カリスマ主婦の息子、異世界で王様を餌付けする。

織緒こん

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蛇の足的な。

スイカ割り。──アンダルシュTwitter企画《うちの子》推し会!──

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「暑い!」

 今年の夏の暑さはなんだ? リュシー様と結婚して初めての夏は、記録的な猛暑だ。ああ、Tシャツにハーフパンツが懐かしい。エスタークにTシャツもハーフパンツもないけど。まぁ后子ごうしという立場では、たとえTシャツが存在していたとしても許されるはずもなく。

「エルぅ、あたまがポヤポヤするぅ」
「うわぁあぁッ! リューイ、熱中症になっちゃう‼︎」
 可愛い甥っ子リューイが、顔を真っ赤にして言い出したので慌てて冷やしたり、大騒ぎだ。リューイと学友の子どもたちは、午前中の涼しいうちに勉強をして、午後にちょっと昼寝をする。昼寝は卒業してたんだけど、夜も暑くて寝苦しいから、みんな寝不足気味なんだって。

 そんななか、農業が盛んなスノー子爵領から献上されたのは、黄緑色の皮に濃い縞が特徴的な珍しい果物だった。

「これ、スイカ?」
「よく知ってるな。ランバートが土産に持ってきた」

 俺が知っている日本の丸いスイカじゃなくて、楕円形で瓜っぽい形をしている。まぁ、スイカも瓜だから丸い方が改良品なのかもしれない。それにしてもリュシー様、献上品でしょ。お土産ってそんな軽く言っちゃって。なんて思っていたら、当のランバートさんがニコニコして「お土産ですよ~」って言うので笑っちゃった。

「うちのチビたちが、土手っ原を転がしたり棒で叩いたりして遊ぶくらい、豊作だったんですよ。もちろん傷物ですけれど」

 お礼がてら宰相府にレモンゼリーを差し入れに行って、ランバートさんとお茶をする。宰相府内では他の人とふたりでお茶をするのは許してもらえないのに、なぜか彼となら怒られない。宰相補佐官だからかなぁ? 

 ランバートさんのスノー子爵家は一族で結構大きな農場を営んでいるんだって。交通の便が悪いから、出荷はご近所の領までしかしないらしい。王都の商会で運送や流通に強いところとつながりが出来たらいいのにね。

 それはともかく⋯⋯スイカを棒で叩く?

「食べ物で遊ぶなんてもってのほかですが、まぁ、家畜の餌になる程度のものですから」

 俺は怒ってるわけじゃない。

「スイカ割り⋯⋯」

 そうだ、スイカ割りじゃん。

「スイカ割り?」
「暑気払いにゲームしよう!」
「スイカでゲーム?」

 ランバートさんが、目をぱちくりさせた。

「ランバートさん、スイカをいくつか譲って欲しいんだけど、相場はいかほど?」
「えぇ? この季節、捨てるほど収穫できる果物なんで、お代なんてもらえませんよ」
「それはダメだよ、ランバートさん。そういうのはにしちゃいけないんだからね」

 って、ことで、リュシー様に中庭の噴水池ふんすいいけで子どもたちと遊んでいいのかお伺いを立てた。お許しはすぐに出たんだけど⋯⋯。

「──で、フィンはいつになったら我が后子ごうしの自覚が出るんだろうな?」
「え? ちゃんとリュシー様の奥さんだよ」
「ランバートをなんと呼んだ?」
「⋯⋯ランバート、さん」
后子ごうしらしく、きちんと呼び捨てにせねばならぬと約束したであろう?」

 でしたね! ウィレムやカインは毎日会うから、このごろはちゃんと呼び捨てにしている。でないと、失敗したぶん『お仕置き』と言って公開チュウされるからね!

「私が傍にいないからと、気を抜いたのではないか?」

 全くもって、その通りでございます。

「では『お仕置き』せねばな」

 うわぁ、リュシー様。すっごい色っぽい笑みだね! 逃げる間もなく腰を引き寄せられて、唇を奪われた。待って待って、ちょ、キスが深い! 超えっちなキスをされてぐんにゃりする。そのまま寝室に連れ込まれて、どろんどろんのぐっちゃんぐっちゃん。⋯⋯俺は学習しない阿呆の子かもしれない。

 そんなふうに身体を張って開催に漕ぎ着けた『スイカ割り大会』。リューイとその学友のお楽しみ会のつもりが、なにやら珍しいことをするというので注目を浴びてしまった。当日は四阿あずまやでピクニックみたいに子どもたちとお昼ご飯を食べる予定が、リュシー様や宰相府の皆さんも顔を出すことになってしまった。ちょっとした夏のガーデンパーティーみたいになって、厨房には迷惑かけちゃったな。

