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第3章 カルセランド基地奪還作戦

第13話 「生きる」

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 俺は死にかけの体をもぞもぞと動かしながら、少しでも失血を抑えようと、持っていた薬草を背中に貼ろうと苦心する。
 おそらく焼け石に水だろうが、それでもこれで傷口が塞がってくれるという僅かな可能性に賭けなければ俺は死ぬ、故に、最後の悪あがきだとしても、生き物としてそれをしない訳にはいかなかった。

「ぐううううぅっ、しみる、激甚にしみるうううううっ!!」

 痛みを感じるという事は生きているという事だ、粉砕骨折した左肩の指先は既に感覚が無くなっていた、故に、その痛みは気絶しそうな程に激しいものだったが、今の俺にとっては喜ばしいものでもあった。

 焼けたように痛むこの感覚が無くなった時、俺の生命力は枯渇して死ぬのだろう、故に、この痛みは苦痛だとしても手放してはいけないものだと理解していたのだ。

「はぁはぁ、クソっ、薬草はこれだけか・・・」

 作戦が長丁場になる事や逃走時の備えとして薬草、非常食、水などは携帯していたものの、ここまでの大怪我を治せるだけの薬草は持っていなかった為に、薬草を使い果たした俺はそこで動きをとめた。

 クマに抉られた傷は深く、未だに出血は止まっておらず、そして、この森の奥深くに留まっている以上助けが来る可能性は僅かだろう、徐々に徐々に、死神の足音が近づいてくるのが感じられた。

「はははは、なんだよ、これ、こんな死に様、俺がこんな風に死ぬとか、有り得ないだろ・・・」

 砲弾で無慈悲に呆気なく死ぬならまだしも、こんな森の中で一人の少女を救う為に野垂れ死になど、俺に相応しい死に様とは言えないだろう。
 見捨てて良かった、助ける必要は無かったと、何度もそう思うのに、不思議と俺はこの「俺らしくない」結末を受け入れていた。

「・・・なぁ、ライム、やっぱり俺って、【勇者】になりたがってたって事なのかな、自分の為だと散々言ってたのに、結局は他人の方が大事だって、自己犠牲こそ至高だって、そう思ってたってことなのかな」

 死に際、そこに駆けつける存在は、俺を地獄に導く存在は、以外に有り得ない、故にその名を呟くが、ライムは答えてくれなかった。

 目がかすみ、音が消えていく、ただ自分の心臓の鼓動だけが激しくうち鳴らされて、俺がまだ生きている事を実感させてくれるが、それも長くは続かないだろう。

 せめて俺の生きた意味、今日まで生きた俺の人生に何か意味があったのか、それだけ知れたら満足だと思うのに、俺はここで一人無意味に朽ち果てていくのを待つだけだった。

 でも、ここで人知れずに消えていく事、それこそが咎人である俺にとって一番相応しい結末なのだと俺は思っていた。



「・・・まさか、魔族にすら見捨てられたこの娘を救うのが、こんな非力な人間だとはな、・・・おい少年」

 声が聞こえるが、誰が話しているのかは分からない、そもそもこんな所に都合よく駆けつけるものもいないのだから、これはこの場に存在しない何者かの声なのだと俺は思い、迎えが来たのかと思いそのまま身を委ねようとするが、心臓の鼓動はまだ鳴り響いていた。

「この哀れな娘を救った礼だ、貴様に我の加護を授けよう、さすればその命、救われるだろう」

「加護・・・?」

「さよう、神通力を持つものの力を付与する事で恩恵を与え、神の眷属とする事だ」

「という事はあなたは神様?、なんで神様がここに・・・?」

「呼んだのは貴様らだろう、【巫女】の体を依代に儀式を行い、魔力を注ぐ事で我を顕現させる秘術、この破壊神マルシアスを呼ぼうとしたのは紛れもなく貴様らだ、無論、我もそう易易と現界するつもりは無かったが、だが貴様の献身は我の胸を打った、故に、貴様に褒美を与えようと思ったのだ」

