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第8話 間違い探し

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(何でこんな事になったの、俺の何が悪かったの?)

 何度も声をかけていた。振り返る事のない背中に、聞いて欲しいと訴える。

 厳しい人だとは知っていた。冷酷な一面も持っていて、それを怖がられている事も知っていた。
 それでも亜樹だけにはいつだって優しくて。こんな冷たい背中なんか見た事がなかった。

 1度も向けられた事のないような怒りも、何も言ってくれない様子も不安で。焦りだけがどんどんと心の中に募っていく。だから、無言のままで連れてこられた脱衣所でも、抵抗する気なんか全くなかった。

(お風呂?このまま素直に入ったら、少しは機嫌を直してくれる……?)

 他に解決の糸口になるような物は見つからない。祈りに近いような気持ちで亜樹はズボンのボタンに手を掛ける。少しでも早くと思っていたから、ノロノロともたついたつもりはなかった。
 それなのに、指をかけたボタンさえ外す間もなく、気が付けば亜樹の身体は強い力で浴室の方へと突き飛ばされていた。

 それは一瞬の出来事で、肩に感じた衝撃も、そこから走る強い痛みも、何も理解はできなかった。
 打ち付けた浴室の壁に沿って蹲り、走る鈍痛に小さく呻けば。その頭上から冷たいシャワーが降り注がれる。

 着たままの服が水を吸ってまとわりつき、急激に身体が冷えていく。
 その感触に初めて、和真に服を着たまま浴室へ投げ込まれた事に気が付いた亜樹が、呆然と和真の方へ顔を上げた。

「な、なんで……」

 打ち付けた肩を押さえながら、必死に和真へ問い掛ける。事態に付いて行けないまま、混乱と緊張で声は引き攣って掠れていた。だが、玄関からここまで一言も言葉を返してくれない和真が、そんな亜樹の問い掛けに応えてくれるはずもない。

「その匂いを洗い流せ」

 冷たい声音でそう言い放った和真が浴室を出て行けば、その背中を見送る亜樹の心は限界に近い状態だった。

「イタっ!」

 ノロノロと濡れそぼった服を脱ぎ、泡立てた石鹸で肌をなぞる。壁に打ち付けた肩が青黒く鬱血し鈍い痛みを伴っている。その痛みに唇を噛む。

 今日は三人も相手をした。
 昨日の疲れも引きずって身体はクタクタだったけど、これで、ちゃんとしたプレゼントが買えると思うと嬉しかった。仕事から先に帰っていた和真に「どこに行ってたんだ?」と出迎えられた時も、何を送れば喜んでもらえるだろうかと、考えていたのは少しこそばゆい期待だけで。それなのに……。

(俺はまた、何か間違えたんだ……)

 風呂から上がり身体の水滴を拭う指先は、痛みに微かに震えている。
 でも今感じている痛みが、身体と心のどちらから来る痛みなのかは、亜樹自身にも分からなかった。
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