『エルぅ。エルもおみずパチャパチャしよう~』
『エルフィンさま、おみず、きもちいーです!』

 中庭の噴水池で子どもたちがはしゃいでいる。商店街育ちのリューイとヤンチャ坊主のフレッド君は、なんの躊躇いもなく池に飛び込んで噴水のシャワーを浴びている。逆にお行儀の良いオリヴァー君やナサニエル君は戸惑い気味だ。この世界、プール遊びって概念がないからなぁ。それでもしばらくすると、おずおずと水に足をつける。慣れれば子どもの順応力は高い。子どもたちは全員団子のように固まって、バチャバチャと水を掛け合い、盛大にずぶ濡れになった。
 どんなに浅い水でも思わぬ事故はあるものだ。付き添いの侍従たちも傍で見守っている。当然彼らも頭から水を被る羽目になった。ちょっとしたご愛嬌だね。

 昼食はパラソルの下にレジャーシートを敷いて楽しむ。リュシー様とル、ル、ルシオ(呼び捨てにしないと公開チュウの刑)は四阿のテーブルに用意されたものを食べている。子どもたちがびしょ濡れのままだから、レジャーシートに座ると絹の服が濡れちゃうからね。

「エルぅ、きょうのおたのしみデザートは、なぁに?」
「おたのしみ?」
「おたのしみ!」

 マナーなんて気にしないで食べる昼食は、子どもたちの食欲を増幅させたようだ。あんなにたくさん食べたのに、デザートは別腹だね。

「よし、お楽しみデザートだよ!」

 厨房の見習いからめでたく調理人に出世したトイとティムが、よく冷やしたスイカを運んできて新しく敷いたレジャーシートの上に置いた。取り皿やカトラリーはワゴンに準備されている。子どもたちの力で割れなかったときのために、ちゃんと包丁もあるよ。

「シマシマ~」
「なぁに、それ~?」

 俺もこっちの世界⋯⋯というかエスターク王国に生まれて十九年、スイカを見たのは初めてだ。

「ランバートの故郷から送られてきた、スイカという果物です」

 スイカは果物なのか野菜なのか論争は、置いておく。

「くだもの!」
「くだもの~」
「ランバートさま、ありがとう!」

 隅っこでニコニコしているランバートさん、いや、ランバートに向かって、フレッド君がお礼を言った。それに続いて他の子どもたちもお礼を口にして、ランバートも優しく頷いた。領地に弟妹や甥姪が大勢いるというランバートは、とても子どもに好かれている。

「あのスイカが食べたい人!」
「はーい!」
「はぁい!」

 ◯◯する人~って声をかけると、大抵の子どもが手を上げるのはなんでだろう。みんなキラキラした瞳で俺を見ている。そこで俺は用意しておいた棒を取り出し、スイカ割りの提案をした。棒はウィレムに相談したら、シェルダンが騎士の訓練棟から棒術の訓練用を持ってきてくれた。⋯⋯なんか、ご馳走様な気分だ。

「スイカ、たたくの? たべものであそんじゃ、ダメなんだよぅ?」
「そうだね。リューイはちゃんとわかっていて偉いぞ。でもね、今日は特別。夏の暑さを吹き飛ばす、おまじないみたいなものだよ」
「おまじない?」
「そう。暑いのどっか行っちゃえーーって、思いっきり叩いてごらん」
「わかった~っ」

 子どもたちは平等にジャンケンで順番を決めた。爵位順なんて言い出したら興醒めだもんね。宰相府のみんながジャンケンを不思議そうに見ている。イマドキの子どもたちの、新しい遊びってことにしておいてね。

 最初は伯爵家のクリス君。リューイの学友の中では比較的おとなしくて、静かに絵を描いているような子だ。侍従に目隠しをしてもらって、棒をもつ。ふらふらと頼りなく歩いていくのを、みんなが固唾を飲んで見守っている。

「みんなでスイカの場所を教えてあげて」

 子どもたちを促すと、それぞれ「みぎだよ」「みぎってどっち?」「フォークをもつのは、ひだりだっけ?」とすっかりわちゃわちゃになってしまった。クリス君はすっかり混乱して立ち止まって、まったく検討はずれの芝生を叩いた。目隠しを外して恥ずかしそうに微笑んでいるのが可愛くて、大人たちは頑張ったと褒めて拍手をする。

