嫁入り道具はこの身だけ。されど、心は渡せませぬ。

西東友一

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 高坂右衛門様が我が国へお越しになったのは雨の寒い日でした。

「火鉢を持ってきますね」

 私はこれと言ってすることもなく、呆けていると侍女が気を利かせて火鉢を一人で運んできた。ただ、その侍女は元気は良いのだけれど、小柄だ。彼女の力を入れた細い腕は、筋が張って今にも切れてしまいそうで心配になる。

「一人で大丈夫?」

 私は立ち上がり、彼女を手伝おうとすると、

「ええ、大丈夫・・・・・・きゃっ」

 彼女は火鉢に全集中していたけれど、私が声を掛けて立ち上がったせいで、気が散り火鉢を話してしまった。本来火鉢は置いてから付けるものなのだけれど、その侍女はすぐに部屋を暖めようと思っていたのか、火が付いたまま運んでいた。

 危ない。

 そう、思った時には遅かった。
 熱を持った墨の炎が彼女の着物の裾と足袋のあたりを襲った。

「くぅ・・・・・・・・・っ」

 私は近くにあった手ぬぐいで、すぐに彼女にまとわりつく火の粉を払う。声を堪えた彼女は苦悶の表情を浮かべ、冷や汗を掻いている。

「ごめんなさいね」

 私は彼女の着物の裾をめくり、足袋を脱がしてみると、赤くなっており皮がむけていた。これはすぐに冷やさなければならなそうだし、侍女も女の子。足とは言え、火傷が残ってしまえば貰い手がいなくなってしまうかもしれない。そうでなくても、恋愛において負い目を感じてしまうだろう。急いで医者を連れて来なければ。

「ちょっと、待っていてね」

 そう言って、障子を開けて出ていこうとすると、私は服の袖を掴まれた。

「ひっ、姫様。なりませぬっ。今日は高坂様がお見えになっており、殿から姫様をこの部屋から出さないようにきつく言いつけられております」

 侍女は笑顔を作ろうとしているしているけれど、その脂汗が出た顔は引きつって見えた。そして、そんなけなげな彼女を放っておけるはずもない。

「大丈夫よっ、見つからないようにしますから」

 私はそう言って彼女の手を握る。彼女の手は冷たくて、力が入らない様子だった。私は音を立てないように障子を開けて周りを見る。今日来る方が大名ということもあって、皆そちらの対応に追われているようで誰もいない。どうやら、今日は本当に彼女だけが私のお目付け役のようだ。

(龍之介は・・・・・・いないのね)

 父上からの信頼も厚い龍之介は父上と共に右衛門様をお出迎えすると言うのは聞いていた。けれど、心のどこかでそれでも私を優先してくれるんじゃないかと期待してしまった。

「急がないと」

 私は医者がいる部屋へと向かった。
 この離れよりは右衛門様のいる場所に近づくことになるけれど、隣の部屋というわけではない。注意深く行けば大丈夫なはずだ。

「・・・・・・っ」

 彼女は雨にでも足を当てて冷やしているだろうか。いや、彼女の顔はそんなに余裕があるようには見えなかった。私は急ぎ足で廊下を歩いた。雨の音で私の足音はおそらく他の人にはほとんど聞こえないだろう。私は廊下の曲がり角を一つ、二つと曲がっていく。そして三つ目の曲がり角を曲がった時、私は過ちを犯した。

「いたっ」

 私の足音が打ち消されていたように、相手の足音も聞こえなかったのだ。
 ぶつかることもあってはならないのだが、不孝という物は重なる物らしい。

 一番ぶつかってはならない男、高坂右衛門様にぶつかってしまったのだ。



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