「・・・つまり、破壊神マルシアスを呼び出す儀式、それがカタストロフだったと、そういう事ですか」

「カタストロフ?、なんだそれは、我はただ気まぐれに気に入らない物を破壊し、この世界のくだらない物を破壊して平にするだけだ、カタストロフなど我は存ぜぬ」

 ・・・つまり、破壊神マルシアス、魔族の信仰する神を顕現させて破壊を生み出す事がカタストロフだったという事なのだろうか?、神がこの世界に何を思い、何を為すのかは知らないが、俺には関係無い話か。

「・・・はぁはぁ、そうですか、じゃあ早速で悪いですが、俺に加護を授けてください、眷属でも何でもなりますし、くつでもけつのあなでも舐めるんで・・・」

「よかろう、くくく、人間で我の加護を求める者は稀だぞ、しかも貴様、既にメルクの加護を受けているな、だがロクな加護を受けていないようだ、ほとんどメルクの神通力は宿っておらぬ、これなら上書きも容易だろう」

 メルク、おそらく王国の主神とされるメルクアリスの事だろう、【宣告】を受けた者は皆、メルクアリスの加護を受けて潜在能力が覚醒するようになるのであるが。

「──────────え?、俺、女神の加護を全く受けてないって事すか?」

 それなら俺が弱くてステータスが貧弱なのも当然だが、【勇者】である俺が加護を全く受けていないとは信じられない事だ。

「ああ、どうやら貴様は女神の寵愛を受けられなかった者のようだな、アイツは無類の女好きで面食いだし、貴様のような貧相な男を嫌うのは道理ではあるがな、だが安心しろ、我は勇猛なもの、そして勇敢なものを好む、貴様のように勇敢と無謀を履き違えた死にたがりは大好物だ、故に、貴様には我の最高の加護を授けてやろう、【勇者】や【魔王】にも負けない、最高のものを、な」

 俺は何者かに頭を掴まれ、そしてそこから加護とやらを流し込まれる。
 それにより俺の体は活力と生命力を取り戻し、みるみる元気に・・・。

「・・・ん、あれ?、貴様の体、異常だ、・・・何か邪悪なものに取り憑かれているような、全ての加護を跳ね除けるような、特異体質か?、貴様・・・っ!、これでは我の加護を付与することも叶わぬ・・・」

「──────────え、じゃあ俺、助からないって事ですか、なんとかしてくださいよ、神様なんでしょ、哀れで善良な美少年一人救えなくて何が神様ですか!!」

「いや、善良と呼ぶには貴様の魂は邪悪過ぎる・・・ッ!!、なんだこれは・・・、数多の悪意が混沌を形成し、魂を邪悪に染め上げているでは無いか・・・ッ!!、こんな歪んだ魂を持った人間がこの世に存在するとは・・・、人間に深い恨みを持つオークでもここまで歪んだ者は見た事がない・・・ッ!!、なぁ貴様、貴様は正気なのか?」

 唐突にボロクソに貶されるが、俺は育ちが卑しい事以外にそんな謗りを言われる筋合いは無いので即座に返答した。

「正気です俺は!!、魂が邪悪なのは多分・・・、妖刀に取り憑かれてた時があったのと、【黒龍の因子】を持ってたり、その黒龍の力を持つ相手から呪われた一撃を食らって死んだ事があるから、でしょうかね?」

 心当たりと言えばそれくらいしか無いが、俺はずっと正気なのだから、それらが原因で魂が歪んでいるとも思えない、一番俺を歪めているものは間違いなく【勇者】という肩書きなのだから。

「むう、想像より壮絶な人生を歩んできたのだな、貴様は、だかしかし【黒龍の因子】か、もし貴様が本当にそれを持っているのであれば、我の加護抜きでの蘇生も叶うかもしれぬ」

