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究極の選択
「いえ、更紗(さらさ)です」
私は蚊の鳴くような声でそう答えた。
「へぇ、そう」
とだけ言うマイケルさんの視線がイタい。
「マイケルさんこそ、本名なんですか?」
私はそれに負けまいと、マイケルさんを睨みながらそう返した。
「ぼ、僕はもちろん本名だよ」
それに対して若干噛みながらマイケルさんが言う。
「じゃぁ、名字は?」
「櫟原(いちはら)。櫟(くぬぎ)の木に原っぱの原でいちはらって読むんだ」
「ホントですか」
「正真正銘、マイケル・櫟原だよ、君と違って」
そして、念を押す私にマイケルさんは少しふくれっ面でそう答えた。だけど、
「何か証明できるものは?」
と尚も私が食い下がると、
「証明できるものって……」
と、明らかに難色を示している。怪しい……私と違ってマイケルさんの場合、絶対に携帯しているはずの身分証明書があるはず。
「免許証、見せてください」
「それは……」
案の定、マイケルさんはしどろもどろになる。
「見せられないんですか?」
「良いです。見せますよ、見せれば良いんですね」
それでも私が詰め寄ると、マイケルさんは観念したようにため息をつき、ちょっぴり逆ギレしながら私に免許証をみせた。そこには、櫟原武と書かれていた。やっぱりマイケルは本名じゃなかったのね。だけど、予想外に日本人っぽい名前だ。
「やっぱり、マイケルさんも本名じゃないじゃないですか」
と、私が口をとがらせて抗議すると、
「ちゃんとと本名だよ。母がイギリス人だから、英名も持ってるんだ」
と言い訳する。
「だからって、何で日本名を隠すんですか? 『いちはらたけし』って(名字がちょっと難読だけど)普通じゃないですか」
そうよ、何で隠す必要があるんだろ。
「たけし……そうだね、そうだよね。僕、何を怖がってたんだろうな。うん、更紗ちゃんの言う通りだよ」
私がそう言うと、マイケルさんはそう言って笑った。明らかにホッとした様子だ。私、何か彼を安心させるようなこと、言ったかな。
「月島さん、月島更紗さん、診察室にお越しください」
そのとき、診察室から声がかかった。マイケルさんは当然のように私の車いすを押して診察室に向かう。そして私が、
「いいですよ、車いすも借りてもらったんだし、私一人で大丈夫です」
と言っても、
「慣れないとまっすぐには行かないでしょ。それに今、僕にはすることないし」
と言ってその手を離さず、お医者様の前まで押していった。
「月島さん、かなり強く捻ってるね。今日は救急でサポーターとか用意できないから、しっかりテーピングしておくけど、必ず明日整形に行ってね」
そこにいたのは、私ぐらいかそれより少し若い位の男の先生。先生は、クスクス笑いながら私に、
「それにしても、とんだデートだったね」
と言った。で、デートですとぉ!
「いえ、デートなんかじゃありません」
あわてて否定した私に、先生はなおも、
「違うの? お姫様だっこされてきたって聞いたし、二人ともおしゃれしてるから。じゃぁ、転んだのがホテルだって言うから、お見合い?」
と続ける。お見合いと言われて、私の頭の中に、あの『髪の毛風前の灯火』さんが浮かぶ。
「お見合いなんかじゃありません!! あたっ!」
私は、その発言に、思わず立ち上がって抗議したとたん、足に激痛が走って車いすに逆戻り。
「失礼じゃないですか、ここは他人のプライバシーにまで関わるところなんですか」
なんなら法的処置も辞さないと、マイケルさんもえらい剣幕で怒る。
「いや……お二人を見ててほほえましいカップルだなと思ったから言っただけで。そうじゃないんだったら謝ります」
すると、先生は相変わらずへらっと笑いながらそう答えた。おまえ、口では謝ってるけど反省してないだろっ。
だからといって、休日の混んだ病院でこれ以上ゴネるのもなんだし、私は頭だけ軽く下げて、隣の処置室で足にミイラのようなテーピングをされて、かいほうされた。でも……
「あの……できたら松……もごもご」
テーピングを受けながら、松葉杖を借りようとした私に、マイケルさんは私の口に手を当ててそれを制した。そして、耳元で囁くように、
「ここで借りたら、また返しに来ないといけないよ。いいの?」
と言った。あのへらこん医師が整形医かどうかはわからないけど、顔なんか合わせなくっても、電車の沿線が違うからかなり遠回りしないとこれないし、できれば来たくない。私は頭を振った。それを見てマイケルさんはクスっと笑う。
ん? 何でそこで笑う?? 私、なんか大事なこと忘れてるような……
あああーっ、松葉杖を頼まないってことは、またあの『お姫様だっこ』をされて帰るってことなの!?
