神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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かつての檻にて。

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 王太后様という人は、なんというか覇気のない人だった。クズ王の父上の奥さんだった人で、半ば軟禁されるように生きていたそうだ。

 ヤンデレだったのか。前の王様。

 夫が遺言に、影の一族に彼女の世話を一生するように、と書き残したおかげで生きながらえている。可哀想かと思ったらそうでもなかった。亡き夫の思い出に浸って夢の中に生きている。⋯⋯夫のヤンデレは彼女にとって、愛の証だったみたいだ。うわぁ、メリバのひとだった。

 メイフェアさんが王太后様の護衛だったのは、前の王様が王太后様に男の護衛がつくことを嫌がって、腕の立つ女性を探し求めた結果だそうだ。武に長けた女性って、エーレィエン王国では殆ど聞かないもんね。

 それにしても王太后様、気鬱の病とはよく言ったものだ。夢の世界の住人だけど、鬱ではないだろう。

 ティシューは無事に解放されたけど、なぜかメイフェアさんが残った。王太后様が懐かしがって彼女を離さなかった⋯⋯。

 のは、建前で。


「まさか王都で同族に会えるなんて」

 メイフェアさんは、王妃の間に通された俺を訪ねてきた。⋯⋯王太后様を言いくるめて許可をもらったらしい。俺も、まさかこの檻のような部屋に帰ってくることになろうとは思わなかったけど、メイフェアさんも同じ感想を持っていそうだ。

 俺より頭ひとつ背の高い、男装の麗人は爽やかに笑った。俺よりナンボか凛々しい。カッコ良すぎて嫉妬も湧かない。

「⋯⋯同族ってなんですか?」

 軍務卿がレントのために手配した乳母は、俺の問いかけにキョトンと首を傾げた。黒目の割合が多くて、爽やかな美人が可愛い雰囲気になる。でも、カッコ良すぎてママみを感じない。どっちかと言うと
パパだな。

迦陵頻伽かりょうびんがの君、金糸雀カナリア姫、どちらで呼んだらいいのでしょうか? 麗しの鳥の歌姫よ」

 鳥⋯⋯ピーちゃんかぁッ‼︎

 メイフェアさんは鳥の民フィーリアってことか。鳥の要素は見当たらないんだけどな。目元は女性的な柔らかさに欠けるけど。おっとっと、これじゃセクハラだな。

「父が鳥の民フィーリアなんです。わたしは人寄りに産まれましたが、兄は空を駆けますよ。美しい鷹です」

 ⋯⋯なるほど、目元が凛々しいのはその影響か。息子ちゃんの力強い眼差しは、お爺ちゃんから遺伝した猛禽類の眼なんだな。

「鳥類は嗅覚に優れている種類も多いんですよ。アリスレア夫人の魂から、同胞のニオイがします。それもかなり高位の神鳥ですね」

「⋯⋯肉体的には、純度百パーセントの人族です」

 ピーちゃん、まさかの神の鳥。俺の魂、神様二柱もいるのかよ。ジェムの伝言聞いて、流石に全ての鳥の民フィーリアはないだろって思ってたのに、鳥の神様ならそりゃそうだよな! おっさんが庶民すぎて切ないわッ。

「ティシューと帰ってくれてよかったのに。赤ちゃんとお兄ちゃんが待ってるよ」

「寂しい思いはさせますが、貴方様をおひとりにするわけには参りません。ケーニヒ様から大体の話は聞いております。⋯⋯それに、この半月、チビに乳をやれずにいましたら、枯れてしまいました。もう、乳母としてはお仕えできません」

 微笑みが淋しげだった。

 ゲスクズの野郎。こんなところにも被害が! 完全母乳にこだわる気はないが、授乳は母子おやこの大事なスキンシップなんだぞ!

