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君に出逢えた奇跡
16 愛しい
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目の前にだされた花茶からは、ふんわりと甘い香りが漂う。
「ありがとう」
躊躇うことなく花茶を口にした。
香りに反して甘くはないが、スッキリとした飲み口と、鼻に抜けていく香りが酷く安らぎを与えてくれる。
「……美味い」
「でしょ」
シエルは――――無意識に――――微笑みながら、花茶に口をつけた。
その表情に、また、俺の目が釘付けになる。
「どこで買うんだ?」
「買わない。作ったんだ。僕が」
「…すごいな」
心からの感嘆。
「花屋だからね」
「花屋でも普通は作らないだろう」
花屋は花を育てたり売るもので、茶を作るのは別の仕事だ。
だがシエルはキョトンとした顔を俺に向けてくる。
「っ」
初めてのその表情に、鼓動が一段速くなる。
「そうなの?…だって、花、勿体ないよね?え、他の花屋さんって、残った花どうしてるの?」
「捨てるとか…?」
そう言葉にした途端、シエルの表情が曇り、瞳が悲しげに揺れた。
「……捨てるんだ。そっか。命、あるのにね」
そう呟いて、シエルは大切そうに花茶に口をつけた。
胸がざわついた。
どこか儚さを感じるシエルを、思い切り抱き締めたくなるが、その衝動を堪える為に、爪が食い込むほど強く己の手を握りしめた。
「シエルは、本当に花が好きなんだな」
「当然でしょ。そうじゃなかったら花屋なんやかやってないよ」
真実なのだろう。
どんなに俺を嫌っていても、花を扱う手は繊細で、優しかった。
「……少し、聞いてもいいか?」
今なら。
この雰囲気ならば、もう少し会話を続けていても許されるんじゃないだろうか。
「なに?」
「シエルは……今何歳だ?」
唐突な質問だということはよくわかっている。
シエルも一瞬、呆気にとられたような顔をしていた。
「えっと……17、だよ」
なんでそんなこと聞くんだ…と言いたそうな顔で、それでも答えてくれた。
「ご両親は?」
「いない…と、思う」
「いない?」
「僕……森の中に捨てられてたらしいから」
なんでもないことのように、シエルは微笑みながら言葉にした。
俺は逆に言葉に詰まる。
……ああ、だから、成人もしていないというのに、一人で仕事をこなしているのかと納得もする。
そして、何故、笑っていられるのだろう、と。何故、笑うことができるのだろう、と。
「…辛くないのか?」
「うーん…そう、だね。別に辛くはないかな。そもそも覚えてないし。赤ちゃんのときの感情なんて覚えてないでしょ、普通」
シエルにとっては当たり前のことなんだ。それが『普通』だったのだから。
けれど、強烈な違和感を覚える。
親に森に捨てられて、赤ん坊が生きていけるはずがない。誰かに偶然拾われて育てられたのか、そもそも、捨てられた、という話自体が間違いなのか。仮に養父母がいるのなら、そのことについて何も触れないのは何故なのか。
「シ」
「あ、雨止んだみたいだ。あんたの上着もそろそろ乾いただろ?」
「ん?……ああ、確かに…」
更に深く聞こうとしたところで、シエルの言葉に遮られた。
確かにいつの間にか雨音はなくなっている。
今日はここまでだなと立ち上がり、上着を手に取った。あれほど濡れていたそれは、すっかりと乾いていた。
「あんたみたいな騎士を襲うような奴いないと思うけど、気をつけてな」
暗に『帰れ』と言われているが、その口調はいつもよりも柔らかく、自分の顔に笑顔が浮かぶのがわかった。
「シエル」
「ん?」
店内の薄桃色の花を一輪。
「頼む」
「あんたって……。まあ、いいや。ほんと、ブレないというか硬いというか……」
シエルは呆れ気味にくすくす笑うと、俺から花を受け取り、同じ形の薄い黄色の花を一輪足して丁寧に包んだ。
「はい。毎度」
「ありがとう」
彼の手にコインを。
俺の手には、丁寧に包まれた花が。
「また、来るから」
「はいはい」
「シエル」
名を呼ぶと、シエルは動きを止めて俺を見上げてくる。
「なに?」
「……お前のことが愛しいと言ったら、信じるか?」
言おうかどうか迷った言葉。
潔くもない、曖昧な言葉。
シエルは口角をわずかに震えさせながら、口を開いた。
「信じないよ」
わかっていた言葉だ。
…まだ、伝えるつもりもなかった言葉。
「………そうか。悪かった。また明日な」
「ん」
シエルは目を逸らした。
俺はシエルに伸ばしかけた手に気づき、苦笑しながら戻し、店を出た。
雨はすっかりと上がっている。
「……いつか、信じてくれるだろうか」
次は、想いを伝えられるだろうか。
狡い聞き方では無く、本当に、俺がシエルを愛しているのだと、伝えられるだろうか。
「愛してる……」
手の中の花に口付けを落とし、俺は家路を急いだ。
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