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竜司と子猫の長い一日
回想:僕が目撃した件
しおりを挟む両親が書類上離婚したのは、僕が高校を卒業したのと同時だった。
小学生の頃くらいまでは、とても幸せな家庭だったと記憶してる。
それがどこをどうボタンをかけちがえたのか、僕が中学に上がる頃には冷え切った夫婦関係になってた……と、思う。
最初はどちらが…なんて知らない。
ただ、僕が知ったのは、母さんからだった。
思春期真っ只中の中学二年。
気分が悪くて午後の授業を受けないで早退したとき、家の玄関に見知らぬ靴が置かれてた。
母さんはいるはず…と思って廊下を進んでいたら、夫婦の寝室のドアがすこし開いてて、そこから女の人の喘ぎ声と男の人の息遣いが聞こえてきた。
何も見ないで通り過ごせばよかったんだ。気分の悪さを抱えながら、家を出ればよかった。
けど僕は嫌な感じの動悸を覚えながらも、足音を忍ばせて部屋を覗いた。そしたらそこで見知らぬ男の人に足を開いて抱かれてる母さんがいた。
「ああ、いい、いい……!!!」
母さんの、聞いたことがない艶をまとった喘ぎ声に、ぞく……って背筋に悪寒が走った。
ぐっちゃぐっちゃって水音がしてて、男の人の手は母さんの顕になった乳房を鷲掴みしてた。激しく腰を振りたくって、体を倒して舌を出し合ってべろべろと舐めあって、乳首にむしゃぶりつく。
一気に吐き気がこみ上げて、足音を出さないようにその場を離れてトイレに入って胃の中の物をぶちまけていた。
吐くものが無くなっても吐き気は収まらなくて、暫くトイレの住人になっていたら、水音やらなんやらで僕が帰ってきたことに気づいたらしい母さんが、トイレのドアを叩いた。
「のぞみ、帰ったの?具合悪いの?」
…また、吐き気がした。
どこにも艶のない普通の母さんの声。
何度も唾を吐いて、のろのろと立ち上がってドアを開けた。
そこにはきっちり服を着込んだ母さんがいたけど、顔はどことなく赤くなってるし目元が潤んで見えて、明らかにセックスのあと、って風貌だった。
……これが母さんなのかと思うと吐き気がぶり返した。
「具合悪くて早退した。部屋で寝てるから」
「病院は?」
「いい」
母さんを見ないように僕は部屋に戻った。
…………それが、一回目。
僕はかなり間が悪いのだと思う。結局、母さんと他人とのセックスを三回も目撃する羽目になった。
毎回同じ人が相手だったのかはわからない。
なんで息子にばれてないと思ってるんだろう。そんなに頭の中はお花畑なの?
母さんが作るものも気持ち悪くて食欲がなくなった。でも母さんは恋人に夢中なのか、僕の食事の量が減っていることにも気づかない。
父さんは何も気づいていないのか、いつも通りだった。
そして、僕が夏休みに入ったタイミングで、友達と温泉旅行に行くことになったとはしゃいでいた。
僕が何も知らなかったら母さんの言葉をすんなり信じていたかもしれない。けど、僕は知ってしまったから。……どう見たって浮気旅行でしょ?
父さんに言うのもバカバカしくて、母さんがいない数日は平和に過ごせるんだ……って思うことにした。
夏休み。
学校の講習を受けて帰宅したとき、仕事に行ったはずの父さんの靴が玄関先にあった。それから、見慣れない女物の靴が。
え、まさかでしょ?
嫌な既視感を覚えつつも家に入ったあの頃の僕は、まだまだ純粋な中学生だったと思う。
僕は嫌な感じで打つ心臓を自覚しながら廊下を進んだ。
……そしたら、母さんよりも若いハリのある喘ぎ声が、遠慮がちに夫婦の寝室から上がってた。
「あ、あ、だめ、だめです、課長……っ、わたし、がまんできなくなる……っ」
「たまにはホテルじゃなくて家もいいだろ?いつ息子が帰ってくるかと思えばここの締りもよくなるようだしな」
「んんん、んんんっ、いじわる、しないでくださ……っ、あっ、あっ」
父さんはスーツを着てた。
ベッドの上で父さんに組み敷かれてる女は、短いスカートが腰までめくりあがってて、下着が片足にひっかかってる。上のブラウスは下着ごと鎖骨辺りまでめくられていた。
……なんで、わざわざドアを少し開けておくんだろう。
母さんが他人に抱かれていたベッドで、父さんが見知らぬ女を抱いている。
呆然としていた僕が悪いんだと思う。
不意に、女と目が合った。
女は叫ぶでも泣くでもなく、僕を見て笑った。
「あっ、あっ、かちょ……もっと、もっと、ついて、ついてくださ……っ、あ、ああんんっ!!」
一際大きくなった嬌声。
僕は吐きそうになるのを手で抑えて、足音を忍ばせて玄関に戻った。
早く、早く逃げたい。
もう嫌だ。
父さんと母さんは、お互いに好きあって結婚したはずなのに、どうして他人とセックスしてるんだろう。
母さんも、あの女も、どうしてあんなに媚を売るような声を出すんだろう。堂々と息子に他人との事後の顔を晒して、息子に見られているのに笑みを浮かべて見せつけてきて。
母さんに対して腰を振る男に対しても、見知らぬ女に腰を振る父さんにもひどい嫌悪感は沸いたけれど、それよりもなによりも思春期の脳に埋め込まれたのは、女という存在への嫌悪とか恐怖だった。
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