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9話 圧迫する気迫

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心は熱く、頭は冷静に。

この日のために俺は地獄のような日々を過ごしてきた。
これであっさり凛太郎に負けてしまっては何にも残らないし面白くもない。

全身全霊をかけて勝負を挑むわけではあるが、息子である凛太郎との対局を楽しもう。

 パシッ

 ピシッ

 一手、一手指すたびに、嬉しくなる。

(これが遊びでも、練習でもない、本気の時の凛太郎か)

 テレビ越しでも、棋譜だけでもわからない、凛太郎の気迫。
 数十手先に意味を持つ、一手。

 ピシンッ!!

(ほう・・・)

 気を抜けば、大切な勝負であるにも関わらず、見惚れてしまいそうだ。
 
 父として世の中の厳しさをこいつに伝えるつもりが、逆に凛太郎から将棋の面白さを改めて教えられている気分だ。

 千尋との約束も守りたいとは思うが、それどころじゃない。
  
 パシッ

(そういえば、千尋はこの対局を録画してくれているだろうか・・・?)

 ピシンッ

(きっと撮っているとは思うが・・・ちゃんと確認しておけばよかったっ)

 千尋はどんな風にこの対局をどんな風に見ているだろうか。
 緊張して見ているのか、楽しんでみているか。
 どうせなら、晴れ舞台に座れている俺たちを温かい目で見ていてほしい。

 千尋は将棋のことはわからないけれど、この勝負の面白い点を後で何度も開設してやろう。

 俺はこの勝負をおかずにして白いご飯を食べたなら、具合悪くてもご飯5杯、酒のつまみにすれば焼酎を2本開けられる自信がある。

(そういえば、俺余命宣告を受けてたんだっけか)
 
 興奮物質のアドレナリンと、快楽物質のエンドルフィンが痛みをマヒさせているのか、久しぶりにすこぶる元気だ。

(・・・しかし、なんだこれはっ)

 凛太郎は素晴らしい一手を指してきたと思えば、次には不甲斐ない悪手。
 今日の凛太郎は気負いしすぎているのではないか。
 自分で自分を苦しめるような姿。

 俺は険しい顔をしながら凛太郎が一手を悩んでいる姿を見ながら、茶を飲む。

(そういえば、最初に俺を睨んでいた目も・・・)

 俺は茶をゆっくり置く。



「楽しもう、凛太郎」



 心穏やかに、俺は凛太郎に言葉を告げた。
 凛太郎は、はっとした顔でこちらを見る。
 記録係の人たちもびっくりしている。

「すいません」
 
 記録係一瞥し、凛太郎にも会釈をする。
 凛太郎は息をゆっくりと息を吐く。

「あぁ」
 
 凛太郎は記録係に聞こえない程度の、ぽつりした声で喋った。
 凛太郎の顔は堪えようとしていたが、笑顔がこぼれていた。

 ピシン!!!

 今日一番のいい音をさせた一手が凛太郎から生まれ、その一手によって盤面が動き始める。
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