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君にだけやさしい恋人 ヤンデレ一歩手前の恋人×あの子

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恋人が仕事を終えて帰って来たかと思うと、着替えもせずソファにうつ伏せで寝そべってしまった。

そんなになるまで頑張らなくても良いのに。

何も言わずにそこにいる彼女を見て思う。

料理をテーブルに運ぶ手を止めて、石のように動かない彼女の頭にくしゃりと触れる。
シャンプーとは違う香りがふわりと漂い、愛しい人の存在を近くに感じる。
やっと俺の元に帰ってきた。
ほっと安心して、笑みがこぼれる。

「おかえり」

そう言えば、「ただいま」とくぐもった声がした。泣いてはいないようだが、元気はない。

「一週間お疲れ様」

労いの声を掛ければ、彼女は小さく首を振る。

「もうやだ、月曜日なんて来なければ良いのに」

今日、職場で何かあったようだ。

「今日は金曜日だよ。明日も明後日も休みだ。誰も君も責める人はいないよ」

努めてゆっくりと優しく声を掛けるが返事は無く、しばしの沈黙の後に彼女は告げた。

「……あなたには子供がいないから分からないよね、ってさ」

ひやりと心が冷えた。それに併せるかのように、声も低くなる。

「……それは上司が言ったの?」

「うん…子供の熱でよく休んだり、早退したりするんだけど、今日帰り際に引き継ぎの話してたら言われた」
「お子さんお大事に、って言っただけなのになぁ…」と彼女はうつ伏せのまま言った。

あぁ、可愛そうに。
上司のやり場のない怒りの矛先は、部下で優しくて言いやすい彼女に行ったのか。

「その分仕事を私がしてるのに、そんなこと言われるなんて…」

彼女はぽつりとそう言った。
きっと彼女もやり場のない怒りや悲しさを今抱えているのだろう。

頭に触れ続ける。
この手を介して彼女のその感情が俺の方に流れてくれば良いのにと思う。
全部、余すことなく俺の中におさめてしまいたい。

「子育てで忙しいとはいえ、君にそんなことを言うなんて…言われてツラかったね」

「うん…正直分からなくて結構ですって言いたくなった」

「よく我慢したね。言わなくて偉いよ」

言ってしまえば良かったのに、と喉元まで出た言葉を飲み込む。
優しい彼女なら、言ってしまったことを気に病んでしまうだろう。
部下相手に感情をコントロールもできない上司のために、傷つく彼女を見たくはない。

仕事の話や愚痴はよく聞く。
彼女はあまり話したがらないが、俺が望んで聞いていくうちにぽつりぽつりと話してくれるようになった。

少しでも楽になってくれればと最初は聞いていたが、段々とその愚痴の原因である職場を把握するためになってきている。

話を聞くたびに思う。
本当に嫌な職場だ。

沸々と湧く怒りを鎮めるように、彼女に優しく語り掛ける。

「頑張ったご褒美に冷凍庫にアイスがあるよ。ごはん食べたら一緒に食べよう?」

はやくいつもの君が見たい。
いつもならば、すぐににこにこと笑うのに今日はそうでは無いようだ。
こちらを見向きもしない。

「子育てを頑張ってる上司は尊敬してる。でも、迷惑だと思ってる自分もいて…そんなこと思う自分がイヤになる…」
「だから今めちゃくちゃイヤな顔してる」と言って頑なに彼女は顔を上げようとしない。

「おやおや、不細工さんなのかな?」

彼女の髪をくすぐり、笑わすようにそう言う。
彼女は何も言わない。
よっぽど今日のことが応えたらしい。

「いつでも笑顔でいたい…可愛くいたい」

「あなたみたいに、優しくありたい」と告げる詰まったような声。

これは彼女が泣いている時の声だ。
その声を聞いて、ぴたりと撫でていた手がとまる。

「大丈夫、君はいつだって可愛いよ」

「うそ」

「うそじゃない。俺は君が可愛くて優しい人だって知ってる」

「だから、泣かないで?」と言う。

「……泣いてない」

小さく首を振って、彼女は否定する。

「そう、じゃあ顔上げれる?」

からかうように言えば、先程よりも大きく首を振る。

「それはイヤ」

「じゃあ、やっぱり泣き虫さんだ」

くすくす笑えば、彼女はバッと顔を上げる。

「泣いてないってば」

彼女の少し赤くなって潤んだ瞳が俺を捉えた。

君にそんな顔をさせた人は誰?
君の優しさに漬け込んで、苦しめる人は誰?
俺を怒らせることをした奴は誰だ?

怒りの感情を悟られないように抑えて「そう、じゃあ腹ペコ虫さんかな?」とからかうように言う。

そうすれば、彼女は恥ずかしそうに俯く。
素直な彼女が愛おしい。

「さぁ、ご飯食べよう」

そう言って、手を握れば、小さく彼女は頷く。そして俺の手を握り返してにこりと笑った。

「いつもありがとう」

その言葉が俺の心を温かく満たしていく。

俺はいつだって、君の味方でいたいし、君の居場所でいたいんだ。

だから、君にそんな思いをさせる職場が嫌で嫌でしょうがない。

そんな職場なんて、いっそ辞めてしまえば良いのに。
君を傷つける奴らから救って、ずっと俺の傍に居てくれればどんなに良いだろうか。

俺のどろりとした行き場のないこの感情の行く末を彼女に悟られたくなくて
「どういたしまして」と笑って返した。

君は俺のことを「優しい人」だと言う。

でも、ごめんね。
本当は全然違うんだ。

俺は、君にだけ優しい恋人。

 
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