あの日、あの場所、君に出逢えた奇跡

ゆずは

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君に出逢えた奇跡

15 笑顔

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 シエルは、手にしたタオルで、俺の頭を拭き始めた。容赦なく、ガシガシと。けれどそれが妙に可愛らしいし、文句は出てこない。
 拭きやすいように膝を折ってみたが、ちらりとみたシエルの顔は少しだけむっとしたように見えた。
 そうやって無言のまま手を動かしていたシエルだったが、唐突に手を止めた。
 終わったのかと顔を上げて彼を見ていると、シエルの視線は俺の頭に釘付けになっている。

「ぷ」

 どう反応したらいいのか躊躇っていると、シエルが笑いだした。

「髪、めちゃくちゃだ」

 その笑顔に、胸が締め付けられる。

「や、うん。僕がしたけど。……まさか、来るとは思ってなかった」

 俺は手で軽く髪を整えてから、笑い続けるシエルから目が離せない。

「……ようやく笑ってくれた」

 ようやくだ。
 ようやく笑顔を見せてくれた。
 怒り顔よりも、泣き顔よりも、よほどシエルによく似合う表情。
 ずっと、この顔を俺に向けてくれたらいいのに。

 俺の願いも虚しく、シエルは笑顔の消えた顔を俯かせた。

「…あのさ」

 僅かな沈黙だった。
 再び顔を上げたシエルは、ただただ普通に、俺を見上げてくる。

「お茶、淹れるから。その服も上着くらい乾かさなくちゃ」

 正直、そんな誘いをしてくれるとは思っても見なかった。

「……いいのか?」

 いつものように花を買って帰るだけのはずだったのに。
 ……本当に、いいのだろうか。
 シエルにあれほど酷い仕打ちをした俺が、こんな風にシエルに誘われるなんてこと。……シエルと関わっていること。それは本当に許されることなんだろうか。

「いいよ」

 俺の中の逡巡を打ち消すように、シエルは言葉にして俺を受け入れてくれた。

「……そのまま病気にでもなられたら、寝覚め悪いし。暇だったし。お茶にしようと思ってたし。話だけなら、少しくらい、してもいいかな、って、思うし」

 話だけ。
 俺たちの間にはそれすらなかったのだから。
 これは本当に、俺に都合のいい夢ではないのだろうか?
 シエルは俺の答えを待つつもりはないらしく、すぐに店舗の奥に行ってしまう。

「……ありがとう」

 そう呟き、あの日以来立ち入りはしなかった場所に向かった。
 居住スペースはそれほど広くはない。
 扉を締めることは躊躇われたため、あえて店舗と部屋を隔てる扉に手をかけなかった。

「上着、そのへんにかけておいて。そこ、座ってていいから」

 シエルが指差したあたりに上着がかけられるようなフックがあり、脱いだ騎士服の上着をそこにかけてから、テーブル近くに腰を下ろした。
 低めのテーブルはラグの上に置かれ、椅子などはなく直接ラグの上に腰を下ろす。
 シエルはケトルの中を見てから、戸棚からまた石を取り出し中に入れた。

「それは?」
「魔石。なんだっけ、火の…」
「ああ」
「いつもなら薪とか使うんだけど。たくさんじゃないし、面倒だから」

 炎魔石えんませきは、一般に出回っている物で、一定の条件下で発熱するものだ。大きさによって熱量や持続時間が変わってくる。
 あくまでも魔力を補うためのもので、俺は実物を普段あまり見ない。

 シエルは戸棚からカップをもう一つ取り出し、沸騰したケトルの湯をポットに注ぐ。途端、部屋の中には花の香りが広がった。

「…いい香りだ」
「僕が一番好きなやつ。落ち着くし、あったまるから」
「花茶か」

 シエルの手付きは流れるように美しく、見惚れていた。


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