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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。
2 『赤い悪魔』
しおりを挟む突然騒がしくなった出入り口に、なんだろう……と思いつつ、二人でそちらを見て、俺は固まった。
「御機嫌よう、スギハラ様、フロレンティーナ様」
「ヘルミーネ様…」
ティーナさんが立ち上がった。
件のヘルミーネ嬢は、真紅のドレスに身を包み、手にしたレースの扇子で口元を隠しながら、悠々とこちらに向かってきた。
春の庭に降り立った赤い悪魔…。あ、いや、悪魔とか言ったらだめだ。ごめんなさい。
その背後には、侍女と思わしき人が付き従っていて、ミルドさんとティーナさんの護衛さんは、その侍女さんに何やら言っているけど、聞く耳を持っていないらしい。
曲がりなりにも公爵令嬢。追い出せる立場じゃないのは理解してる。
「ヘルミーネ様、本日は私の茶会のため、こちらへの出入りは禁止されております。どうしてこちらに?貴女には招待状を差し上げてません。あまりにも無作法ではありませんか」
「あら…そうでしたの。ここでお茶会が開かれているなど、存じ上げず申し訳ありません。ですが、王太子殿下の婚約者様であっても、王城で二人だけのお茶会を開くというのはどういうことなのでしょう?不貞を疑われても仕方ないのでは?」
「私がアキラ様とお話がしたかったからですわ。アキラ様と私は、将来義理の姉弟になるのですから、不思議なことはありません。この場所をお借りできたのも、王太子殿下のご指示ですし、クリストフ殿下からは、二人でお茶会を開くことの許可を頂いてます。不貞など、私達を陥れるような物言いはおやめください。引いては王太子殿下、クリストフ殿下に対する不敬になりますよ」
語気を強めることも荒げることもなく、完璧な笑顔でティーナさんは乱入者に対峙する。凄いな。格好いい。
俺は正直、何も言えない。
ここから逃げ出したくなってる。
ヘルミーネさんの視線が、さっきから絡まるようで怖すぎる。
「義理の姉弟…ですか」
ヘルミーネさんの、目元が緩んだ。
「お可哀そうに」
これは、蔑んだ目だ。人を見下す目。
……怖い、って、思った。
この人の目は、怖い。
「わずかに魔法が使えるというだけで殿下を誘惑し、その座についているだけですのに…。ヴォルタール家はそれもわからないほどに落ちぶれたのですね…。嘆かわしい」
「ヘルミーネ様、私の言葉を理解されませんでしたか? デリウス宰相様のご息女である貴女様が、そのようなことをおっしゃるとは、考えてもおりませんでした。殿下のご婚約者様に対し、あまりにも不敬ではありませんか」
ティーナさんの怒りがすごくよくわかる。俺を守ろうとしてくれてる。
メリダさんが、俺の近くに膝をついて、俺の手を握ってくれた。その手は小刻みに震えてる。それに、滅茶苦茶怒ってる。
「不敬?敬う者はここにはいないはずですが?それとも、貴族は平民を敬うべきだと?」
「アキラ様はクリストフ殿下のご婚約者です。平民ではありません。既に王族と同等のお立場を持つお方です。貴女が仰る『平民』が、王城に…殿下と同じお部屋に住まうことができるとお思いですか?そんなこともおわかりになりませんか?アキラ様とクリストフ殿下のご婚約は、既に陛下がお認めになられていること。私達貴族は、王族の方々を支えていくのが役目。その筆頭でもあるデリウス公爵家のご息女が、何故王族に逆らうようなことをするのですか」
「逆らうなど…ありえませんわ。私はこれほど殿下をお慕いし、敬愛しているのですよ?私は殿下の正当な婚約者なのですよ?殿下の婚約者として、当然のことをしているに過ぎませんわ」
「……なんてことを……」
ティーナさんの顔色が変わる。こめかみに指を当て、小さく頭を振る。
俺は……、何も言えなかった。
純粋に、この人が怖くて。
クリスの婚約者は自分だと、胸を張って言えばいい。事実なんだから。クリスに望まれたのは俺だけで、愛されてるのも俺で。
なのに、苦しい。
「殿下の目もすぐ覚めるでしょう。珍しい双黒に興味をもっていらっしゃるだけなのですから。貧弱な身体で殿下の憐れみを誘うにしてももう限界でしょう?ああ。はやくこの身体で殿下を癒やして差し上げたいわ」
「ヘルミーネ様」
「そして殿下の御子が生まれれば、国にとっても大変喜ばしいことだと思わない?フロレンティーナ様」
ヘルミーネさんが、自分のお腹に手を添えた。
それを見たティーナさんとメリダさんから、息を呑むような気配を感じる。
目の前が、赤く染まる気がした。
御子。
クリスの、子供。
俺には、絶対にあげられないもの。
呼吸が、苦しくなる。
「アキラさん?」
メリダさんの声が聞こえる。でも、遠い。
はっ、はっ、ていう、自分の呼吸音だけが、やたらと大きい。
「アキラさんっ」
ティーナさんの声。
でも、苦しい。
「あらあら。明日から魔物討伐だというのに…そんな様子で殿下に守られるためだけに同行するのですか。殿下の枷にしかならないのですね…スギハラ様。仕方ございませんか。それほど強い魔力も持ち合わせないのに、周りを騙している貴方様ですものね」
「……っ、はっ……っ」
「ヘルミーネ様…!!」
「魔物に食べれられてしまったほうが、この国のためになることでしょう」
霞む視界の中で、彼女の赤い唇だけが、不気味なほど色濃く見えた。
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