限りなく狂愛に近い恋 ヤンデレ短編

しみずりつ

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親愛は欲望よりも尊いか 護衛青年ヤンデレ×貴族のあの子 ヤンデレ視点

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「あなたには今日から文字の読み書きを教えます」

突然言われたその言葉に、唖然としていれば、了承と受け取ったのか、お嬢様はにこりと笑って「厳しくいくわよ」と言った。

俺が14歳になろうという時に、お嬢様は突然言ってきた。

奴隷のほとんどは文字の読み書きが出来ない。
たとえ読めても簡単な文字や自分の名前、金の単位などくらいだ。
自分の名前すら書けない者もいるなかで、なぜお嬢様は俺に読み書きを教えようというのだろうか。

もともと物好きな人だとは思っていた。
奴隷である家の者たちの中で、望む者には文字の読み書きを教え、金の勘定を学ばせ、さらに女人の奴隷には裁縫まで教えているような人だ。
この家の奴隷は奴隷としての扱いは一人も受けていない。
名前で呼ばれ、三度の食事も睡眠も与えてもらい、休暇だって望めばもらえた。
だからこそ、ここの家の奴隷たちはその恩義に応えるように家に尽くしてきた。
粗末な扱いを受けないから寿命も長く、40年以上仕えているという料理番のオヤジはぴんぴんしている。

その者たちも、俺のように文字の読み書きをならったのだろう。
俺のそれも毎日のように続いた。

文字など読めなくても平気だ。
文字など書けなくても生きていける。

それなのに、懲りもしないで文字を俺に教えるお嬢様を見る。
「厳しくいくわよ」なんて口では言っていたが、一文字読めたら「よく読めたわ」と誉めるし、簡単な文章が書けるようになれば自分のことのように喜んだ。

俺が自分の名前を書けるようになった時は涙目になりながら「あなたにとって一番大事で、特別なものよ。忘れないでね?」と言った。

俺にとって、一番大事で特別なものは俺の名前なんかじゃない。
貴女です、お嬢様。

どうせ書いて覚えるなら、初めてはお嬢様の名前がよかった。

「お嬢様の名前はどう書くんですか?」

そう聞けば、喜んでお嬢様は教えてくれた。

初めて書いた愛しい人の名前。
魂に刻み付けるように、俺は何度もお嬢様の名前を書き続けた。

    *

16歳の春、文字の読み書きも金の計算も間違えることなくこなせるようになり、この国の法律や文化のことまでお嬢様の教えもあり覚えることができた。
相変わらず、自分の名前よりもお嬢様の名前ばかり書いている。
「せっかくこんなに上手にかけるようになったなら、手紙を書いてみたら?」とお嬢様に薦められたが、親や友なんていない俺に手紙を送る相手などいない。

「なら、お嬢様に書きます」

そう言えば、「ありがとう」とお嬢様は笑った。春の暖かな陽の光のようで、思わず目を細めた。

まるで兄弟のように俺たちは屋敷ので育ったが、お嬢様にはちゃんと歳の離れた兄がいたようだった。
俺も肖像画でしか見たことはないが、お嬢様のように優しい目をしている。
跡取り息子だが、ノブレスオブリージュのため戦地に向かい、二度と屋敷には戻らなかったと料理番のオヤジから聞いた。

幼少の頃のお嬢様には、ショックが大きすぎて、毎日のように泣いて部屋から出てこなかったという。
跡取りを亡くしたこの家を当主である旦那様が憂いたのは言うまでもない。
まだ小さい娘を跡取りとして育てるには酷だが、屋敷には守るべき者たちがいるため、苦渋の決断だっただろう。
俺はその頃に旦那様に拾われた。

俺がいたのは生まれる人間よりも、死ぬ人間の方が多い腐った町。
楽しい歌や、行商人の声など聞こえない。あるのは病気に蝕まれた人間、怒声と悲鳴、暴力と殺人だった。
類に漏れず、俺が覚えたのは物を盗み、人を騙し、殺すことだった。

そんな俺を旦那様は拾って下さった。
お嬢様の兄と同じ色の目をしていたのもその理由だが、一番の理由は護身能力に長け、その能力で人を傷つけることに何の躊躇もない俺の人間性だろう。
俺は生かされ、お嬢様の護衛となった。
そして旦那様が病に倒れた時、言われたのだ。

「たとえその命尽きようとも、娘を護ってくれ」と。

その言葉は、奴隷にとって生涯その身を縛り付けられるもの。
最初こそ出会ったときは家族一人死んだくらいで泣きじゃくるお嬢様をうっとおしいと思った。
細い首はいとも簡単に手折ってしまえそうだった。
けれど、お嬢様は俺を兄妹のように慕ってくれた。
亡き兄の面影が同じ色の目を持った俺と重なったのだろう。
そして、俺はお嬢様と過ごしていくなかで、いつしか旦那様の命令としてではなく俺を必要としてくれるお嬢様のために傍にいるようになった。
そして、その優しさと慈愛をもって、俺のそばにいてほしいと願うようになった。

ずっとこのまま死ぬまで、いやたとえ死んでも俺はお嬢様の傍にいて、その御身おんみをお護りします。

そのお嬢様への親愛と忠誠が、いつしか黒い欲望にかわりつつあることに俺はかぶりを振って気がつかないふりをした。
 
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