【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第14話 鏖殺のハムレット

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 飛龍の飛行限界距離は時速50キロで1時間でありそして飛龍達も降下作戦からずっと戦闘参加していた為に、テンガたち竜騎士隊は基地から30キロ離れたドンキホテ市にて、一度休息をとる事になった。

 そこで大怪我をしていたベネットは医療班に運ばれ、そしてテンガは基地にいた残存兵力に指示を出していた。

「騎士様、作戦は成功したのですか?、それとも・・・」

 ドンキホテ市の市長が帰還したテンガを出迎えながらそう質問した。
 それにテンガは騎士らしく優雅に答える。

「戦争は我らの勝利です、しかし、奴らは最後にとんでもないものを置き土産にしていきました、このままではここにも被害が出るかもしれません、大きな災厄が来ます、速やかに全国民に西に避難するように放送してください、ここは危険です、全ての住人に避難を」

「避難、ですか、一体何が・・・?」

人類絶滅装置カタストロフ、全てを葬る、災厄の兵器、奴らはそれを起動させました、死の灰はこの大地を汚染し、命を等しく灰に帰すでしょう」

「・・・カタストロフ、私は存じないものですが、そのようなものを魔族は隠し持っていたのですか、ならば時間はありませんね、分かりました」

 市長は己の任務を即座に理解し、行動を起こした、これでドンキホテ市民の避難は迅速に行われるだろうが、カタストロフによる被害範囲が未知数である為に、どこまで逃げればいいのかは不明だ。

 ただ、出来ることをやった、それだけの避難であり、ようは気休めだった。

「隊長、我らはこれからどうすれば・・・?」

 テンガの部下、降下部隊の突撃隊に選ばれた精鋭である騎士が、テンガに次の指示を尋ねた。

「お前たちはそのまま撤退を支援しろ、私はまだやることがある」

「な、隊長、まさか・・・」

「・・・仇を取りに行く、この戦に必要な落とし前の、な、それだけだ」

「・・・お供します、地獄の果てまでも」

「不要だ、私は特級騎士だ、道連れも露払いも必要無い、お前たちは自らの任務を全うしろ」

「・・・ご武運を」




 一人飛び立って行ったテンガを、見送る影が二つ。
 ライアの班員であるレオスとハヤテは、一緒に飛龍に乗って避難していた筈のライアの姿が無い事に気づき、動揺していた。

「どういう事だよ、なんでライアの姿がないんだよ、おい、騎士、ライアの事は連れてこなかったのかよ!!」

 レオスが騎士の一人に詰め寄ると、そこに別の騎士がやってきて答えた。

「ライア・・・、きっと彼の事だな、君の言う人物は、自ら志願して基地に残ったよ」

「・・・残った?、なんででごじゃるか、ライア殿は我が身が一番大事だと常に言っていたのに、なんでそのライア殿が残る必要があるでごじゃるか」

 ハヤテはこの1週間、「早く戦場に行きたい」と突撃訓練に参加したがっていたレオスに対し「お前がいなくなったら俺の負担が増えるだろ、せめて死ぬなら俺の弾除けになって死ね」と言って連れ戻すライアの姿を何度も見ていた。

 それなのにそのライアがレオスに先んじて戦場に志願する理由が分からない、一体何故ライアがそんなことをしたのか、ハヤテは混乱していた。

「あいつ・・・、まさか自分だけ武功を立てようと?、いや、でも・・・」

 レオスはライアと同じ戦場に立っていたが故に、ライアが自分本位な理由で戦場に残るとは思えなかった。

「・・・だってあいつは、戦場にいる間ずっと、俺たちを庇ってくれた、旗だって殆ど一人で持ってて、それなのに挫けそうな俺たちをずっと励ましてくれてた」

 レオスは回想する、自分の想像のはるか上の脅威である魔族に、草むしりのように千切られていく前線の兵士たちの姿を見た時、レオスは絶望し、この地獄に志願した事に激しい後悔を覚え、ただ泣きじゃくるしか無かったが。
 だがそんな自分の背中を優しくさすって、ライアは「大丈夫、ヤバくなったら逃げればいい、ガキくらいは見逃してくれるさ」と励ましてくれた。
 自分が走り通しで動きが鈍った時はライアが重い旗を1人で抱えて先頭を走ってくれた。
 今までレオスは、ライアの事を臆病者で自堕落で口先ばかりのクズ野郎だと思っていたが、戦場でのライアの立ち振る舞いを見て、それを悔い改めていたのだ。

