麗しの王様は愛を込めて私を攫う

五珠 izumi

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 見る間に小屋は焼け落ちた。

 何処からか大勢の人が現れて後始末をしている。

 焦げた木と何か分からない変な匂いがする。
 鼻につくその匂いに血の匂いも混じっていた。

 目の前にいるリシウス陛下からも、微かに血の匂いがする。
 ……まさか?

「リシウス陛下、怪我をしているのですか?」

 よく見れば彼の着ているシャツに血が付いていた。

「怪我? そんなのする訳無い。僕は強いんだよ、王様だから」

 彼は私に向け優しく微笑んで見せた。

 それを見たアダムさんは、感極まったように目を潤ませながら口を押さえている。



「でも、血が付いているわ」

「血?」

 私の視線をたどり、リシウス陛下は自身の着ている服に目を向ける。
 汚れた部分を見つけると、目を顰めて服を脱ぎはじめた。

「きゃっ」

 急な事に私は顔を両手で覆い隠す。

 だって男の人の裸なんて見た事がないもの……!


「もういいよ」

 クスッと笑ったリシウス陛下が私の手をそっと取り除ける。
 そこには、清潔な白いシャツに着替えている彼がいた。

 美しい銀色の髪が夜風になびき、松明のオレンジ色の灯を受けてキラキラと輝いている。
 私に優しく細められる青い瞳も。
 こんなに何もない場所なのに、輝いて見えるなんて、やっぱり……王様は普通の人とは違うのね。

「帰ろう。メアリーの傷の手当てをしないといけない」

 アダムさんに告げたリシウス陛下は、私を軽々と抱き上げると近くに置いてあった馬車へ乗り込んだ。


◇◇


 私は最初にいた部屋へと戻って来た。

 女医と侍女が傷の手当てをしてくれ、体も清めてもらった。
 薬を飲んだなら少し眠る様にと言われ、横になった。


 誰もいなくなった部屋。
 けれど扉の向こうには、警護を担う騎士がいる。
 そしてこの部屋のどこかには影と呼ばれる人達もいるのだと、さっき教えてもらった。

 影、ザイオンと一緒に私をここから攫った人もそう言っていた。

 すぐにいなくなったあの人はどうなったのだろう。
 王様を裏切ってザイオンに従ったから解雇されたのかも知れない。



 こうしていると、さっき迄の事が嘘のようだ。

 王様に攫われて、ザイオンに攫われて、クロエに囚われて危うく焼け死ぬところだったなんて。

 たった二日でこんなに攫われる事ってある?

 それを、この国の王様に助けてもらうなんて。

 でも、最初に私を攫ったのは王様だった。
 リシウス王。

 不思議な人。
 私を妻にすると言いながら……。

 足枷をするし……。
 部屋に閉じ込めて……。


 どうして助けに来てくれたのかな、私なんかを……。

 あんな危ない事を…火の中に…王様が。

 ………私を………。


◇◇


「初めての口づけはやり直す」

「いえ、次は初めてにはなりません。だいたい、なぜ今頃初めてにこだわるのです? 以前寝ているメアリー様の唇を奪おうとなさった事をお忘れですか?」

「知らん」

 私はいつの間にか眠っていたみたい。
 なんだか部屋の中が騒がしい。

「知らない事はないでしょう? 何度私がお止めしたことか」

「普通の若い男ならそれくらいするだろう? 目の前に好きな女がいるんだぞ」

 ……え?

「いや、寝込みを襲うなど普通の男はしません。おかしいでしょう?」

「アダム、お前は目の前に愛している人がいても何もしないのか?」

 愛している?

「同意無しにしてはなりません。だいたいリシウス陛下は」

「王様になれば何をしてもいいとアダム、お前が言ったのだ」

「あの時はまだ王子様でした」
「………」

 私はほんの少し目を開けた。

 そこには綺麗な顔を悔しそうに歪めているリシウス陛下と、したり顔のアダムさんがいる。


「メアリーは僕の気持ちを知っているから」

「メアリー様が陛下のお心を知る訳ないでしょう? 陛下はどうしてそう思われるんですか?」

 ……リシウス陛下の気持ち?


「赤い薔薇とカードを送っていただろう、だから」

「名前も書いてなかったのに?」

 ……赤い薔薇?


「名前なんて書かなくても分かるだろう? 赤い薔薇は愛する者に送る花だ。それに最初に、いつか迎えに行くときちんと書いた」

 あのカード?
 薔薇の花はリシウス陛下からだったの?


