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新しい住処と留守の間。

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 俺がこの傭兵団に拾ってもらったばかりのときは、山から崩れた土砂の撤去を請け負っていた。その依頼は危険が伴うものではあったけれど、どこか地元青年団のボランティアのような心安い雰囲気で、みんな和気藹々わきあいあいと仕事に出掛けていたように思う。

 城砦のギィの部屋にあった隠し通路から抜け出したのが、昨日のことのように思える。もう二ヶ月も経つのに。

 傭兵団の名称は『暁』と言った。ギィ曰く、少年の冒険心をくすぐるなんとも恥ずかしい名前を敢えて付けたのだそうだ。理由はイキった若者が付けがちな、どこにでもある名称だからだって。強そうな雰囲気だけでたいして強くもない、そんな『暁』団はいくつかあるらしい。

 役所にある記名見本の『日本太郎』みたいなものか。数ある傭兵団のひとつとして紛れるには、ちょうどいい名前なんだろう。

 そんな暁傭兵団の団長は、この度代替わりをした。フィー団長がギィ副団長に立場を譲渡した形になっている。傭兵向けの依頼斡旋所に届出をして正式に認められたそうだ。斡旋所にはこのところ、ギィが団長代理で顔を出していたから、フィーさんは怪我かなんかして引退したと思われている。実際にはカリャンテ領の城砦で王太子殿下のお世話をしているんだけれども。

 最近の傭兵団は王都から貴族の領地をふたつばかり跨いだ土地を拠点にして、斡旋所から依頼を回してもらっている。コリカという街だ。ラノベでよくある冒険者ギルドみたいなものだと思う。薬草採取などのいわゆる初心者向けの依頼はないけれど、用心棒とか護衛の依頼を騎士たち⋯⋯いや、傭兵たちは訓練替わりに受けている。たまに怪我をして帰ってきたりするけれど、治癒師のサイがなんとかできる範囲に留まっている。

 サイにはプレゼントを持ってきた。奥様のサーヤさんからの手紙と天使ちゃんの手形足形だ。手足にインクを付けてペタッとスタンプして生まれた日付けと生後何日なのかを記した紙を渡すと、彼は涙を流して喜んだ。今まで記念手形ってものを思いつく人がいなかったとかで、サーヤさんも喜んで天使ちゃんのお手々にインクを塗っていた。

 拠点はコリカの街の城壁の際にあった。三十年くらい前にあった紛争の時に国軍が使っていた宿舎が空き家になっていて、そこを無料ただみたいな家賃で借りたらしい。家賃が法外に安い代わりに、修繕は自分たちで行うんだって。騎士団のみんなは大工仕事も難なくこなして、快適な居住空間を作り上げていた。⋯⋯こんなに手先が器用なのに、なんで料理だけできないんだろう? 謎は深まるばかりだ。

 俺がギィと共にコリカに来るにあたって、ヤンジャンコンビと一緒にシュウさんも同行してくれた。危ないから城砦にいて欲しかったけど、家令のキノさんとシュウさん本人に押し切られた。これにはギィも反論しなかったので、シュウさんにお世話されるのは外せないらしい。

 シュウさんは侍従の仕事にだけじゃなくて、家事全般に通じていた。本来の侍従って主人の身の回りのことだけに特化して研鑽を積んでるものらしい。例えば、俺が『お茶が飲みたい』と言ったとする。厨房で下働きが沸かしたお湯は従僕が部屋まで運んで、最後にお茶を淹れるところだけが侍従の仕事になる。掃除だったら采配するだけ。だからシュウさんが料理ができるのが意外だった。

 ふたりで厨房に立っていると、ヤンとジャンが交互に様子を見にくる。ここは前のところと違って街だから、狩りに行かなくてもいい。でも傭兵たちはたくさん食べるので、買い出しは一苦労だ。ふたりは俺とシュウさんを護衛して、街の市場へいく役割も担っている。

「ギィは今夜は帰ってこないんだよね?」

 依頼に紛れて、王都の様子を探りに行っている。今回は全員で同じ依頼を受けるんじゃなくて、幾つかのグループに分かれて活動している。全員まとめて従事しなきゃいけないような規模の依頼は、災害か戦闘でもなけりゃないそうだ。今回の依頼は商人が王都まで荷物を運ぶのを護衛するって言っていた。

「なんだかんだで、ギィに唐揚げを作ってあげそびれているんだよね」

 ゲコゲコ鳴いている食用蛙は、今夜の食糧だ。市場にあるものでメニューを考えるんだけど、全員に行き渡るだけ仕入れるのはなかなかに骨が折れる。、ギィが拠点にいるときには、数を揃えることが出来なかった。買い占めなどして、街の人に白い目で見られるのはごめんだ。

「今夜はどうしようかな。グリルにして甘辛いタレでも付ける?」
「カラアゲがいいです」

 ジャンがかぶせ気味に言ってきた。若者は唐揚げが好きなのは、どこの世界でも共通らしい。

 騎士たちは新しい拠点の中では、俺に対してタメ口をきかなくなった。それとは別に、ルンちゃんとかビンちゃんの兄ちゃんとか呼ばれていたのに、みんながルン様って敬称を付けて呼ぶ。なんか不思議だ。