 【黒龍の因子】は俺が黒龍を倒した時に強制的に付与されたものだったが、それに命を救われるのであれば、あの日の苦労も報われるという話だ。

「はぁはぁ、どうするんですか?」

「貴様の体にある黒龍の力を活性化させて、貴様を“竜人族”へと転生させる、竜人の生命力ならば今の致命傷もかすり傷程度で済むはずだ」

 “竜人族”、亜人の一種であり、亜人は全て魔族に分類されるこの世界に於いて、エルフと並んで魔族のヒエラルキーの最上位に位置する存在だ。
 そしてそれは人間を辞めるという事でもあるが、ま、背に腹は変えられないし、この戦争が終われば迫害される理由も無く、平穏に暮らせるだろう、ならば命を捨ててまで断る理由も無い。
 俺は僅かな逡巡の後に竜人にするよう促した。

「お願いします俺を竜人にしてください!!」

「これは貴様にとって酷な選択肢になるが・・・っておい、返事早いな、人間を捨てる事に躊躇とかは無いのか」

「命には替えられませんから」

「そうか、ならば我の力を以て、貴様を転生させる・・・ッ!!、汝──その器をその魂を写す真なる形へと至れ、《再構築リジェネレイト》」

「ひぐうっ!!!!」

 体の芯から突き刺すような衝撃とともに、全身の細胞が躍動し、はね回るような感覚が体中をまさぐる。
 まるでマグマの沼に浸かってるかのような激痛が五感全てを焼き尽くすように蹂躙するが、俺はそれに耐えようと今までの人生楽しかった事や幸せな出来事を思い出そうとして、特に何も出てこなかったので、おとなしく断末魔のような悲鳴をあげて抗わずにいた。

 どれだけ時間が経ったのかは分からないが、体感的にはあっという間の出来事だった、おそらく3分も経ってないだろう、そんな暫時の間に儀式は完了し、俺は魔族へと変えられたのであった。

「どうだ人間、いや今はもう魔族か、魔族になった気分は」

 竜人になった事で怪我は治ったようであり、俺は立ち上がる気力を取り戻した。
 起き上がって体を確認する。

「角が、生えてる、当然か・・・それになんだか体中からパワーが漲る、体が軽い、これが魔族の力・・・」

「魔族の体なら我の加護も楽に受けられる筈だ、メルクの加護を捨てて改宗するなら上書きしてやるが」

 加護の上書き、俺が【勇者】であるにも関わらずメルクアリスから嫌われて加護を得られていないのであれば、マルシアスの加護を受けるのも悪くない話だが。

「・・・いやいいです、力を持つと、そこに驕りが生まれ、やけっぱちになってロクでもない事に巻き込まれる事になる、俺はもう学びました、だから俺は金以外は必要無いです」

「・・・ま、貴様がいらないというのであれば別に構わないが、だがその体で加護を持たないのは不便では無いのか」

 魔族の敵は人類全てであり、その数は10倍はいる、故に魔族は強くないと淘汰される存在なのは知っていたが。

「・・・いえ、今の俺はBランクの魔物も自力だけで倒せるって分かりましたから、だからきっと今の体なら魔族の社会の中でもやっていけます」

 貧弱なステータスでもスキルと機転だけで強敵を倒しているのだから、魔族の強靭な肉体を得た今なら、それなりの実力になっている事は予想できた。

「そうか」

 マルシアスはそれで用が済んだと言わんばかりに背を向けた。
 俺はそこでマルシアス、おそらくに質問を投げかけた。
 話し方では判断できないので女だと思ったのは勘だが、まぁ巫女の体を依代にするなら女神の可能性が高いだろう。

「あの、なんでマルシアス様はこのタイミングで顕現なされたんですか、おそらく術者の目的はカルセランド基地の消滅だったと思うのですが」

「我を呼び出したものの思惑など知らん、我は巫女の器を依代とし、そこに必要なだけのと魔力が捧げられたならば気分に応じてこの世に現れるというだけの事、完全なる我を顕現させれば顕現した瞬間に山一つ消し飛ばす事も可能だが、だが今の我は半身を奪われているからな、しかもこの体は目も耳も使えない不良品と来た、これでは我も本領を発揮する事は能わぬ」

