聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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言霊と甘い囁き、そして慟哭。

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 待て。

 コニーくんが王子様としてだ。

「従兄のギィはそこそこのお貴族様なの?」

 大きいとはいえ普通のベッドに腰掛けて、髪の毛をぐちゃぐちゃとかき回しているイケメンは、俺の呆然とした問いかけにちらっと視線を寄越した。

「俺の父親は王兄だ」
「王様がコニー君のお父さん?」

 ってことは、ギィもバリバリの王族じゃないか。どうりで神殿で聖女召喚をしたおっさんたちの親玉が宰相だとか、王家転覆を狙ってるとか詳しいわけだ。

「⋯⋯ここの傭兵団は、隠れ蓑兼王権回復勢力ってわけか」
「理解が早くて助かる」
「コニー君が王子様ってことはわかった。王族には一旦口にしたら、反故にはできない制約とかあるってこと?」
「本当に理解が早い。見た目の幼さに惑わされては駄目だな」

 どさくさに紛れてディスるな。東洋人は若く見られがちだけど、幼いはない。一応選挙権は得た。⋯⋯誕生日が間に合わなくて、まだ一度も投票したことないけど。

 これは宰相が聖女にこだわる理由にもなってるんだけど、召喚された聖女はなんだかんだ王族に嫁いいでるんだって。自身が王妃になったり、魔力の高い子どもを産んで国母になったりしてて、『聖女を得た者が王位を得る』みたいな事がまことしやかに囁かれているとかなんとか。

 いや、それ、王家の血を引いてる前提じゃないかな? いくら聖女を手に入れたって、宰相が王族に取って代わるのって無理じゃないの?

「聖女は魔力が高いんだが、王族も聖女の血を引く者が多いせいか魔力が高い。魔力の高い者の発する特別な言葉には、力が宿るんだ。言霊や呪文と言った言葉を聞いた事があるか?」

 日本人には馴染みのある言葉な気がする。こっくり頷くと、ギィはほうと息をついた。

「婚姻の誓約っていうのは特別な言葉だ。そこに真名を乗せるということは、儀式の祝詞に等しい。それを魔力の多いビンとコニーが交わしたってことは、世界のことわりは既にふたりをつがいとして結びつけたと思う」

 は?

 お兄ちゃんの知らないところで、ウチの可愛いミヤビンが既に人妻だと⁈ ⋯⋯どうしよう、父さんが壊れる姿が目に浮かぶ!

 って、父さんにミヤビンの花嫁姿を見せることは出来ないんだった。

「ねぇ、召喚された聖女は、元の世界に帰れる?」
「聞いた事がない。代々の聖女の墓があるから、方法が有る無しでなく、危険すぎて試した者がいなかったのだと思う」
「それはこっちから世界を跨いだとして、元の世界に戻れる保証がないから自殺行為ってことかなぁ」

 うまく地球にたどり着いたとして、海のど真ん中や雪山のてっぺんに落ちたら秒で死ぬ。こっちにはは召喚者が場所を選んで聖女を呼び寄せるけど、帰るときは放り投げるだけなんだろうな。

「どうして急に帰ることを考えた?」
「父さんと母さんに、ビンちゃんの花嫁姿を見せてあげられなくなっちゃったなって」
「⋯⋯ルンはビンのことばかりだな」

 そりゃ、ミヤビンは桜木家のお姫様ですから。

「コニーのことも気をつけて見てくれている」

 いや、あの子、子どもらしくないのが痛々しくて。⋯⋯王子様教育でそんなふうに育てられたのかもしれないのは、たった今知ったよ。

「あとは、傭兵団うちの若い奴の面倒とか。宿酔ふつかよいなんて放っておけばいいのに、朝飯を別に用意したり」

 作業中にフラつかれて怪我でもされたほうが大変なんだよ。

「俺たちが居心地いいように、他にもあれこれしてるのも知ってる。⋯⋯でもな、ルン。お前、泣いてないだろ?」

 ⋯⋯なんのことかな。

「ビンはフィーとコニーに家族のことをよく話すんだってよ。夜はベッドでお前にしがみついて泣いちゃうんだとな。お前は?」
「泣いたじゃん」

 この部屋のギィが腰掛けている、そのベッドの上で。

「あんなの泣いたうちに入るか。あれはビンを危険に晒したことへの後悔と、自責の念だろ? 俺が言ってるのは、見も知らぬ世界に引き摺り込まれて、妹とふたりきりで支え合わなきゃならん心細さや、会えなくなった家族を恋慕ったりすることだ」
「俺はビンちゃんの兄ちゃんだ」
「それとこれとは関係ない。ビンの花嫁姿を家族に見せられないってのは、ルンにだって言えることだろう?」

 虚を突かれた。

「兄であることにこだわるな。一瞬前まで家族に愛されて温かな日常の中で微睡んでいたお前が、突然知らない世界に引き摺り込まれて、死にかかったんだ。ルンの全ては手入れが行き届いていた。背中の刀疵と顳顬こめかみの擦り傷以外は、とても綺麗な肌だった。つまり、生命のやりとりなんか知らずに育ったんだろう? 怖がったり、理不尽さに怒り狂ったりするのが当たり前なんだ」

 ギィは立ち上がって俺の側までやって来た。彼は自分の髪の毛と同じように、俺の頭をくしゃくしゃとかき回した。半月やそこらで伸びるものじゃないけど、そろそろヘアカットしようというタイミングで飛ばされて来たから、長めの前髪がかき上げられておでこを露わにされた。