 ライアの言葉は全部嘘だった。

 「足を引っ張ったら見捨てる」「逆らったら殺す」「仕事なんて適当にやって出来るやつに任せればいい」「ピンチになれば俺は逃げる」、そんな風に言っていた男が、こ度の戦場では率先して重い荷物を引き受け、誰よりも奮闘し、そして自分たちを助けてくれたのだ。
 同じく3人班だったベネットの班は壊滅し、そして他の班も砲撃による被害を受けていて、自分達を守護していたジェリドンの隊も砲撃によって大きな損害を受けていた。
 少しの判断ミスが死に繋がる極限状況、本来ならば死んでもおかしくない状況だった。
 でもライアが強ばる自分たちの緊張をほぐし、そして重い隊旗を一人で抱え、窮地には尻を叩いて背を押してくれたから、自分も、ハヤテも、生き延びる事が出来たのだ。
 レオスはそれほど深い感謝の念を感じる程にライアを見直していた、だからこそこの場にライアがいない事に憤っていたのだ。

「・・・ライア殿、ライア殿がいなくては、ンシャリ村で一緒に怠惰に腹一杯食べて平穏に暮らすという約束が果たせないでごじゃる、それなのに・・・何故」

 親から口減らしされたハヤテの境遇に同情したライアは、ハヤテにならばと黄金山地の開発で潤いつつあるンシャリ村への出稼ぎを提案していた、ハヤテはその約束があったからこそ、死にかけるような窮地にあっても、希望を胸に走り続ける事が出来た。

「・・・君たちの友達はきっと、テンガ様が連れ帰ってくれる筈だ、だから早くお逃げなさい、ここにいては危険だ」

「クソっ、ライア、あの嘘つき野郎・・・!!、帰ってきたら文句と礼のひとつくらい言わせやがれ」

 レオスはやるせなさに拳を握り、行き場の無い憤りを燻らせていたのであった。




━━━━━━━━━━━━━━。





「おのれ・・・、人間如きに、魔王軍総司令であるこの私が敗れるなど・・・!!」

 レオンハルトは胸を貫かれて吐血し絶命した。
 武神も目を見張るほどに壮絶な激闘だった、本来ならば勝ったジェリドンに万雷の喝采が与えられて然るような戦いだった、しかし、それを称える者はもう、誰もいなかった。

「はぁはぁ、残ったのは私と・・・君だけか」

 血で塗り染められた部屋の中、立っていたのはジェリドンと、オウカの二人だけだった。
 いかに消耗していたと言えど、魔族と人間とでは生まれ持った器が違う、故に、他の全ての騎士は敗れ、オウカただ一人だけが残った魔族を一人で狩り尽くし生存したのである。

「皆勇敢に戦いました、私が生き残ったのは、ただ運が良かったから、それだけです」

 オウカはそう言って自身の持つ剣を見せる。
 それは親から受け継いだ一子相伝の真の名剣であり、その剣が無ければ到底戦えたものでは無かっただろう。

 オウカは当初一人で二人の魔族を相手取るという無茶を振られていたが、それを獅子奮迅の働きで奇跡的に挽回し、その勢いのままに他の全てを狩り尽くしたに過ぎない。

 ライアの一言でオウカの心に真の闘志が宿った時に、ヤマト家に伝わる守護の聖剣『フソウ』はその真価を発揮し、その担い手達が培った剣技をオウカに授けたのである。

 それが無ければ、オウカも他の騎士と同様に骸となる末路を辿っていただろう。

「その剣、見覚えがある、たしか、ツバキが言っていたな、そうか、君がヤマト家の末妹の・・・」

「はい、オウカと言います、これで、全ての決着が着いたという事でしょうか」

「ああ、我々は【勇者】を手中に収め、要衝である基地も奪還した、カタストロフの発動さえ防げれば、これは完全勝利と言っていいだろう、犠牲は大きかったが。
 ・・・【勇者】の元へと向かわねば、カタストロフの発動、必ず阻止するぞ」

