カリスマ主婦の息子、異世界で王様を餌付けする。

織緒こん

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蛇の足的な。

遠い空。

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 夢の中でカリスマ主婦が微笑んでいる。美味しいものを食べてニコニコしている、ちょっとぽっちゃりした可愛い人だ。

『うふふ、美味しいは正義よね。美味しいものはみんなを幸せにしてくれるのよ。お料理は出来ないより出来たほうが楽しいわ。だからあなたも自分で困らない程度には、包丁を握っておきなさいな』

 母さん。あなたは正しかった。俺は今、料理が出来ることがとても楽しくて嬉しい。

 小学生のころから一緒にキッチンに立っていたように思う。最初に作ったのはカレーライスだったな。市販のルゥに中濃ソースとケチャップとチューブのニンニクを足したカレーは育ち盛りの俺の大好物で、嬉しくていっぱいおかわりをしてお腹を壊したんだ。

『カレーライスは逃げないわよ』

 困ったように笑って、お白湯を飲ませてくれた母さん。俺はこの人を残してどうなったんだろう。高校卒業間近の雪のちらつく曇天の空をぼんやりと見上げながら、あぁ、コレは夢だなぁと思った。視界が滲んで前が見えなくなって、自分が泣いているんだなってどこか冷静に考えた。

「フィン、どうしたの?」

 そっと揺り起こされて、目を開ける。リューイを真ん中に川の字で寝ていたリュシー様が、優しい声で囁いて俺の肩をそっと揺すっている。リューイを起こさないように小さな声だ。パチパチと瞬きすると、まなじりに溜まっていた涙が顳顬こめかみに向かって流れ落ちるのがわかった。

「ん⋯⋯母さんの、夢を見た」
「母御⋯⋯亡くなってまだ、半年も経たぬな」

 リュシー様の親指の腹が、そっと涙を拭う。彼が思うのはパン屋の女将だろうな。カリスマ主婦は俺の胸の中だけにいる。

「料理が好きで、洗濯が好きで⋯⋯」

 それから百円ショップ巡りも大好きで。ママ友たちと楽しそうに動画を撮っていたなぁ。

「生活するのに必死すぎて、夢も見る暇なかったのに。ここでは良くしてもらいすぎていて、気が抜けちゃったのかなぁ」
「気が抜けるほどに安心して暮らしてくれているのなら、これほど嬉しいことはない。でもそれが、辛いことを思い出す心の隙間になるのは困るな」

 リュシー様は俺を促して、リューイが起きないようそっと寝台から起き上がった。居間のソファーに並んで座る。なんだかいつもより距離が近い。

「⋯⋯リュシー様だって、お父さんを亡くしたばかりじゃないですか」

 パン屋の主人夫婦が事故で亡くなるちょっと前、前の王様⋯⋯つまり、リュシー様のお父さんが亡くなってるんだ。寂しいのはリュシー様も一緒じゃないか。俺の姉さんに酷いことをした前の王様は好きじゃないけど、リュシー様にとってはお父さんだ。そう思ったけど、リュシー様は曖昧な微苦笑を浮かべて首を振った。

「父とは疎遠だったし、母上の苦労を思えば安堵こそすれあまり悲しい気持ちは湧かないな。薄情な男だと、軽蔑するか?」
「⋯⋯ううん」

 王様のリュシー様はしがらみが多すぎて、悲しみに浸っている暇なんかないんだろう。今日だって、朝から仕事がいっぱいある。

 カーテンの向こうはまだほんのり明るくなった程度だけれど、目はすっかり覚めちゃった。せっかく時間があるんだから、仕事に励むリュシー様のために張り切って朝食を作ろうか。美味しいものはみんなを幸せにしてくれるから。

「朝ごはん、なにが食べたいですか?」

 せっかくなのでリクエストを聞いてみた。保冷庫の中身と相談だけど、大抵なんでも作れるように常に食材はいっぱいだ。最初は使うかどうかわからないものを勿体無いと思ってたけど、お城の厨房と入れ替えたりしてるから廃棄はないと言われて安心した。

「卵が食べたいな」
「ふわふわのオムレツでも作ろうかな」
「それはいい。フィンのオムレツは絶品だからな」
「本当?」
「このオムレツは母御に教わったの?」
「うん」

 リュシー様が嬉しそうに目を細めるのが嬉しい。

 ねぇ、母さん。

 あなたの教えは俺の人生を彩ってくれているだけじゃなく、リュシー様とリューイも喜ばせてくれているよ。ときどきあなたを思って泣くけれど、大抵は元気にやっているから、心配しないでほしいな⋯⋯。

 男子高校生だったころは恥ずかしくて言えなかったけれど。

 大好きだよ、母さん。

 心の中でつぶやいて、バターを溶かしたフライパンに卵を流し込む。

 ジュッ

 カリスマ主婦のキッチンと同じ匂いがして、俺はますます嬉しくなった。


 ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂

 婚約するちょっと前くらいの時系列です。

 ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂

 拙作『カリスマ主婦の息子、王様を餌付けする。』は書籍化が進んでおります。決定いたしましたら12月11日(土)中に該当部分(本編の前半部分)を取り下げます。後半部分と番外編は残りますので、引き続きお楽しみいただけます。

 皆様の応援の賜物でございます。本当にありがとうございます。
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