 顳顬こめかみを親指でそっとなぞられる。ほとんど消えた傷を、思い出させるかのように。

「ビンの前では頑張れ。でも、俺の前では頑張るな」
「⋯⋯フィー団長の前では?」
「それは嫌だ」
「なんだよそれ」

 笑おうと思った。

 口角を上げようとして失敗する。きっと俺の表情カオは酷くいびつになっている。視界が揺れた。ダメだな、一度ギィの前で泣いてるせいか虚勢が張りきれない。

「ううぅ⋯⋯」

 奥歯を噛み締めて、声が漏れるのを押し込める。変な唸り声が溢れて、膝の腕で拳を握りしめた。

「意地っ張り」

 ため息混じりに言いながら、頭をかき回す手が離れた。温もりが去って、なぜか残念に思う。そうしたら突然の浮遊感に見舞われて、俺はギィに抱き上げられていた。軽々とお父さん抱っこをして、ギィはベッドに戻って再び腰を下ろした。

「泣けなくてもいい。しばらくこうしてろ」

 ぐるっと身体を回されて、ギィの胸に顔を埋めるみたいにしがみ付かされた。太腿の上に馬乗りになって体重を預ける。大きな身体は高校を卒業したばかりの男子の身体を、軽々と支えた。

 清潔な部屋着は虫除けのハーブの爽やかな香りがする。まったくここの傭兵たちはこんなところにまで気が回るのに、あの謎スープはなんだったんだ。

 背中に回った大きな手のひらがゆるゆると、宥めるようにあやすように、撫でてくる。上半身を全てギィに委ねると、トクトクと心臓の音がした。

「不本意かもしれないが、ビンの存在は俺たちにも重要なものになった。聖女ということを隠して生活するなら、特別扱いするほうが身バレの危険があると思ってたんだがな。⋯⋯次代の王の妃だ。良いのか悪いのかわからないが、ルンがひとりで気を張ることはない。傭兵団全員でビンを守る。ビンの未来の夫の家族だ。だから俺たちがビンを守ることは当然のことだろう?」

 ギィの声が甘く囁くように耳の中に吹き込まれてくる。ゆっくりと諭すように紡がれる言葉は、胸に沁みてくる。風呂上がりの体温がお互いを温めて、俺の心を溶かしてしまうようだ。

「⋯⋯俺、泣いて良い?」
「良いと言っている。むしろ泣け。ただし、お前が泣く場所はここだけだ」

 背中の手が、ぎゅっと俺を抱きしめた。

 父さんよりうんと若くて、兄さんミノリンよりずっと逞しい。温もりに包まれて、守られる安心感に浸る。出会って半月足らずの相手に依存しちゃダメだと思うのに。背中の痛みと熱に浮かされた微睡みのうちに、甘やかに励まされた記憶がある。それはとても柔らかで心地よかった。

「⋯⋯ん」

 喉で堪えた声がこぼれると、もう我慢なんてできない。鼻の奥がつんとして目頭が熱くなる。溢れた涙はどれだけ止まれと念じても言うことを聞かなかった。

「う⋯⋯んうー」

 押し殺しきれない嗚咽が変な唸り声になった。

「そうだ、その調子だ。頑張って泣けよ」

 ギィの声は甘い。俺のこと、七歳のコニーとたいして変わらないと思ってるんじゃないだろうか。兄さんミノルンとは違う、力強く逞しい腕だ。

 その腕の中で、桜の花の朧げな霞を思う。春の旋風つむじかぜは俺とミヤビンから家族を奪った。もう会えない、大事な家族。

 朝起きてみんなでご飯を食べて、学校に行って馬鹿やって、夕食もみんなで賑やかに食べるんだ。傭兵団のみんなは独身寮のみんなを思い出させて切ない。

 車の免許証だって、もう少しで取れた。大学に通うのに車がないと不便だから、中古車だけど可愛い軽を買ってもらったんだ。免許証が交付されたら納車してもらおうなって、父さんが笑ってた。母さんだって、俺が車に乗るようになったら大学の帰りに買い出しを頼めるから助かるわって喜んでて。

 それが全部、無くなった。

 俺に残されたのは、ミヤビンだけだ。

 まだ十歳の、大人の助けがなくちゃ生きていけない妹。桜木家のお姫様。俺が守ってやらなくちゃ。

 でも、俺は?

「ルン、ルン。コニーを救ってくれた勇気に報いたい。ビンと一緒にお前も守る」

 俺も?

 姿の見えない宰相とやらにミヤビンのレイプ計画を聞かされて、真っ暗な森の中に踏み出した恐怖。朧に揺らめくふたつの月。ギラギラした目の男の狂気を孕んだ声音に、振り下ろされた剣。

「ああああぁぁぁ⋯⋯ッ!」

 悲鳴のような慟哭のような。

「ギィ、ギィ! 俺⋯⋯ッ、俺は⋯⋯⋯⋯ッ」
「そうだ、上手だ。涙といっしょに理不尽な怒りを吐き出しちまえ」

 ギィの声は穏やかで、俺の声だけが涙に濡れている。自分たちを召喚した存在へ罵詈雑言を並べたて、家族に会えなくなったことを嘆き、泣いて泣いて泣いて⋯⋯。

 同じ言葉を何度も繰り返してぐったりと疲れ果てたころ、泣いて不細工になった顔を上向かされた。腫れぼったい目蓋に唇が落ちてくる。

「もう、このまま眠っちまえ」
「うん⋯⋯」

 子どものように泣いて体力の限界を迎えた俺は、逆らうことなく目を閉じた。
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