「リボンや服も贈っていただろう? 僕の瞳と同じ色の物だ。メアリーは分かっていたはずだ」

 ……リボン? 服? 僕の色って⁈

「畏れながら、陛下のお色と言われましたが『青』色の瞳を持つ方は他にもたくさんいらっしゃいます。大臣もそうではありませんか?」

「あんな爺さんと一緒にするな」

 ふん、と拗ねた顔でリシウス陛下は私の方を見た。

 寝ていると思っていたのだろう。目を開いていた私と視線が合った彼は、思い切り目を見開いた。

 しかしすぐに驚いた顔を誤魔化すように、微笑みをうかべる。

「メアリー、起きていたのか。体は? 痛くないか?」

 腕を組んで、私を見下しているリシウス陛下。
 心配するように首を傾げると、銀の髪がサラリと揺れた。

 煌めく青い瞳は、優しく細められている。

 ……なんて綺麗な人なんだろう。
 思わず見惚れてしまった。


 よく見れば、リシウス陛下の瞳は、クロエに取られたリボンと同じ色だった。


 見つめるだけで言葉を発しない私の頬に、リシウス陛下は手を当てる。
 ひんやりとした彼の手の感触が、まだ熱を持った肌に心地よく、思わずスリ、と頬を寄せた。
 そんな事をされるとは思わなかったのか、ピクンと彼の体が小さく動く。

 私達の様子を見ていたアダムさんは、ニヤッと笑うとリシウス陛下に言った。

「陛下、お顔が赤いですよ?」

「黙れ、アダム!」

 アダムさんに怒りながらも、私に添える手はやっぱり優しい。

「リシウス陛下、あの」

 私はおずおずと声をかけた。

「どうした?」

 彼は溶けてしまいそうな笑顔を私に向ける。

「あ、赤い薔薇の花束は陛下が贈ってくれた物だったのですか?」

 リシウス陛下は頷いた。

「カードに書かれていたメッセージも?」

「勿論、そうだが? 知らなかったのか?」

「はい、ずっと誰がくれたんだろうって思ってました」

 すうっとリシウス陛下の表情が無くなった。

「リボンは? 僕からだと分かっていただろう?」

「いえ、贈り物も誰か分からなくて。村長さんも教えてくれなかったので」

「そんな、そんなはずは」

「だから言ったのです、名乗るべきだと」
 驚愕しているリシウス陛下にアダムさんは言った。

「君の家に僕の絵姿が飾ってあったじゃないか? 花まで添えて。だから」

「あれは、おばあちゃんが飾って……何でそんな事知ってるの?」

 彼の絵姿は居間に飾られている。
 けれど、家を訪ねてくる人はほとんどいない。
 女性だけの家だからと、村長さんも玄関までしか入らないのに。

「…………」
「リシウス陛下?」

 リシウスは目を伏せて諦めたようにはあ、とため息を吐いた。

「僕はメアリーをずっと手に入れたかった。君が欲しかったから王になったんだ」

 絵姿の話をしないまま、彼は私を攫った理由を話し出した。


「手に入れるって、私を?」
 ……そんな物みたいに……。


「王になったから、メアリーを手に入れた。もう離さないから、攫われない様に警護も増やすし、夜は僕が傍にいよう」

 それが当然だと言う様に、冷たい口調でリシウス陛下は話す。

 ……攫われない様にって……。


「……最初に攫ったのは王様じゃない」

 思わず言ってしまった。
 でも、本当の事だもの。

「それに私は物じゃないわ。手に入れたいから攫うなんて、おかしいと思うわ」

 何故かイラッとしてしまった。
 この人最初に会った時と変わらないんだもの、私を狩ろうとした時みたいに言うし。


 私の言葉に王様は黙った。

 それからしばらくすると、彫刻の様に表情のない美しい顔をしたリシウス陛下は、囁くような小さな声で話し出した。

「僕は、君を物だと思ったことは一度もない」

 嘘はないのだと言わんばかりに青い瞳が真っ直ぐに向けられる。

「僕は、メアリーを人だと思っている」

「……」

「森の中で偶然君を見て気に入った。僕と共にいて欲しいと思った。だから矢で射止めようと……」


「「イヤイヤ、そこ間違ってるから!」」

 私とアダムさんの声が重なった。


「何が間違ってるんだ?」

 リシウス陛下は訳が分からないと言う顔をして私を見る。

 その後ろでアダムさんは頭を抱えていた。
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