22 / 23
君に出逢えた奇跡
15 笑顔
しおりを挟むシエルは、手にしたタオルで、俺の頭を拭き始めた。容赦なく、ガシガシと。けれどそれが妙に可愛らしいし、文句は出てこない。
拭きやすいように膝を折ってみたが、ちらりとみたシエルの顔は少しだけむっとしたように見えた。
そうやって無言のまま手を動かしていたシエルだったが、唐突に手を止めた。
終わったのかと顔を上げて彼を見ていると、シエルの視線は俺の頭に釘付けになっている。
「ぷ」
どう反応したらいいのか躊躇っていると、シエルが笑いだした。
「髪、めちゃくちゃだ」
その笑顔に、胸が締め付けられる。
「や、うん。僕がしたけど。……まさか、来るとは思ってなかった」
俺は手で軽く髪を整えてから、笑い続けるシエルから目が離せない。
「……ようやく笑ってくれた」
ようやくだ。
ようやく笑顔を見せてくれた。
怒り顔よりも、泣き顔よりも、よほどシエルによく似合う表情。
ずっと、この顔を俺に向けてくれたらいいのに。
俺の願いも虚しく、シエルは笑顔の消えた顔を俯かせた。
「…あのさ」
僅かな沈黙だった。
再び顔を上げたシエルは、ただただ普通に、俺を見上げてくる。
「お茶、淹れるから。その服も上着くらい乾かさなくちゃ」
正直、そんな誘いをしてくれるとは思っても見なかった。
「……いいのか?」
いつものように花を買って帰るだけのはずだったのに。
……本当に、いいのだろうか。
シエルにあれほど酷い仕打ちをした俺が、こんな風にシエルに誘われるなんてこと。……シエルと関わっていること。それは本当に許されることなんだろうか。
「いいよ」
俺の中の逡巡を打ち消すように、シエルは言葉にして俺を受け入れてくれた。
「……そのまま病気にでもなられたら、寝覚め悪いし。暇だったし。お茶にしようと思ってたし。話だけなら、少しくらい、してもいいかな、って、思うし」
話だけ。
俺たちの間にはそれすらなかったのだから。
これは本当に、俺に都合のいい夢ではないのだろうか?
シエルは俺の答えを待つつもりはないらしく、すぐに店舗の奥に行ってしまう。
「……ありがとう」
そう呟き、あの日以来立ち入りはしなかった場所に向かった。
居住スペースはそれほど広くはない。
扉を締めることは躊躇われたため、あえて店舗と部屋を隔てる扉に手をかけなかった。
「上着、そのへんにかけておいて。そこ、座ってていいから」
シエルが指差したあたりに上着がかけられるようなフックがあり、脱いだ騎士服の上着をそこにかけてから、テーブル近くに腰を下ろした。
低めのテーブルはラグの上に置かれ、椅子などはなく直接ラグの上に腰を下ろす。
シエルはケトルの中を見てから、戸棚からまた石を取り出し中に入れた。
「それは?」
「魔石。なんだっけ、火の…」
「ああ」
「いつもなら薪とか使うんだけど。たくさんじゃないし、面倒だから」
炎魔石は、一般に出回っている物で、一定の条件下で発熱するものだ。大きさによって熱量や持続時間が変わってくる。
あくまでも魔力を補うためのもので、俺は実物を普段あまり見ない。
シエルは戸棚からカップをもう一つ取り出し、沸騰したケトルの湯をポットに注ぐ。途端、部屋の中には花の香りが広がった。
「…いい香りだ」
「僕が一番好きなやつ。落ち着くし、あったまるから」
「花茶か」
シエルの手付きは流れるように美しく、見惚れていた。
20
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる