上 下
10 / 13

10話 期待されるうちは、人は死ねない

しおりを挟む
 そこからは横綱相撲。
 
 一手、一手と俺の玉は逃げ道を塞がれていき、じりっ、じりっと情勢は悪くなる。
 
 (やっぱり、こいつは天才だ)
  
 認めざるを得ない実力差。
 俺は、この才能を生み出しただけで満足だ。
 
 きっと、このまま打ち続けても、凡才な俺にはあるかもわからない勝利への細い道を通りきることはできない。
 
 嬉しさもあるが、悔しさもある。
 自分の息子になら負けていいとか、よくやったとか、負けていい理由をいくつ並べても、俺も一人の棋士。

 (負けていいと思っている奴は勝負の世界に身を置くべきではないし、勝ちたい・・・だが)


 ―――ここまでか。
 
 乾いた喉を茶で潤す。
 
 冷たい茶。

 納得できない気持ちも一緒に飲み込もうとする。
 口の中はさっぱりして、ちゃんとした声で言えそうだ。

 散り際にしっかりした声が出なければ、それこそ見苦しい。

「んんっ」

 俺に勝つ男の顔をしっかり見納めしないといけないと思い、前を向く。

「約束して」

 千尋の言葉が、くしゃくしゃの顔が脳裏をよぎる。
 俺は声が出なかった。

 はっとして、前を見る。
 そして、こちらを気迫のこもった目で凛太郎が見ていた。まだでしょ、そんな目だった。

「ふぅーーーっ」

 もう一口、茶を飲む。
 
(いい家族を持った)

 この場には、俺1人では来れなかった。
 
 支えてくれた千尋。
 それに、指導してくれた先生。
 俺に本気で向かってくる凛太郎。

(俺も先生のように凛太郎に厳しさを教えてやらないとな)

 ———この命の一滴が枯れるまで足掻いてやる

「10秒・・・9、8」
 
(うーん・・・)

 パシッ

 記録係の女性の声を遮るように駒を打つ。
 
 ピシッ

 俺の打った手に対して、すぐに返しの手を打つ凛太郎。

 あぁ・・・実力差は、歴然だ。
 俺の持ち時間はすでにからっからで、秒読み将棋になっていた。

 もう、脳内のアドレナリンもエンドルフィンも出尽くしたようで、倦怠感に襲われている俺には、記録係の女性がカウントを数える度に、まるで死のカウントを何度も数えられているように感じた。

 凛太郎も凛太郎で前半堅苦しい打ち方をしていたせいか、かなり時間を使っていて、持ち時間をほぼないが、最初とは違って、顔色が良く頭の回転は全開という感じだ。
 この展開になれば、なおのこと才能の勝負になりがちだが・・・

 俺は髪がほぼない自分の頭を撫でる。
 歳をとれば、失うものもたくさんある。

 だか・・・俺は凛太郎、お前より・・・誰よりも、お前のことを知っている。
 将棋も、お前の癖も、お前の考え方も。

 だって・・・



 愛しているから。

「10秒・・・9、8、7、6、5、4、3、2、1・・・」

 バシンッ!!!
しおりを挟む

処理中です...