聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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トラウマとカクレクマノミ。

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 朝食後にはギィと一緒に鍛錬場に顔を出した。傭兵たちはみんな旅の疲れもなんのその、剣を振り回して模擬戦をしていた。ガツガツと刃毀はこぼれしそうな音を立て、激しく打ち合っている。先だっての依頼先ではスコップや土嚢袋を担いでいたガテンな兄ちゃんたちは、こうしていると別人に見える。

 強烈な臭いを放つ謎スープを作っていたヤンとジャンも、鬼気迫る表情カオで打ち合いしていた。俺を斬った男を思い出してひゅっとなる。

「ギィ、みんな怪我とかしないの?」
「あそこにサイが控えてるだろう? あんまり酷いのは医務室に運んでサーヤに診せるが、大抵は唾をつけときゃ大丈夫だ」

 聞けば訓練用に刃を潰した剣らしくて、切り傷が出来ることは滅多にないとか。打撲痕が凄そうだけど⋯⋯。振りかぶった剣が太陽の光を反射して輝くのを見て、傷が塞がったはずの背中が燃え上がったような気がした。

「どうした? 顔色が悪い」
「ギィ、ギュッとしてくれる?」

 俺の泣き場所はあの部屋じゃなくて、ギィの腕の中なんだろう? 無条件で甘えさせてくれる逞しい男の袖を掴んだ。を思い出させるアイテムを目にして、身体の芯が震えてる。

「済まない。配慮が足りなかったな」
「⋯⋯ううん、俺も剣を見てこんなになると思ってなかったし」

 キッチンで刃物を見ても平気だったのに。

「ここはフィーに任せるから、先にサーヤのところに行って話をしよう。どのみち診察もしたいと言っていた」
「いいの?」

 仕事じゃないんだろうか。

「俺はここでは添え物だ」

 ギィはヤンジャンを呼び寄せて予定の変更を告げると、俺の膝の裏を掬い上げて軽々と抱き上げた。多少の心苦しさはあれど、予定が前倒しになったと思おう。

 連れてこられた医務室は、現代日本人が想像する学校の保健室のような場所とはちょっと違った。薬局と医院が一緒になったような場所で、ハーブや薬の棚が壁の一面を占拠していて、書物机と診療用のベッドがあった。サイズ的にはセミシングルくらいに見えるけど、こっちの人々は体格がいいから、手足ははみ出しそうだ。

「いらっしゃい。ルンちゃんはだね」
「寝過ぎですみません」

 書物机の椅子に座って、サーヤさんが迎えてくれた。笑顔で迎えてくれたので俺も笑顔で返す。診療用ベッドをソファー代わりにギィと並んで座ったら、サーヤさんはギィを容赦なく立たせて追いやった。

「邪魔だよ、ギィ。話の前にルンちゃんの背中が見たいから、一旦廊下に出ててよ」
「⋯⋯わかった」
「いてもらっちゃ、だめ?」

 サーヤさんはいい人だろうけど、ほぼ初対面だからちょっと緊張する。ふたりは俺の意を汲んでくれて、ギィは少し身体をずらしてサーヤさんを招いて場所を譲った。

「今日はちらっと見るだけね」

 ギィが結んでくれたサッシュベルトをはずしてチュニックとシャツをまとめて捲り上げられた。自分で見たことないけど、手で触った限りはポコっと盛り上がっている。

「傷、大きいね。よく頑張ったよ。サイじゃここまで治すのにも相当な時間がかかったろうけど、よく耐えたね」
「ううん、サイがいなきゃ死んでたから」
「それでも、君が頑張ったことは誇っていいよ」

 チュニックを元に戻すように言いながら、サーヤさんは薬棚を漁りにいって、その隙にギィが俺のとなりに座った。そのギィにサーヤさんは平べったい陶器を放り投げてよこした。

「軟膏だよ。皮膚を柔らかくしてひきつれを和らげてくれるから、お風呂上がりに毎晩塗って。月の間付きの女中に任せてもいいし、ギィが塗ってもいい。まぁ、誰が塗っても同じだからね」

 たしかに背中の傷じゃ自分では塗れないけど、女中さんは勘弁してください。

「さて、ここからはいろんな難しい話もね」

 サーヤさんは言いながら、元の椅子に腰掛けた。クッション盛り盛りでゆったりした椅子だ。大きなお腹が窮屈そうだけど、手のひらをそっと添えて視線を和らげる姿を見ると、本当にお母さんになるんだなぁと思った。

「どこからいく?」
「ルンに一番関係ありそうなところから」

 問いかけに即答したギィの返事に乗っかって、首を縦に振りまくった。順応するのに三日も眠ってるけど、これで順応してきっているのかも不明だからな。

「わかった。医学的な話になるよ」
「俺の頭で理解できるかなぁ」

 医学の道を志そうなんて一瞬たりとも思ったことはない。

「僕らは男性だよね」

 サーヤさん俺たち三人を順番に指し示した。

「我ら人類は母親の胎内で芽吹くとき、全てが女性なんだ」

 全てが?