「生贄、つまり、俺が倒したクマが生贄になったって事ですか?」

「否、生贄と魔力は足りていた、しかし巫女が術を起動させるという意思が足りてなかった、故に巫女の器が殴られて命の危機を感じて敵意が芽生え、我を呼んだ、それがトリガーとなり我が顕現したという訳だ」

「じゃあつまり、器の少女が望まなければマルシアス様は顕現しなかった、という訳ですか」

「左様、我も暇では無い故に、呼ばれても無いのに顕現したりはせんという話だ」

「なるほど、それでマルシアス様はこれからどうなさるつもりですか」

「我は捧げられた生贄、その悪意に報いてこの世界に裁きを与えるだけだ、確か、神の裁きアポカリプスと呼ぶのだろう、カタストロフは知らん、この肉体もポンコツで我も今は半分の力しかないが、それでもこの大陸の1割くらいは壊してやろうという気になるほどの悪意は貰ったからな、故に、その悪意を人間に返すだけだ」

「怨念返し、ですか・・・」

「止めるか人間、いや、今はもう魔族か、貴様がこの哀れな巫女の器に慈悲を与え、人並みの幸せを与えてやるというのであれば、我も悪意ではなく善意を世に残す事もやぶさかでは無い、が、どうする少年?」

「いや俺は・・・」

 カタストロフの発動は抑止力を生み出す為に必要な事象であり、カタストロフが不発だった場合、王国と帝国は冷戦にならずにまた激しく争う事になるか、帝国が完全に滅びるレベルの支配が必要になる。
 別にそうなっても構わないと、人間だった頃の俺はそう思う筈だが、しかし魔族になって、人生ベリーハードモードの種族になった今の俺にとっては、カタストロフは起きてもらわないと困るレベルの事象だろう。
 少なくとも、魔族のままでは俺は奴隷にされたり、戦争捕虜として過酷な労働に従事させられたりして、俺の怠惰に暮らすという目標からは遠ざかるのが目に見えている。

 今天秤にかかっているのは、俺の平穏と、王国に済む人達の命だ、俺の平穏を犠牲にしてまで王国に住む人達を救う価値はあるだろうか、魔族を迫害し、子供を戦地に送り、リューピンに騙されて内乱まで起こす愚民、自己中、選民思想で凝り固まったような奴らを、救ってやる価値はあるだろうか。

 【勇者】の俺だとしても、こいつらは死んでもいいし、俺に関係無い存在だと切り捨てるだろう。

 魔族の俺ならば、尚更無関係であり、むしろ自分に石を投げるかもしれない相手だから減らした方が自分の為だと肯定するべきだろう。

 ならばなぜ俺は、それなのにマルシアスを止めようとしているのか、俺の魂が邪悪に染まっているというのであれば、俺の何がこの非道を許さないというのだろうか。

 ・・・腑に落ちるものはない、理解不能な葛藤、それなのに俺は、マルシアスがこれから行う虐殺を阻止しようと、そう考えてしまっているのである。

 ああ、またこの後先考えないヤケクソ病だ、死にかけたばかりなのだから、いい加減学べと言うのに、だが俺は自分の心に従って生きると決めたのだから、それは理屈や打算を上回っても仕方の無い衝動なのだった。

「すみません、多分これは、俺の病気なんでしょうね、救える命があるのに救わなかったらって思うような貧乏性。
 底辺下流育ちですから、そりゃあ人参もじゃがいもも皮まで食べるし、子供の頃の服はハンカチや靴下に縫い直して使ってますし、虫けらの命も生かしてやれば俺の為に働いてくれる可能性があるかもなんて、そう思ってしまう訳ですから」

 きっと、この世で蜘蛛の糸を掴むものは底辺に生まれ育った者だけだろう、それ故の打算に過ぎない。

「・・・そうか、ならば、貴様がこの悪意、受け止めてみよ、貴様がこの悪意を許せるいうのであれば、我もまた許そう」

 そう言ってマルシアスは俺の頭を掴むと、今度はそこから悪意を流し込んできた。
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