「はいっ・・・!!」

 ジェリドンは疲労と損傷で既にガタガタになった体に鞭を打ちながら、ライアの元へ向かおうと重い足を前に進める。

 しかしそこでここに迫り来る足音が聞こえて、ジェリドンは動きを止めた。

 戻って来た人物を確認すると、ジェリドンは険しい顔をして詰問した。



「テンガ・・・!、貴様、どういう事だ、貴様には撤退を命じた筈だろう」

「はい、ご命令の通り、既にドンキホテ市の住人には避難を呼びかけています、しかし、その様子だともしや、カタストロフの発動は阻止なされたのですか?」

「・・・いいや、まだだ、まだ一匹、殺さねばならぬ害虫を残している、恐らくそやつを殺せばこの戦は終わる」

「・・・なるほど、という事はその魔族が生きている限りはカタストロフが発動する可能性はある、という事ですか、・・・ならば好都合だ」

 そう言ってテンガは剣を抜いた。

「貴様、やはり裏切っていたか・・・!!!」

「いいえ、私はただ、この戦争の落とし前をつけに来ただけです、不毛で無用な争いの種、その根元を断ち切る為にね」

「私を殺せば平和になると、そう言うつもりか」

「ええ、戦争は戦果から被害まで、綺麗にデザインされていなければならない、不要な人間を戦争で消費し、戦費を貸し付ける事で公爵家などの資産家が儲かる、それこそが王室が描いたここ200年に及ぶ封建社会のシステム。
 なのに【聖女】と革命のおかげで、貴方のような復讐者が騎士のトップになってしまった、単刀直入に言いますと、邪魔なんですよ、貴方の存在そのものが、愚民が感情で剣を持つのは当然のコト、しかし、指揮官が復讐者では、互いを滅ぼし合うまで戦うしか無いでしょう。
 ・・・だから貴方を英雄に、この作戦を成功にする訳にはいかないのですよ」

 それが穏健派のトップであるテンガが下した結論であるというのであれば、それは道理であるし、ここで剣を交えるのも仕方ないと、ジェリドンは思ったが。

「・・・一つだけ教えてくれ、我々は魔族という敵がいるからこそ、人間同士で争う必要など無い筈だった、それなのに貴様が私を否定する理由は何だ、妹の婚約者だったスザクの仇か、聖女へ寝返ったか、騎士としての出世に目が眩んだからか」

「どれも違います、そもそも王国が滅んだ時点で人間同士で争う必要が無いなどとは綺麗事ではありませんか、我々の手は既に人の血で汚れている、悪しき人間、悪しき貴族、悪しき賊軍、斬らねばならぬ者は人の世にこそのさばっているのに、貴方が騎士の先頭に立ち、不毛な総力戦を仕掛けた為に、一体どれだけの無辜の民が死んだか、考えた事はありますか」

「・・・一千万人は下らないであろう、だが、王国に永遠の繁栄をもたらす為には必要な犠牲なのだ、死者と英霊たちにはあの世で必ず詫びるし、遺族も50年後には理解してくれる筈だ、全てが終わればこの身を磔にし八つ裂きにしてくれても構わない。
 だが腐った枝は、治せない病にかかった病人は、剪定し切り捨てなければならない、それはこの世の摂理だろう」

「その犠牲になるものを貴方が選ぶ権利も、強制する権利も無いという話です、それに、貴方がどれだけ犠牲を払い平和な世を作り上げたとしても、この世の全ては栄枯盛衰を繰り返すもの、であるならば我々が求めるものは永遠の栄光ではなく、今を生きるもの達の幸せなのでは無いですか、それに目を向けず、今ある幸せを壊してまで手に入れるものが、本当に真の栄光となるのですか」

「そう言って問題を先送りにし、負債を積み上げた結果が今の乱世であろう、犠牲無くして人は前に進めん、ならば全ての咎を──────────、責任を──────────、全部背負う事こそ私の使命──────────、この世に悲しみを背負う者を無くす為に、私が全て背負うと決めたのだ、成し遂げねばならぬのだ、殲滅を・・・っ!!」

 ジェリドンの覚悟、それが何かを〝理解〟した時、テンガはこやつを必ず斬らねばなるまいと殺気を身にまとった。

「・・・良かれと思って虐殺を肯定する者こそ、この世で最も手に負えない悪鬼なのかもしれませんね、やはり、貴方にはここで死んで貰います、その独善は断ち切らねばならない、・・・長い間お世話になりました」

 テンガは特級騎士の次長者であり、ジェリドンとの付き合いも10年に及ぶ、その期間は決して軽くは無い積み重ねだった故に、握る剣には葛藤が絡みつくが、それを振り払ってテンガは抜刀した。

「貴様に斬られるならば、とどこか納得している自分もいたが、だが私がここで死んでしまっては、陛下と、この地で死んでいった英霊達に合わせる顔が無い、歯向かうのであれば、斬らせてもらう────────!!」

