み込んだ。
「よかった……よかった……!」
ぽろぽろ涙を流しながら、何度も「よかった」を繰り返すメリダさん。……すごく、心配してくれてたんだね。
「心配かけてごめんなさい。俺ね、多分もう大丈夫です。ちょっとまだ左手は動かせないけど」
「はい……はい……っ、存じております!」
なんか、多分、俺が思ってる以上に心配をかけてたみたい。俺自身は時間の感覚がおかしくなってるから、今が何日目なのかとか、全くわかってない。季節が移ろうとしていることしかわからない。
けど、メリダさんは俺がここに戻ってきてからどれくらい経ってるかとか、ちゃんとわかってるわけで。
「メリダさん、ありがとうございます」
俺、笑えたかな?
これ以上心配かけたくないし、不安にもさせたくないよ。
「これからもしっかりアキラさんのお世話をさせていただきますから。このメリダを頼ってくださいませね?」
まだ涙は止まらなかったけど、メリダさん、笑ってくれた。……うん。ほんと、おばあちゃん、って感じだ。クリスとは別の安心感がある。
「できないことばかりだから、よろしくお願いします」
「はい」
メリダさんは頷いて、俺から手を離すと、クリスがテーブルの近くまで押してきたワゴンから、スープ皿や紅茶セットなんかを準備し始めた。
「アキ」
「ん」
クリスに抱き上げられた。少し肩が動いて痛みが走るけど、これくらいなら大丈夫。
「…軽くなったな」
「まあ……、食べてないし。食べれるようになったら戻ると思うよ?あ、でも、駄目だ、クリス」
「何が?」
クリスは俺を抱いたまま椅子に腰掛けて、膝の上に俺を座らせた。……あ、これ、久しぶりのポジションだ。嬉しい。
「ほとんど動けないのに、いつもと同じだけ食べたら、戻るどころか太るよ…俺」
大真面目に大問題なので、真剣に言ったら、なんでか二人に笑われた。
「そもそももう少し太ってもいいくらいなんだから」
「アキラさんは細すぎだったんですよ」
メリダさんは楽しそうに笑いながら、紅茶のカップをクリスに手渡した。…いい香り。これも久しぶりだ。
果実水は飲んでるわけだし、スープもいいって言われたんだから、紅茶だって飲んでいいってことだよね。駄目だったらクリスがとめるのだろうし。
「持てるか?」
「ん…」
カップにはあまり沢山は入っていない。
気持ち的には持てる。
けど、取っ手に触れた指が少し震えた。指先に力を入れて持ち上げようと思ったけど、少し浮いたときにカシャンと音を立ててソーサーの上に落ちてしまった。溢れてないよ。そこは大丈夫。
「無理か」
「ごめん」
「いや。気にしなくていい。もう一度持って」
クリスはソーサーだけをテーブルに置いた。カップを自分の右手で持って、取っ手を俺に向けてくる。
そうやってクリスに促されてカップの取っ手にもう一度指をかけた。ゆっくり持ち上げていくと、クリスの右手は、そのままカップを支えてくれる。
指はまだ震えているけど、クリスのお陰で口元までカップを運ぶことができた。
少し温度の下がった紅茶を一口、ゆっくりと飲み込んだ。いい香り。俺の好きなやつ。
クリスもメリダさんも黙ったまま俺のことを見ていて、俺が無事に飲み込めると、安堵のため息らしきものをついていた。
「美味しい」
「よかったな」
「うん。クリスありがとう。メリダさん、俺の好きなの淹れてくれてありがとうございます」
「次はもう少し少なめにお淹れしますからね」
「はい」
もう一口飲んでカップを口元から離したら、クリスがそのままテーブルの上に戻した。
ちなみに、クリスの左腕は俺の背中を支えてる。そうされないと俺は座ってられないから。
メリダさんがスープ皿を少し持ち上げる。
クリスはスープを少し掬ったスプーンを、俺の口元に運んでくれた。
「ゆっくりな?」
「ん」
焦らずスープを口にする。
優しい味のコンソメスープだった。
……あー……、美味しい。
「クリス……美味しい……」
「美味しいって顔してないな」
って笑う。
そんなに変な顔してるのかな、俺。
「や……、ほんとに美味しいよ。ただ、なんていうか、具のないスープだけなのに、こんなに美味しいものなんだなぁって驚いたというか、食べれるありがたみを知ったというか、うん、そんな気分で」
そう伝えると、クリスは目を細めて俺を見て、触れるだけのキスを唇に落とした。
「キスじゃなくてスープ」
……って抗議したら、笑われたよ。とっても。
そんな感じで楽しくスープを飲んでいたのだけど、五口目を飲み込んだあたりで、身体から力が抜けていく感じがした。
「……あれ?」
「横になろうか」
クリスは慌てた風もなく、俺を抱え直してベッドにおろしてくれた。
「ん…」
「気分は?」
「ん……、うん、大丈夫……」
「大丈夫じゃないだろ」
クリスが苦笑する。
「メリダ、片付けてくれ。果実水の準備を頼む」
「はい。お持ちしますね」
メリダさんがテーブルの上を片付けて、ワゴンを押して寝室を出ていった。
「少し頑張りすぎたな」
「……そう?でもね、俺ね、久しぶりに嬉しかったよ?」
「スープが?」
「ううん。クリスの膝の上に、座れたこと」
へへ…って笑いながら言った。だってね。本当に久しぶりで、凄く嬉しかったから。
「そんなに嬉しかった?」
「うん。嬉しかった」
クリスが笑いながらキスしてくれる。
唇が舐められて薄く開いたら、熱い舌がぬるっと俺の口の中に入ってくる。
……あ、気持ちいい。
「ん、んんっ」
もっと。もっと近くに来て。
力の入りにくい右手を、クリスの首に回してしがみついた。
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