「ゲスクズ、いっぺん殴ってやらないと、気が済まねぇ」

 思わず本音が⋯⋯。

「アリスレア夫人、随分やんちゃな方なんですね」

 ヤベ。猫被り損ねた。メイフェアさんならいいか。無事に戻れたらレントの護衛として会うんだろうし、取り繕ってても仕方がない。

「メイフェアさんも結構やんちゃでしょ? 俺がゲスクズって言っても否定しないし、対象が誰だかもわかってるみたいだ」

「メイフェアとお呼びください。ふふ、私、ケーニヒ様の乳姉妹ですよ」

 それすごい説得力だな。

「それに鳥の姫を見捨てて逃げたとなれば、全ての鳥の民フィーリアの嘴に貫かれてしまいます」

 鳥の民フィーリア全てが嘴を持っているわけじゃないから比喩なんだろうけど、想像すると結構なスプラッタだな。

「じゃあ、せっかく一緒にいてくれるんだ。傾向と対策を練るのに付き合ってくれる?」

 ゲス乳兄弟が引き止めているのか、城に来てからまだ、クズ王に会っていない。このお腹じゃ大太刀廻りはできないし、リリィナみたいに離宮で療養って手ももう使えない。寵姫が誘拐されたまんまなんだ。考え足らずのクズ王でも、流石に許可はしないだろう。

「ひとまず猫被っとくつもりだから、笑ったりしないでくれよな。アリスレアのふりするの意外と小っ恥ずかしいんだよ」

 ゲスクズ、特にゲス乳兄弟が知っているアリスレアは、内務卿と財務卿の陰に隠れてぶるぶる震えているだけの、取るに足らぬ存在だろう。閨の支度も従順に受け入れて、毒杯すらも黙って口にする。

 それが、アリスレア。

 あれからまだ、一年も経っていない。今の俺とは正反対の姿しか、奴らは知らない。

「ふふ。先程、先触れが来ていましたね。どうしますか? すぐにここから逃げ出すことも可能ですよ」

 なんだって?

 ノープランな俺と違って、軍務卿の片腕になるかもしれなかった女性は実に頼もしい。そうか、王太后様が王妃だったころは、この部屋に住んでいたんだ。護衛だったメイフェアも出入りしていたはずだ、俺より構造に詳しいかもしれない。

「と言うより、逃げ出すことをお勧めします。城内ここは暗く澱んだ空気が蔓延しています。お身体に障ります」

 そうなんだよなぁ。ねっとり重苦しい気配が充満していて息苦しいくらいだ。ここに住んでいたころって、よく平気で呼吸してたよなぁ。もう麻痺してたんだろう。それか暗黒神とやらが、最近になって活性化してきたとか?

 すぐに逃げるのが良いに決まってるけど、もう少し時間が稼ぎたい。

「逃げたらヴィッツ侯爵邸に影の一族が差し向けられない? 騎士団は軍務卿の管轄だけど、王家は私兵を抱えてる。あの陰険ゲス野郎なら、大事な陛下がコケにされたらそれを動かすくらいするだろ。レントが三つ子ちゃんを無事に産むまでは、時間を稼ぎたいんだけど」

 レントはもう動けないから、襲撃されてもあの場から逃げられない。ティシューが侯爵邸に帰ったから、明日か明後日には陣痛を促す薬湯を処方するだろう。イェンに祝福された三つ子ちゃんはあまり心配しなくても良いだろうけど、やっぱり心配だ。レントはそれに輪をかけて心配だけれど。

「あと三日、我慢しよう。レントはあなたの乳兄弟の奥さんだ。この先、貴方の主人にもなるんでしょう?」

「⋯⋯それもそうですね。あの方にがあったらケーニヒ様がどうなることか、考えるだけで恐ろしいです」

 惚気話を聞くに、十年かけてようやくくっついたらしい。そんな相手になにかあったら、あの獰猛なハイイログマは確実にブチ切れる。短い付き合いの俺でもそう思うんだ、メイフェアがどこか遠くを見るような眼差しで肩をすくめるのを見て、相当なんだろうと理解した。

 ぴくん、とメイフェアがなにかに反応して、チラリと目配せしてきた。

 よし、来やがったな!

 バーンと扉が開いて、クズ王が登場した。

「待ちかねたぞ! でかした、妃よ。なかなか孕まなかったのは、僕が神の父になるための試練だったのだな‼︎」

 ⋯⋯阿呆がいる。

 あっけに取られた俺は、顔だけは良いクズ王を見つめたのだった。
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