 正面から全力の一撃を叩き込んだテンガをジェリドンは正面から受け止める。
 その衝撃で天井が割れ、激しい炸裂音が雷鳴のように響いた。
 初撃から一撃必殺の全力を、両者は手加減無しに打ち合った。

「・・・ほぼ死に体とお見受けしますが、まだこれだけの力が・・・、流石は騎士の頂点、王国最強の盾、侮ってはいけませんね、くっ」

 テンガはジェリドンの豪剣に圧倒されて、左腕に鋼鉄の鎧が砕けるほどのダメージを受け、膝を着いた。

「はぁはぁ、所詮穏健派を名乗る貴様などは温室育ちよ、本当の絶望を味わったものしか、本当の強さは宿らない、この剣に宿した悲しみと強敵ともの血を、貴様如きが打ち破れるものか」

 ジェリドンは今日だけで『銀の悪鬼』プルセウスと『帝国の虎』レオンハルトとの一騎打ちを繰り広げていたにも関わらず、特級騎士第二席、王国のNo.2であるテンガに全く遅れを取ることはなかった。
 それが1席と2席の力の差であるとでも言わんばかりに、大きなハンデを背負ってなおジェリドンはテンガをいなし、圧倒した。

 致命傷を負ったテンガは敗北を悟り、目を瞑って天を仰ぐ、ジェリドンはそこで無慈悲に剣を振り下ろそうとするが。



「──────────閣下、私も一つ、質問よろしいでしょうか」

 オウカが、ジェリドンの前に立ち塞がるようにして質問する。

「・・・なんだ、ヤマトの娘よ」

「何故、少年兵を旗手に任命したのですか、今回の作戦は確かに団結が無ければなし得ない困難なものでした、しかし、夜襲を仕掛けたり、航空部隊を増員したり、兵士の練度を向上させるなりすれば、少年兵を旗手に使わずとも勝率は上がったはずです、なのに何故・・・!!」

「・・・そうか、君はあの部隊の長だったな、今回の作戦で少年兵から被害を出した事には騎士として、司令として、面目次第も無い、君が望むなら死んだ私の死体を引きちぎり墓を怒りのままに踏みにじってくれても構わん、だが、どうしても必要な事だったのだ」

「必要?、作戦の成否など、少年兵を使わなくてもいくらでも勝算を上げる方法はあった筈です、なのに何故」

「少年兵の中には騎士の子供もいた、彼らはいずれ騎士学校に行くだろう、その時に、彼らが直に戦場で見たものを彼らの学友に伝えなければ、の騎士は育たん、偽物の騎士は脆いものだ、君だって戦場に立ったからこそその剣を振るえるようになったのならば、どういう事か分かるだろう」

 戦場に立つ覚悟、剣を振る理由、戦うべき敵。

 それらが明確になっておらず、ただ出世や名誉、騎士としての教養として剣術を学ぶものの剣は確かに脆い、それをオウカも、実感は得ていたが。

「つまり、だったという訳ですか、憎しみと脅威、そして恐怖を植え付ける事で、戦わなくては生き残れないという意識を植え付ける為の・・・」

「・・・人は弱いものだ、だが己を研ぎ済ませれば魔族にも遅れはとらない、しかし私と同じ境地にたどり着いたものは私の他に二人もおらぬ、何故か、それは足りないからだ、──────────「憎しみ」という、魂の燃焼剤が」

 憎しみ、憎悪、憤激、復讐、それがジェリドンを衝き動かすものの全てであり、ジェリドンを王国の頂点まで導いた力だった。

「「憎しみ」が力になるというのであれば、確かに閣下にとって、犠牲は多ければ多いほどいい「必要悪」にもなるという訳ですか・・・」

「君も、愛するもの、守るべきもの、大切なものを、全部奪われ踏み躙られたからこそ剣をとったのでは無いのか、剣を握る理由など、「憎しみ」以外で持つ事こそ罪深い、「愛」ならば花を、「怒り」ならば拳を、「悲しみ」ならば鞭を持つのが道理であろう、ならば、剣を持つ我らは「憎しみ」でこそ束ねられるべきなのだ」

「・・・ええ、確かに閣下の言う通りです、「憎しみ」こそ最も正当な理由で、この世で最も強い「力」になるのでしょう。
 ──────────ですが」

 オウカが剣を握れた理由、戦えた理由、それは一人の少年との約束だった。
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