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悪い男 ヤンデレ×あの子
しおりを挟む「お試しでいいからさ、オレと付き合ってみない?」
口をついて出たのはまるでナンパのような言葉。
仕事終わりの会社員たちで賑やかな居酒屋で言うセリフとは到底思えない。
こんなこと軽口で言っても引かれない、自分の容姿の良さに感謝する。
「え、なに言ってるの急に。それに「お試し」だなんて、そんなの君に悪いよ。ごめんね、気を遣わせちゃったね」
目の前の彼女は軽く首を振り、俺を見て困ったように笑って言った。
あぁ、こんな時でも君は相手を思いやることのできる優しくて真面目な子だ。
自分が一番傷ついているのに。
そんな彼女だから、俺は好きで好きでたまらない。
自分でも狡猾だとは思う、けど俺はその優しさにつけ入る。
「昔の恋を忘れるには新しい恋ってよく言うじゃん」
どの紙よりも薄っぺらい考え。
つい先日恋人にフラれた彼女に言うべき言葉ではないのは百も承知だが、それでも言わずにはいられなかった。
こんなかわいい彼女を放っておいて浮気するようなクソ野郎なんて忘れて俺の彼女になってよ、と。
心の底からそう思う。
「別に他に好きな男がいるなら構わないけどさ、いないなら俺でも良くない?恋愛は友情の延長でもあると思うし」
女を口説くセリフにここまで心血を注いだのは初めて。
彼女と出会う前は挨拶のように女の子に言っていた気がするのに。
軽口に対して手にはびっしょりと汗をかいていて、足の震えを止めるのに必死だ。
声は震えていないだろうか。
うるさい程の心臓の音が彼女に聞こえてしまわないだろうか。
誤魔化すように、言葉を続ける。
「今までずっと友達だったんだから、何が変わるわけじゃないしさ」
そう。俺が友達じゃ我慢できないからそうなりたいだけ。
君の特別になりたいから勝手に言ってるだけ。
「俺を利用するつもりでもいいからさ。付き合ってみない?」
「俺のこと嫌になったらすぐ振ってもらって良いよ」なんて、欠片も思っていないことを言えばまん丸な瞳で驚きながら俺を見ていた彼女は吹き出して笑った。
「振られるのはこっちの方じゃない?大学の頃からずっとモテてる君が言うと自慢に聞こえるなぁ!」
両手で覆うように口元を隠して笑うのは、本当に楽しい時の彼女の笑い方。
ずっと、ずっとその笑顔を自分だけのものにしたいと思ってた。
「なら、オッケーってことで!よろしく」
強引に話にけりをつける。
狼狽えながら「え、冗談だよね?私を励ますためのやつでしょ?」という彼女の言葉なんて聞こえない振りをして。
*
俺はこの世の天国にいる。
そう思えるほど、彼女といる時間は幸せだった。
仕事帰りの道も二人きりなら特別に思える。
今までの女性関係は軽薄で欲にまみれ、目もあてられないものだったが、自分でも驚くほど彼女とは尊くて清い関係そのもの。
今までと同じような親友ともとれる距離感だが、それでも隣にいられることが嬉しい。
ずっとこのまま、死ぬまで愛しい彼女と一緒にいられる。
そう思っていたのに。
「ごめんなさい、別れて欲しいの…」
「え?」
いつも元気な彼女がうつむき、声を震わせてそう言った。
何を言っているか理解できず、「なんで…?」と呆けたように聞き返すことしかできない。
「元カレから何か言われたの?」
「それは違うよ」
彼女は否定するように首を振る。
「じゃあ、何があったの?誰かに何か言われた?」
びくりと彼女は震えた後、周りをうかがうように見渡してから静かにこくりと頷いた。
「君の前の彼女だっていう人とか、女の子の友達たちから…その…私のアカウントに、メールがたくさん来て…」
ぽつりぽつりと告げる彼女は明らかに怯えていた。
「私となんて遊びだ、とか。すぐに別れろとか…」
「ひどい時には前の君の彼女から見たくない画像も送られてきたの…」と言いながら、ついに彼女は泣き出してしまった。
「嘘だって思いたいけど、毎日のように来るメールにどうして良いか分からなくて…君も私に「お試しで付き合おう」って言ったから…きっとそうなんだろうなって…」
彼女の言葉に、全身の血が引いていくのが分かった。
嫌だ、嫌だ…!
このまま彼女が俺から離れて行ってしまいそうで、気が付けば彼女の肩をがしりと掴んでいた。
「いたっ…!離して…!」
痛みに顔を歪ませて、彼女は俺から離れようとする。
「「お試し」なんてもうどうでも良い。俺は絶対に別れない。俺から離れてなんて行かせないっ…!」
あの女狐共後で地獄を見せてやる…!
痛む心と、煮えくり返りそうな怒りでどうにかなってしまいそうだ。
「俺から離れないで。俺たちが離れる時は、死ぬ時だよ」
見せたことのない俺の姿に瞠目している彼女に告げる。
「俺は、君から逃げたりしない。絶対に別れたりしない。
あんなクソ野郎みたいに浮気もしない」
「そんなの信じられないよ…」
「信じられないなら、俺のスマホをブッ壊しても良い。メールを送ってきた女共は俺が後でちゃんと処理するからさ」
「ひっ…!」
言い募る俺に彼女は何も言えずカタカタと仰け反るように身を引き、震え続けている。小さな肩越しにそれが俺の手に伝わってくるが構わずぐいっと引き寄せる。
「お願いだから、俺の傍にいてよ」
優しく、諭すように言う。
「一生大事にするよ」
ねぇ、だから俺を選んで?
俺のその言葉に、彼女は瞳から大粒の涙を流した。
それが、すべての答えのような気がした。
けれどそれを受け入れたくなくて。
手を握ることだって、抱きしめるしめることだってまだしてないのに。
柔らかな唇をむさぼりながら俺は最愛の人の答えを黙殺した。
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