神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

文字の大きさ
36 / 95

帰省の終わりに。

しおりを挟む
 ジェムは本当に自分で花を摘もうとして、シュリに全力で止められていた。

「若様、草木そうもくと言うものは、繊細です。素人が勝手に刈り取って、枯れでもしたらどういたします。これほど美しい庭を丹精なさった庭師にも失礼です」

 そんなやり取りを経て、俺たちが選んで庭師が摘んだ花を持って墓参りをして、その後の三日間、昼間は父上と静かに過ごした。運動もしたかったけれど、人間ひとの身には過ぎる劇薬を摂取した俺を、父上がひどく心配してベッドに閉じ込めようとしたので、なんとか敷地内の散歩だけはもぎ取った次第だ。

 三日の間、爺やとシュリは王都に帰還するための旅の支度を細々こまごま進め、ジェムは俺を父上に譲って護衛たちとシュトレーゼン領内の視察をしていた。難民が押し寄せることになったとき、受け入れるための土地や設備をどうするべきか、宰相と内務大臣とも連携を取らなくちゃならないから、その下見だって。案内はベリーのパパのノーマさんだ。

 ジェムの視察は半分建前だってわかってる。王妃だったころと違って、父上が王都に上ったときは自由に俺に会えるようにしてくれるとはいえ、しばらくのお別れだ。少しでも一緒に居られるようにとの、ジェムの優しさだった。

 ちょっと寂し⋯⋯いや、なんでもない。

 二日目の夕方、散策から帰ってきたジェムが妖精エルフを拾ってきた。違った、案内してきた。

「やあ、アリス。大きくなったなぁ。お爺ちゃんのところにおいで」

 そう言って両手を広げた妖精は、お爺ちゃんにはとても見えない美しい青年で、ジェムよりも年下に見える。人間ひとよりも長寿の種族で、こう見えて結構な長生きだ。母上は人間だけども彼の養い子だったので、この妖精はアリスレアを孫と呼んで憚らない。

「これはこれは、緑の君。ようこそおいでくださいました」

義父ちちと呼べ、と何度言ったらいいのかな? お前は私の娘の婿だ。水くさい」

 無理だと思う。俺もじーちゃんって呼べないわ。こんなキラキラしい生き物。

「さて、私が放浪を切り上げてここにやって来たのは、イェンに頼まれたからだ。ノーマとルシンダ、狼の民ヴォルティスと共に、シュトレーゼンを守らねばならん。この地はユレとシュトレーゼンの約束の地というだけでなく、大地の気脈の要でもある。難民に荒らされては困るのでな」

 緑の君は色々ぶっ込んで来た。

 ジェムは館までの道すがらある程度の話は終えていたのか、領主と妖精エルフの会話に割り込むことはなかった。

「土のと火のにも心話で呼びかけたから、じきに来るだろう。時が来るまでに、煉瓦を焼いて仮設の住宅でも作っておこう」

 煉瓦積みの住宅は、もはや仮設じゃないと思う。

 近い将来シュトレーゼンに押し寄せるだろう難民対策は、父上と緑の君に任せておいて大丈夫そうだ。

 いよいよ王都に出立する前日、父上は俺とジェムを呼んだ。

 わざわざふたり揃って呼ばれたのは、アリスレアの元婚約者のことを話すためだった。第三者に悪様に噂を聞くよりは、父上から話しておきたかったと言われれば、そうかと納得した。

 正直言って色々ありすぎて、申し訳ないけどすっかり過去の人だった。少なくともおっさんにとっては。

 アリスレアが兄様と呼んで慕った人が、妻を迎えたことは知っている。ゲス乳兄弟がアリスレアの絶望する表情カオ見たさに、声高に教えてくれたからな。

 お相手は女官だそうだ。⋯⋯アリスレアが無体をされたとき、クズ王を諌めて花瓶を叩きつけられた、あの女性ひと。顔に傷を負ったことで婚約者に破談にされて、ちょうど婚約者のいない兄様との縁が結ばれたのだそうだ。

 ふざけてんな、あのクズ野郎。

 父上と隣領の当主は仲良しで、こんなことになっても関係は拗れずにたまに酒を酌み交わす仲なんだけど、お嫁にきた女官さんが本当にいい人で泣けてくるとかなんとか。

 夫を立て、舅を立て、姑に素直に教えを乞うて、領民に尽くしながら、幼いアリスレアを守れなかった後悔に苛まれているらしい。そして自分が妻の座に納まったことを酷く恥じている。わざわざ隣領の領主おじさまアリスレア元婚約者の父親である父上の耳にも入れちゃうくらい、思い詰めているんだって。

 父上はジェムに頭を下げた。妻の昔の婚約者の話など、気持ちの良いものではないと。

 そうして俺は、兄様と奥様に会いたいと思った。

 その夜、寝支度を済ませてベッドに潜り込むと、早速ジェムにねだった。明日出立したら、ちょっとだけコースを変えて、隣領に立ち寄ってもらえないだろうか。

「お願いだ、ジェム。俺を庇って怪我をした勇気ある女性に感謝の言葉を伝えたい。兄様に会って結婚のお祝いを伝えて、ジェムを紹介して、それで⋯⋯初恋にもならなかった想いを終わりにしたいんだ」

 アリスレアは恋に恋していた。今ならわかる。兄様は優しいと言う存在で、ひとりの男性ではなかった。咄嗟に名前も出てこないんだ。おっさんにとっては過去の人だけど、アリスレアとしても、区切りをつけておきたかった。

 隣領の領主おじさまが父上に泣きつくくらいだ。兄様は奥様を愛してるんだろう。だから俺が区切りをつけに行くことで、奥様の憂いが晴れたらいい。

「それで、あのさ。子どもの恋を、全部、過去にできたらさ⋯⋯ジェムと、大人の恋を始めたいんだ」

「アリス⋯⋯」

 ジェムが大きくため息をついた。

「隣領に寄るのなんの問題もない」

「じゃあ、なにがため息案件?」

 もそもそとジェムに擦り寄る。筋肉の発する熱量はぬくぬくと温かい。ちょっと恥ずかしいけど、この温もりは手放せないな。

「そう言うところだ。(これだけ誘惑しておいて、まだその気ではないのだろう?)」
 
「口の中でゴニョゴニョ言うなよ。最後きこえないぞ」

「聞かれたくないからな」

「なんだよ、それ! もう、しょうがないなぁ。明日は早いから寝ような」

 母上の墓参りも済ませた。シュトレーゼン領は父上と緑の君がいれば問題ない。あとは過去に決別するだけだ。

 目を閉じるとすぐに眠りがやってくる。あったかくて幸せだ。あ、おやすみのチュウ忘れた⋯⋯。

 
しおりを挟む
感想 240

あなたにおすすめの小説

【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...