聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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王子様と本拠地とコウノトリの悪戯。

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 旅は十日ほどかかった。往路に使った日にちは七日、それも最終日は昼過ぎに集落にはたどり着いていたらしいから、三日も余分にかかっている。

「帰りはのんびりでいいさ。依頼主を待たせてるわけでもないし、元々の予定より早く依頼を終わらせたからな」
「⋯⋯サイの奥さん、待たせてるでしょ」

 ギィは俺の頭をぐちゃぐちゃとかき回した。喋るのも億劫な俺は、されるがままだ。

「ルン兄ちゃん、顔が真っ白だよ」
「もうすぐ拠点に着くからね」

 ちびっこふたりにも励まされている。ミヤビンは疲れはあるけど、順応も早かった。俺ほどぐったりしていない。これが若さか⁈ 俺だってついこの間まで高校生だったのに!

「副団長がおんぶしてあげたほうがよくないっすか?」
「荷馬車の揺れも辛いと思うっす」

 ヤンとジャンがギィの荷物を引き取る仕草をしたので手を振って止める。さっき境の門みたいな場所を通ったから、もう本拠地を構える土地には入っている。もうちょっとだから、頑張る。

「停めますよ。お疲れ様でした」

 御者台からサイの声がして、程なく荷馬車が停まった。ぶふんと馬が間抜けな嘶きをして、轍のギシギシいう音が止んだ。

「お疲れさん! 三日後にいつものところに集合だ。解散‼︎」

 え? そんだけ⁈

 フィー団長がお腹に響く声で隊列の全体に声を掛けると、傭兵たちが一斉に「うぃーっす」と野太い声で返事を返して三々五々散って言った。気の合う者同士で仕事終わりに羽を伸ばすのかもしれない。

「この傭兵団、王子様の隠し部隊じゃないの?」

 俺を荷台から抱き下ろそうとしているギィの耳元で、なるべく小さな声で問う。陽気な傭兵たちは王族を守る集団かと思ってたけどあまりにも自由すぎる。ギィとコニー君が王子様だって、傭兵たちは知らない可能性もあり?

「大丈夫ですよ」
「我らのこれは、擬態です」

 誰⁈

 ヤンジャンコンビがふたり揃って姿勢を正している。旅の汚れもなんのその、ユルさをどこに落としてきたのかキリリと精悍な表情カオで爽やかに微笑んでいる。

「うわぁ。ヤン兄ちゃん、ジャン兄ちゃん、格好良すぎて別の人みたい!」

 ミヤビンが大きな目をくるんと、さらに大きくした。先に荷台から降りたコニー君がエスコートために手を差し出して、ミヤビンの意識を自分の方に向けていた。小さな嫉妬が可愛い。

「そう言うわけだから、落ち着いたら内緒の話をしよう」

 ギィが言って、ヤンとジャンは胸に手を当てて頭を下げた。粗野な傭兵とは思えない、洗練された仕草だった。

 それからふたりはギィとコニー君に「そしたら、もう行くっす~」とユルい挨拶をして辞して行った。ユルさが完璧すぎて、さっきの姿が幻みたいだ。夢でも見ていたのかもしれない。

 ふたりが去った後、ギィほ俺を抱いたまま歩き出した。フィー団長が先頭を歩いて、その後ろに手を繋いだコニー君とミヤビン、俺たちの後ろにサイって言う並びだった。自分で歩きたかったけど、平衡感覚がおかしくなっているのか真っ直ぐ立てなくて諦めた。

「凄い⋯⋯」

 本拠地とか拠点とか言われていた場所は、城砦都市だった。ぐるりと城壁に囲まれた内側に民家が並んでいて、真ん中にお城が建っている。キラキラした雰囲気じゃなくて、石と煉瓦を積んで作ったとにかく重厚で無骨なお城だ。お姫様の住んでるイメージはさっぱり浮かばない。

 ミヤビンも正面のお城を見上げて「ふわぁ」と声を上げていた。足下がお留守になっているけど、コニー君が上手にエスコートしている。さすが王子様。

「⋯⋯今気づいたんだけど、俺が居候させてもらうのって、お城ここ?」
「もちろん」

 マジか。

 もともと力の入らない身体から、ぐんにゃりと力が抜けた気がした。

「一番安全なんだ。外から攻められたとき住民も受け入れ可能な作りになっているんだ。ある程度の籠城はできるようになっている」
「⋯⋯中世以前のイングランドみたいだな」
「その例えが合っているのかわからないが、ルンはここが一番安全だと知っていてくれればそれでいい」
「うん」

 デカさに圧倒された。修学旅行で行った大阪城より大きい。

「おかえりなさい!」

 ギィと話をしていて人が近づいてきたのに気づかなかった。前方からかけられた声に顔をあげると、綺麗な人がズンズンと早足でかけてきて俺たちの傍を通り過ぎると、すぐ後ろのサイに飛びついた。

「うわぁ、サーヤ! 走らない、飛びつかない、じっとして⋯⋯んんっ」

 立ち止まったギィが振り向いた先でサイが石畳に押し倒されて、熱烈に唇を奪われている!

