神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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将軍、臍(ほぞ)を噛む。

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 時は少し遡る。

 ジェレマイアは浅い眠りを繰り返しながら、王都に残してきた妻を思った。必ず生きて帰ると約束してから、既に二ヶ月が経過している。

 王都から見て南東に位置する国境の黒い森から、魔獣が溢れ出していた。もともと彼らの住処ではあるが、異常な大繁殖に戦慄する。

 なぜだ。今は繁殖の季節ではないのに。

 通常の討伐隊は、魔獣の繁殖期に組まれる。王都への往復を含めても、一月ひとつきあれば充分だ。しかし時期外れの繁殖。それも通常のそれよりも、遥かに多い。

 子を産んだ魔獣は必死だ。我が子を喰わせようと獲物を漁る。その獲物に人間が含まれるというだけのことだ。我々が動物の肉を食べ、魚を食するのと変わらない。

 だからと言って、ただ喰われてやるわけにはいかない。

「⋯⋯そろそろか」

 たいして眠ってもいないし交代時間はまだ先だが、魔獣は昼夜を問わず襲ってくる。今のうちに腹に何か入れておくべきだと起きだすと、ジェレマイアは天幕を出た。

「おはようございます?」

 ジェレマイアは寝起きだったが、時刻は午後の遅い時間だ。天幕の前の焚き火で魔獣の肉を炙っていたマティアスが、疑問符のついた挨拶をよこした。

 マティアスは狼の民ヴォルティスの長の総領息子であり、いわば一族の王子である。狼の民ヴォルティスは総じて只人ただびとよりも身体能力が高く、尖った耳とふさふさした尻尾を持っている。

 大抵の狼は灰茶色の毛並みをしているが、マティアスは銀と言うには深く、とろみのある美しい鈍色にびいろをしている。若者らしい精悍な顔立ちをしていて体格もいいが、彼がまだ十五歳と知って、ジェレマイアはひどく驚いた。討伐に連れてきてもよい年齢ではなかったが、知ったのはつい最近だ。

 つがいである魔法使いの少女との婚姻資金を貯めるのだと、張り切って手柄を立ててくるので、騎士の誰かが揶揄った。

『まさかまだ寝てないのか? てっきり結婚してるかと思った。ベリーちゃん、可愛いもんな。俺にもチャンスはあるか?』

『馬鹿なこと言うな。殺すぞ。だいたい養ってもやれない十五のガキが、番だと言うだけで好きにしていいものじゃない。稼いでもないのにやることだけやるなんて、男の風上にも置けないだろう』

 その一件でマティアスが十五歳だとわかったわけだが、とてもその年齢の少年の台詞ではなかった。普段、無口な彼に淡々と正論を語られて、揶揄った騎士は平謝りした。

 只人の十五歳の少年なら、とてもこの討伐に連れてこられなかった。騎士団に入団していたとしても見習いであるし、大体がまだ学生だ。しかし彼は、狼の民ヴォルティスの身体能力で騎士団の誰よりも手柄を立てている。

 手柄と言えば、彼の番もそうだ。赤い多毛が目立つ愛くるしい少女は、今まで討伐隊に派遣されてきた塔の魔術師の存在が霞んでしまう程の大活躍だった。

 黒い森の端に黒の君なる妖精エルフの君に教わったという魔法で、本人曰く『落とし穴』を掘って見せたのだが、そんな可愛いものではなかった。

『ほいさっ』

 黒の森に到着するなり、おもむろに気の抜けた掛け声と共に杖を振ると、地震じぶるいとともに地面が陥没し、長大な『落とし穴』が出来上がった。深さ五メートル幅十五米、長さに至っては二百米以上はあるだろう。正確に測量する時間もないので、目測である。

 ジェレマイアはもちろん、外務卿をはじめ騎士たちは言葉を失った。これはもう『落とし穴』ではない。『空堀からぼり』である。

 討伐隊はベリンダが掘った『空堀』のお陰で魔獣に襲われることなく、落ち着いて討伐拠点を作ることができた。その上彼女は拠点の中心に深い穴を掘り、水寄せをして井戸を作った。安心して身体を休める場所が確保できたことで、騎士の負傷が最小限に抑えられる。

『今までの魔術師は、塔の上の下っつう触れ込みだったよな』

 軍務卿が呆然と呟いていたのを思い出して、ジェレマイアは小さく首を振った。恐らくベリンダはシュトレーゼンの不思議のひとつだ。塔の魔術師はそれなりの実力者であって間違いない。彼らだって、国が滅んでは困るのだ。討伐には協力的だった。⋯⋯許可を出す国王がそうでなかっただけで。

「旦那、寝足りてます?」

 二ヶ月前の出来事を思い出していたジェレマイアに、串焼きの肉が差し出される。マティアスはまめまめしくジェレマイアのために座る場所を整えてくれる。

 礼を言って串焼き肉を受け取ると香草の香りで臭みが消えて、とても食欲をそそられた。ベリンダがその辺の地面で摘んだ草は、彼女の目で見れば食材の宝庫であった。これほど討伐が長引いて、食うに困らないのはベリンダのおかげだ。

 アリスレアが引き合わせてくれた、得難い少年少女たち。ふたりが居なかったらとっくに討伐隊は壊滅していただろう。この時期外れの大繁殖は何度考えても異常だ。

 狩っても狩っても湧いてくる。

「食ったら出る。君は⋯⋯」

「俺も行く。子供扱いは、今更だ」

 年齢を知る前は、散々頼った。ジェレマイアは強かったが、彼と同じレベルで強い者はそういない。この部隊で突出しているのは軍務卿と将軍であるジェレマイアだ。ブラウンとその隊が頭ひとつ出ている。他は選りすぐりとは言え横並びだった。

 アーシー・ガヴァナがいないのが、地味に痛い。前回の討伐では、獣寄せの匂い袋を括り付けた矢を射掛け、ある程度、魔獣の進行方向を誘導しつつ狩りとった。矢が重くなるのに加え重心が崩れるので、剛腕かつ正確な技術を持っていないと、失速した矢が味方の部隊の上に落ちて魔獣にたかられることになる。

 その作戦が使えないため、香木を焚いて煙を起こし魔獣を誘う。風に任せた出たとこ勝負で、ひどく効率が悪い。

 この状況下、狼の民ヴォルティスの力は貴重な戦力だった。

 情けなく思いながら指揮を執る軍務卿の元に参ずると、ベリンダが騎士に引き摺られてやってくるところだった。ジェレマイアの背後で殺気が立ち昇る。騎士ーーブラウンが殺気の主、マティアスを見つけるとあからさまにホッとした表情カオをした。

「マティアス君、ベリンダ嬢を離しちゃダメじゃないか! 偵察隊にこっそりついて来てたぞ!」

 ブラウンがベリンダをマティアスに押しやると、殺気はあっという間に霧散した。

「嬢ちゃん、アンタは大事な預かりもんだ。勝手に危ない真似をするんじゃねぇ」

「そんなこと、どうでもいいよぅ。イェン様がいたんだよぅ! 黒い森の中、おっきな穴ぼこから黒いウネウネがワサワサ出て来てて、イェン様がウネウネにぐるぐる巻きにされてたんだよぅ!」

 軍務卿が唸るように言うと、ベリンダは量の多い赤毛を振り乱して叫んだ。気の抜けた笑顔を絶やさない少女が、真っ青な顔で震えているのを見て、ジェレマイアはそれが真実なのだと悟った。
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