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本編
第85 華やかな祭 5
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頭にポンッとギガイの掌が添えられる。
「いったん外へ出る。近衛隊の者は中に残れ、その他の者は付いて来い」
それ以上の説明がないまま、ギガイは踵を返して外に向かった。
後ろに付いて入店してきていたラクーシュやリランが、突然向きを変えたギガイにぶつかりそうになったのか。
「申し訳ございません!」
驚いた声で詫びながら、飛び退いて道を開けたのだろう。慌ただしい気配が、武具の鳴る音から感じられた。
その横をギガイが無言で通り過ぎ、入ったばかりの店から外へ出る。遮る屋根がなくなり、温かな陽光が降り注いでくるのを、レフラは肌に感じて顔を上げた。
「10メートル以内には誰も近付けるな」
頭上から聞こえたのは、ギガイの冷淡な声。その声に反した温かい手がベールの隙間から差し込まれて、レフラの顎下を指の背でいったん触れた後に、すぐに指を添えてくる。
素早く体温と脈を確認する様子は、何かレフラに異常があったことを分かってくれていた、ということなのだろう。
レフラは止めていた呼吸をようやく吐き出した。
「人払いをしてある。大きく深呼吸をしろ」
ギガイのその言葉にホッとして、悟られないように振る舞うことを放棄する。ずっと呼吸を堪えていた肺は、新しい酸素を求めているのだ。我慢を止めてしまえば、はぁはぁ、と荒い呼吸に肩が上下してしまっていた。
「大丈夫か?」
ギガイがレフラからベールを取り除く。
額に、汗が浮かんでいるのかもしれない。剥き出しになった顔を、風とギガイの掌が撫でてくる。
「はい……」
「何があった?」
当然聞かれると思っていた質問だった。だけどレフラだけのことではない内容に、答えて良いのか迷っていた。
「どうした?」
促されて、口を開きかけて、躊躇って閉じて。そんなことを何度か繰り返している内に、敏いギガイには伝わってしまったようだった。
「お前は頷くだけで良い」
「何をですか……?」
「良いから聞いていろ」
有無を言わせない態度にレフラが緊張しながら、コクッと頷いて同意を返す。ギガイの大きな掌が、その素直さを褒めるように頭を撫でた。
「呼吸を止めていた様子から、身体に害が生じる物、それも気体または煙状の物があったな?」
「はい」
「だが私を含めた周りの者へ警告する様子はない。という事は、黒族には効かない毒物ということか?」
「はい」
「だが多種族が入り混じっている現状で、毒物に対してお前は私へ伝える様子がない……ならば現在この地にいる種族には影響がない物ということだな?」
「……はい」
「それならば、お前の様子からも、跳び族へのみ効く毒と思われるが 」
「……」
「今回のことだけで済まない可能性もある。大事になる前に知っておきたい。意味が分かるな?」
「……はい……」
「摂取をすれば、どうなる?」
本当ならレフラ相手だとしても、ギガイは無理矢理でも聞き出すことはできる立場だ。それでもここまで回りくどい方法を取ってくれたのは、レフラが跳び族の掟を犯して苦しまないで済むように、できるだけの配慮をしてくれたのだろう。
「摂取をしたら……」
急かすことなく、黙ってレフラの言葉を待っているギガイは、そんな配慮にレフラが応えると、きっと信じてくれている。
レフラはギガイを見つめ返して、コクッと唾を飲み込んだ。
「いったん外へ出る。近衛隊の者は中に残れ、その他の者は付いて来い」
それ以上の説明がないまま、ギガイは踵を返して外に向かった。
後ろに付いて入店してきていたラクーシュやリランが、突然向きを変えたギガイにぶつかりそうになったのか。
「申し訳ございません!」
驚いた声で詫びながら、飛び退いて道を開けたのだろう。慌ただしい気配が、武具の鳴る音から感じられた。
その横をギガイが無言で通り過ぎ、入ったばかりの店から外へ出る。遮る屋根がなくなり、温かな陽光が降り注いでくるのを、レフラは肌に感じて顔を上げた。
「10メートル以内には誰も近付けるな」
頭上から聞こえたのは、ギガイの冷淡な声。その声に反した温かい手がベールの隙間から差し込まれて、レフラの顎下を指の背でいったん触れた後に、すぐに指を添えてくる。
素早く体温と脈を確認する様子は、何かレフラに異常があったことを分かってくれていた、ということなのだろう。
レフラは止めていた呼吸をようやく吐き出した。
「人払いをしてある。大きく深呼吸をしろ」
ギガイのその言葉にホッとして、悟られないように振る舞うことを放棄する。ずっと呼吸を堪えていた肺は、新しい酸素を求めているのだ。我慢を止めてしまえば、はぁはぁ、と荒い呼吸に肩が上下してしまっていた。
「大丈夫か?」
ギガイがレフラからベールを取り除く。
額に、汗が浮かんでいるのかもしれない。剥き出しになった顔を、風とギガイの掌が撫でてくる。
「はい……」
「何があった?」
当然聞かれると思っていた質問だった。だけどレフラだけのことではない内容に、答えて良いのか迷っていた。
「どうした?」
促されて、口を開きかけて、躊躇って閉じて。そんなことを何度か繰り返している内に、敏いギガイには伝わってしまったようだった。
「お前は頷くだけで良い」
「何をですか……?」
「良いから聞いていろ」
有無を言わせない態度にレフラが緊張しながら、コクッと頷いて同意を返す。ギガイの大きな掌が、その素直さを褒めるように頭を撫でた。
「呼吸を止めていた様子から、身体に害が生じる物、それも気体または煙状の物があったな?」
「はい」
「だが私を含めた周りの者へ警告する様子はない。という事は、黒族には効かない毒物ということか?」
「はい」
「だが多種族が入り混じっている現状で、毒物に対してお前は私へ伝える様子がない……ならば現在この地にいる種族には影響がない物ということだな?」
「……はい」
「それならば、お前の様子からも、跳び族へのみ効く毒と思われるが 」
「……」
「今回のことだけで済まない可能性もある。大事になる前に知っておきたい。意味が分かるな?」
「……はい……」
「摂取をすれば、どうなる?」
本当ならレフラ相手だとしても、ギガイは無理矢理でも聞き出すことはできる立場だ。それでもここまで回りくどい方法を取ってくれたのは、レフラが跳び族の掟を犯して苦しまないで済むように、できるだけの配慮をしてくれたのだろう。
「摂取をしたら……」
急かすことなく、黙ってレフラの言葉を待っているギガイは、そんな配慮にレフラが応えると、きっと信じてくれている。
レフラはギガイを見つめ返して、コクッと唾を飲み込んだ。
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