 サーヤさんは机の上にあった本を開いて、人体の簡略図みたいなのを見せてくれた。保健体育とか児童向け化学雑誌の人体模型レベルの知識しかないけど、地球人と変わらなそうに見えた。

「母親の胎内で十月十日過ごすうちに、女性のまま産まれる個体と男性に変態する個体に別れるんだ。女性の機能を閉じて男性の機能が発生するんだね。たまに出産までに変態が間に合わない赤ん坊もいるけれど、だいたい生後半年までに性別は固定する」

 頭が混乱してきた。

「ここまではまぁ、産まれるまでの話だから、僕たちが実際に目をすることは滅多にない。僕のお腹に赤ちゃんがいるのは見てわかるでしょ? 女性の機能は閉じただけで、消失しない個体もあるんだ。そういう人は外部からの刺激で女性の機能が再活性することがある」
「⋯⋯⋯⋯外部からの刺激?」
「恋愛感情や、種族の生存本能だよ。僕の場合はサイに絆されちゃったからかな。あのヘタレ、可愛いんだ」

 ⋯⋯ご馳走様です。どさくさに惚気られたよ。

「種族の生存本能は文献にいくつか事例が残っている。戦争中、壊滅状態で取り残されていた部隊で、小柄な者や細身の者の中から女性に変態する者が現れて集落を作って子孫を残したり、反対に男手を戦に取られた村落で残された女性の中で体格の良い者が男性に変態したりとかね」
「カクレクマノミ⋯⋯!」

 カクレクマノミはアニメ映画で有名になった熱帯魚で、生息域にメスばかりになると一番大きな個体がオスになる。絶滅しないための種族の知恵だ。

 人間にも適用される知恵だとは知らなかったけどな!

「カクレクマノミがなんだかわからないけど、ルンちゃんがどの程度この世界に適応しているのかで、変態の可能性が出てくるんだけど」

 俺が変態! 意味違うのわかってるけど、変態って響きが微妙だ‼︎ 

「もう世界を飛び越えた時点で、なにがあっても驚かない、そう決めた。今、決めた」

 自分に言い聞かせるように言うと、サーヤさんが眉を下げて曖昧に笑った。

「体格が女性のように乳房が膨らんだりまではしないし、男性機能も完全には失わない場合が多いよ」

 実体験として語られるから、説得力が凄い。

「でだ、最初に仮宿でお前さんと話した時のことを覚えているか?」
「⋯⋯いろいろありすぎて、どの話だかわからない」

 ギィが探るように俺を見る。

「むさ苦しい傭兵しかいない借宿は環境が悪いと言ったのは?」
「そう言えばそんなことも言ってたような」
「あのときお前さんは斬られて死にかけて、弱りきっていた。あの中で、明らかに一番弱い個体だったんだ」
「あ⋯⋯」
「俺たちの中では子どもでも知ってる常識だから、怒ったり不安になったりしないのは、お前さんも受け入れていると思ってたんだ」

 そうだよなぁ⋯⋯過去の聖女たちも、こっちの人間と結婚して子どもまで産んでるんだから、まさか生態が異なるかもしれないなんて思ってないよな。俺は俺で変態の可能性なんて露ほども思ってないから、お互い様っちゃお互い様だ。

「⋯⋯俺を借宿で隠してたのは、俺が思うより聖女に間違われる可能性が高かったんだな」

 男だったとしても変態させればいいとか、あのゲスい連中なら言い出しそうだ。

「代々の聖女の言葉をまとめた書物では、異世界では異性間の婚姻が主流だと書いてあった。それは本当?」
「主流って言いかたはうまいと思うよ」

 少しずついろんなことが認められているからね。

「我が国での婚姻は、人と家との繋がりなんだ。性別は二の次だ。子どもは授かり物だから、男女間でも授かれない場合もあるし、同性間でも深く愛し合って役割が生まれれば変態して授かることもある。法律を記した書物にも性別に対する制限は記載されていないよ」

 サイとサーヤさんが特別じゃないってことだ。

「ちなみにフィーはリリーの母親だ」

 俺はあんぐりと口を開けた。マッチョな胡麻塩頭の豪快なおっさんが、お母さん⁈

「もともと男性だったが変態してリリーを産んだんだ。夫を亡くして、幼い娘を守るために強くあろうとしてなった」

 人体の神秘。それよりも心を揺さぶられるのは、想いの強さだ。

「大好きな人のために身体を作り替えて、大切な娘を守るためにまた⋯⋯いくら変態が珍しいことではないって言っても、負担のかかることでしょう? 凄いな、愛するってそこまでのエネルギーを持ってるんだ」

 俺の身体がどこまで順応しているのかはわからないけど、俺がそんな恋に身を焦がすことがあるんだろうか?

「ねぇ、ギィ。俺が変態してもそばにいてくれる?」

 俺にくれた泣き場所は、取り上げたりしないでほしい。そう思った。
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