「え? え? え?」

 カーっとほっぺたが熱くなる。な、ナマチュウ初めて見るんだけど⁈

「うわぁ、外国の人みたい!」

 ミヤビンよ、相手は異世界人だから広い意味では間違ってないぞ。

 恥ずかしさのあまり顔をギィの肩口に埋めた。オレハナニモミナカッタ。思わず片言で呟く。

「ルン、照れてるのか? 可愛いな」
「うるさい! うちの国は人前でキスはしない文化なんだ。ああいうのはふたりきりでするものなの!」
「お客人。はじめましてなのに、ごめんね。部屋に案内する前に治癒室に行こうか。顔色が悪いよ」

 そう言って立ち上がった人は、長い金髪をサラサラと自然に流した綺麗な人だった。綺麗だけど背が高い。声⋯⋯男? いやいやいや、お腹大きいよ。サイに飛びついてキスしたってことは、奥さんで間違いない。

「ルンちゃん、ビンちゃん。こちら僕の師匠で妻のサーヤ」
「はじめまして、サーヤです」
「ビンです!」
「⋯⋯ルンです」

 サイが紹介してくれたのに合わせて、ミヤビンが元気に自己紹介した。俺はなんとか声を絞り出す。奥さんが男の人でも全然問題ないけど⋯⋯産めるのか⁈

 俺は今、治癒よりも魔石よりも、男が出産できることに異世界ファンタジーを強く感じている!

 サイよりもほんの少し背の低いサーヤさんは立ち上がったサイに腰を抱かれて、にっこりと微笑んだ。

はやぶさが知らせてくれたよ。背中の傷は、僕が痕を全部消してあげるから、少し時間をちょうだいね。ちょっとおおきな仕事を控えてるから、その後になっちゃうんだ」

 サーヤさんはふっくらしたお腹を撫でた。冷たげにも見える綺麗な顔が、柔らかく優しくなった。

「痛みはもう無いので、このままでも構いませんよ。女の子じゃないんですから」
「性別なんて二の次だよ。君の背中に傷が残っていることで、心を痛める人は沢山いると思うよ」

 その場でぐるっと視線を巡らせて、サーヤさんは唇に人差し指をあてた。なにか言いたそうなのを悪戯っぽく止めている。俺もぐるっと周りを見て、この場にいる全員が俺の背中の傷を消して欲しがっているのを感じる。

 コニー君なんか、もう泣きそう。

「わかりました。赤ちゃんが無事に産まれて、サーヤさんも元気になったらお願いします」
「わかればよろしい」

 サーヤさんは鷹揚に頷いた。

 ちょっと喋るのが辛くなってきたなぁって思ってたら、サーヤさんが近づいてきて俺の手を取った。そしてフワッと柔らかい光が注ぎ込まれたかと思ったら、少しだけ楽になった。サイは小さな瓶に詰めたミヤビンの髪の毛を媒体に、呪文を唱える。サーヤさんは予備動作がなにもなかった。これが師匠と弟子の差か。

「あぁ、いけない。こんなところで立ち話なんて。ルンちゃんの顔色がますます悪くなってきたよ。ギィ、やっぱりあんまり動かしたく無いから、医務室はやめて寝室に連れて行って。月の間と花の間を用意したよ」
「ルンは月の間に連れて行こう。コニー、ビンを花の間にエスコートしてやれ」

 ナントカの間ってまるで旅館みたいだ。

「月の間と花の間はとなりだ。不安なら隣り合った壁に扉を設置して、行き来できるようにするが、どうする?」

 扉を設置って、壁ぶち抜くんだよな? そこまでしなくていい。むしろ止めてくれ。疲れ果ててるところにサイの奥さんを目の当たりにしたことで知った、まさかの男でも産めるって。頭がパンクしそうだ。扉はいらないと首を振って否定したら、振りすぎて目が回る。

「連れてってやるから、寝てしまえ」
「抱っこされると眠るって、当たり前になりそうで怖い」
「誰にでもしなけりゃいいだろう?」

 誰彼なく抱っこされるつもりはないけどさ。

 密着した体温と緩やかな揺れに安心して頷くと、俺はギィの言葉に逆らわずに目を閉じた。
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