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8話 初手で終わる

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早くこの場所にたどり着きたいと言う気持ちと、着いてしまえば終わってしまうというから嫌だという気持ち。

相反する気持ちを抱えながら、対局場にたどり着いたのは対局時間ぎりぎりだった。
最終的には心で決めたのではなく、当日の身体のコンディションを「平常」にすることを優先した。

 対局時間ぎりぎりに会場に着くと、当然のように凛太郎は先に座っていた。

 和服を着た凛太郎は名前に相応しい凛とした姿。

(数か月会っていなかっただけだが、また少し大きくなったかな)

 未だに成績としては無敗なようだが、成績ほど楽な道ではなかったようだ。
 少しずつ精悍な顔立ちになってきている。

 わが子の成長が嬉しくなり、俺の顔が緩むと、凛太郎は睨んできた。
 気迫は十分なようだ。
 俺に対して見向きもしなくなっていた凛太郎が、こんなにも敵意をむき出しにしているのは、久しぶりだ。

 10年以上昔、6歳くらいの時に対局して4、5回連続して負かしたとき以来の顔かもしれない。

 (久しぶりに負かしてやるぜっ)

 才能で負ける俺が気迫で負けるわけにはいかない。
 
◇◇
 
 俺たちは親子であるにもかかわらず、いや、親子だからこそ無言のまま、定刻を迎えた。
 その間、ずーっと凛太郎は俺を睨むように見据えていた。

「よろしくお願いしますっ」

 二人で最低限の挨拶をかわして、先手の俺が一手を指す。

 ―――七六歩

 多くの騎士に愛される数ある一手のうち、一番愛されている一手を俺は選択する。

 一手を見れば、勝敗がわかる。
 
 そんな凛太郎の言葉が頭をよぎり、俺は凛太郎の顔を見ながら、駒から手をゆっくり放す。
 すると、凛太郎はこちらには目もくれず、返しの一手を指してきた。それはまるで、腹を空かせた獅子が檻から解き放されたようだった。

 一手目というのは選択肢が多いわけではないので、返しの一手が速くても不思議ではない。
 しかし、二手目からの選択肢は一手目以上に多い。

 それにも関わらず凛太郎は一手でわかると言っていた。
 
 それは、凡才の俺にはでたらめにしか感じない。
 たとえそんなことがあったとしても、俺には決して届かない領域―――

 さぁ、これが俺の晴れ舞台だ。



 
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