 俺がうんと小さなころ韓国ドラマにハマっていたばあちゃんが、主演俳優を様付けで呼んでいたせいか、自分が偉くなったような錯覚はない。俺が下手したてに出すぎるとギィの立場がないから、新たなニックネームだと思うことにしている。

「じゃあ、唐揚げにするよ」

 よく考えたら街では鶏だって手に入るから、ギィに作ってあげるのは蛙の唐揚げにこだわる必要はない。まずは今夜のごはんだ。

 シュウさんに監督されながら、ジャンは慣れた手付きでナイフを動かして蛙を捌いている。刃物という括りでは武器も包丁も大差ないのだろうか? 繰り返すが、なんであの謎スープが出来上がっていたのか理解に苦しむ。面倒臭がるのが一番の原因かもしれない。

「ルン様、宿舎の裏手に流民の代表が来ております」

 ぐつぐつとシチューを煮込んでいると巡回当番の若い騎士が、傭兵の格好で厨房に顔を出した。

 拠点にしている元国軍の宿舎はコリカの外れにあって、それよりもうちょっと外側の外壁の辺りには、浮浪者が生活していたらしい。外壁の壊れた場所から出入りして、街の外で狩りや拾い物をして生活していたようなんだけど、傭兵団がきて壊れた壁を修復してしまったので食糧を確保できなくなったんだって。

 外壁は破落戸ならずものの侵入を防ぐ以外に、野生の動物が街に入り込まないように張り巡らされているものだ。それを浮浪者の保護が面倒でほったらかしであったらしい。保護が面倒で外壁の修理をしないってどういうことだと思ったら、壁に穴が開いていれば浮浪者たちが自分で食糧調達できるからなんだって。

 コリカの領主は阿呆なのか? 浮浪者が獣に襲われて、獣が人間を餌だと認識したらどうするつもりなんだろう。街には人間エサがたくさんいるんだと気付かれたら最悪だ。

 ギィの指示で穴が塞がれたが、そうなると浮浪者は食糧の調達が難しくなった。狩りも採取もできなくなった彼らは、街の残飯漁りだけでは全員が食べることができなくなったということだ。なんで俺がそんなことを知っているのかというと、宿舎の厨房の勝手口にゴミ漁りに来た幼い兄弟に聞いたからだ。ふたりはもうすぐ赤ちゃんを産むお母さんのために食糧を探していて、新しく人が住み始めた宿舎の周りを徘徊していたそうだ。

 施しは彼らのためにならないのは理解している。でも枯れ木のような身体をした幼い子どもが、母親のためにゴミ漁りをしているのを見て、知らないふりをするのは辛い。だって考えてもみろよ、自分だってお腹が空いているだろうに、健気すぎて涙が出てくる。

 落ち込んだ俺を見兼ねたギィが、浮浪者を束ねているリーダー的な人を探してきて話をして、労働を対価に支援を始めた。

 この宿舎、かつては国軍の所有だっただけあって、部屋数だけは多い。下士官の雑魚寝部屋みたいな大部屋から、高官用の無駄に広くて立派な部屋までだ。さすがに高官用の部屋でも装飾品はない。飾りをひっぺがした跡があって、引き払うときに持っていったのか後から盗まれたのかは定かでないが、かつてあったのだろう華やかさはない。

 下士官用の部屋には捨てていったと思われる衣類が残されていて、ギィは部屋の掃除と一緒にそれらの処分を流民に頼んだ。捨てようが自分で身につけようが、好きにしろと言って。ついでに俺が作り過ぎた夕食を、賄いとして支給した。

 身綺麗になった流民は街で金くず拾いや、ごみ収集の仕事にありつけるようになって、少しづつ人間らしい生活ができるようになったようだ。それから感謝されて、たまに勝手口から顔を出して、汚れ仕事がないか聞きに来てくれるようになった。

 汚れ仕事ってのは、物理的に汚れそうな仕事ってことだよ。生ごみと糞尿を混ぜて堆肥にしたりとか。傭兵のふりをしている騎士たちは、それらの仕事も苦にはしないけれど、流民たちは自分達にできる仕事はそのくらいしかないと思っているみたいだ。大事できつい仕事だから、その分報酬をはずんでもいい職種だと思うんだけどなぁ。

 そんなことをつらつら思いながら勝手口に向かうと、シュウさんが後ろからフード付きのケープを掛けてきた。辺境よりは王都に近いから、念のために黒髪を隠す。⋯⋯黒髪はそれなりにいるらしいけど『黒髪の乙女狩り』が横行しているから、念のため。

「ルン様、なんぞ御用はねぇだかよぅ」

 流民の代表を務める壮年の男の人が、黄ばんで欠けた歯を見せて笑った。俺の耳には訛りの強い言葉に聞こえるけど、シュウさんたちはよく聞き取れないらしい。ここでも謎の翻訳チートが働いているようだ。そうでなければ、俺を勝手口まで出さないだろう。

「ねぇだか?」
「ねーだかぁ?」

 男の人の足元にまとわりついていた男の子がふたり、言葉尻を真似てさえずった。最初に宿舎に来た子どもたちだ。二ヶ月前より少しふっくらしたようだ。

 弟を抱き上げるとふんわりと甘い匂いがして、俺のほっぺたが弛んだのは仕方がないと思ってくれ。
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