 子どもたちは順番にチャレンジしたものの、誰もスイカを割ることができない。それでも大盛り上がりで、大人も前のめりで見学していた。伯爵家のアラン君が最後に棒を当てたものの、みょんと跳ね返されてみんながどっと笑ったところで、さて、次は誰が挑むのかという話になった。

「ちゃんとわらないと、あついのどっかいってくれないよ」

 子どもたちが一周回ったから、あとは包丁で切っても構わないと思ったんだけどな。リューイがしょんぼりして言うから、大人も順番にチャレンジすることになった。

「大人はちょっとルールが違うんだよ。目隠しをして、その場で十回、回るんだ」
「それは、目が回るのではないか?」
「それを押して、スイカを割るんだよ。だってそうでもしなきゃ、カインやシェルダンなら瞬殺でしょ?」

 リュシー様に怪訝な表情かおをされたので説明する。現役の騎士に目隠しだけで挑ませても、目を閉じて距離を測るなんて簡単すぎてつまらないと思う。

「騎士に回ったらすぐに割られちゃうだろうから、文官か侍従官から挑んでみる? お手本に、俺がやってみるね」
「うわぁ、エルぅ。がんばってぇ」
「うん、頑張るね」

 リューイに応援されて、ウィレムに目隠しをしてもらう。うわぁ、前世ぶりのスイカ割りだ。それも小学生のときに行った海水浴以来だ。

 ぐるぐる回ると、予想通り目が回る。一呼吸おいてゆっくり歩き出す。なんだか足元がふわふわして、雲の上を歩いているみたいだ。

「エルぅ、はんたいだよ」
「エルフィンさま、こっちだよぅ」

 子どもたちの誘導は要領を得ない。こっちってどっちだ? 右に揺れている気がするから、左に修正しようか。体感であっちこっちにフラフラしているのがわかる。なんか距離的にスイカを通り過ぎた気がしなくもない。

「フィン、危ない! 止まれ‼︎」

 ん? リュシー様の焦った声?

「うわぁっ!」

 素直に止まればいいのに、うっかり一歩踏み出した俺は──見事に噴水池の淵に足を引っ掛けた。そのまま、ドボンだよ。

「うわぁ、やっちゃった。でも涼しい~」

 ちょっとびっくりしたけど、実は子どもたちが水遊びをするのが羨ましかった俺には、池の水は心地よい冷たさだ。目隠しを外してスイカの位置を確認すると、あんまりにも遠くにあっておかしくなった。もう、笑うしかない。

 池の中に座り込んで笑っていると、血相を変えたリュシー様がすっ飛んできて、それを追いかけてきたウィレムの手で、頭から沐浴布をかけられた。

「陛下、殿下を早くお部屋へ」
「わかっている」

 リュシー様はざぶざぶと噴水池に入ってくる。見上げたリュシー様の頭上から降り注ぐ噴水のシャワーが、太陽の光を弾いてキラキラしている。うーん、俺の旦那様は格好いいな。⋯⋯じゃなくて。

「フィン、いけない子だね」
「わわっ」

 軽々抱き上げられて、そのまま王の私室の浴室まで運ばれた。

「暑いんだから、着たままでもすぐに乾くよ」

 リューイたちだって、びしょ濡れでお昼ご飯を食べてたよね。

「こんないやらしい格好で?」
「何を言って⋯⋯」

 まだ決着のついていないスイカ割りを思って、リュシー様に文句を言おうと思ったのに。下を見たら、猛暑のための薄着は濡れて俺の薄い胸に張り付き、見えたらダメなところが丸見えだった。

「うぎゃーーッ!」
「ようやく気づいたか、バカめ」
「ひゃぁん」

 濡れたシャツの上から赤く浮かび上がった尖りを口に含まれた。

「待って! 着替えて中庭に戻らなきゃ⋯⋯!」
「戻るころには子どもたちも疲れて昼寝をする時間だろう。あれだけはしゃげば、夜まで保つまい」
「そうだけど、そうなんだけど⋯⋯っ!」

 やっ、ちょっと、まだ、お昼うぅぅぅッ!

 結局、どろんどろんのぐっちゃんぐっちゃん、で。
 
 俺たちが抜けた後のスイカ割りは、騎士たちの白熱した真剣勝負に大盛り上がりだったらしい。教えてくれたのは、リューイだ。

──ただしそれは、翌朝のこと。


〈おしまい〉

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