イヤだぁ! 返しに来るのもイヤだけど、お姫様だっこはもっとイヤ。だけどまてよ、もう既にやられてるんだから、今更もういいか……いやいや、やっぱ恥ずかしいし。
さぁ、どうする? 私。
私は蚊の鳴くような声でそう答えた。
「へぇ、そう」
とだけ言うマイケルさんの視線がイタい。
「マイケルさんこそ、本名なんですか?」
私はそれに負けまいと、マイケルさんを睨みながらそう返した。
「ぼ、僕はもちろん本名だよ」
それに対して若干噛みながらマイケルさんが言う。
「じゃぁ、名字は?」
「櫟原(いちはら)。櫟(くぬぎ)の木に原っぱの原でいちはらって読むんだ」
「ホントですか」
「正真正銘、マイケル・櫟原だよ、君と違って」
そして、念を押す私にマイケルさんは少しふくれっ面でそう答えた。だけど、
「何か証明できるものは?」
と尚も私が食い下がると、
「証明できるものって……」
と、明らかに難色を示している。怪しい……私と違ってマイケルさんの場合、絶対に携帯しているはずの身分証明書があるはず。
「免許証、見せてください」
「それは……」
案の定、マイケルさんはしどろもどろになる。
「見せられないんですか?」
「良いです。見せますよ、見せれば良いんですね」
それでも私が詰め寄ると、マイケルさんは観念したようにため息をつき、ちょっぴり逆ギレしながら私に免許証をみせた。そこには、櫟原武と書かれていた。やっぱりマイケルは本名じゃなかったのね。だけど、予想外に日本人っぽい名前だ。
「やっぱり、マイケルさんも本名じゃないじゃないですか」
と、私が口をとがらせて抗議すると、
「ちゃんとと本名だよ。母がイギリス人だから、英名も持ってるんだ」
と言い訳する。
「だからって、何で日本名を隠すんですか? 『いちはらたけし』って(名字がちょっと難読だけど)普通じゃないですか」
そうよ、何で隠す必要があるんだろ。
「たけし……そうだね、そうだよね。僕、何を怖がってたんだろうな。うん、更紗ちゃんの言う通りだよ」
私がそう言うと、マイケルさんはそう言って笑った。明らかにホッとした様子だ。私、何か彼を安心させるようなこと、言ったかな。
「月島さん、月島更紗さん、診察室にお越しください」
そのとき、診察室から声がかかった。マイケルさんは当然のように私の車いすを押して診察室に向かう。そして私が、
「いいですよ、車いすも借りてもらったんだし、私一人で大丈夫です」
と言っても、
「慣れないとまっすぐには行かないでしょ。それに今、僕にはすることないし」
と言ってその手を離さず、お医者様の前まで押していった。
「月島さん、かなり強く捻ってるね。今日は救急でサポーターとか用意できないから、しっかりテーピングしておくけど、必ず明日整形に行ってね」
そこにいたのは、私ぐらいかそれより少し若い位の男の先生。先生は、クスクス笑いながら私に、
「それにしても、とんだデートだったね」
と言った。で、デートですとぉ!
「いえ、デートなんかじゃありません」
あわてて否定した私に、先生はなおも、
「違うの? お姫様だっこされてきたって聞いたし、二人ともおしゃれしてるから。じゃぁ、転んだのがホテルだって言うから、お見合い?」
と続ける。お見合いと言われて、私の頭の中に、あの『髪の毛風前の灯火』さんが浮かぶ。
「お見合いなんかじゃありません!! あたっ!」
私は、その発言に、思わず立ち上がって抗議したとたん、足に激痛が走って車いすに逆戻り。
「失礼じゃないですか、ここは他人のプライバシーにまで関わるところなんですか」
なんなら法的処置も辞さないと、マイケルさんもえらい剣幕で怒る。
「いや……お二人を見ててほほえましいカップルだなと思ったから言っただけで。そうじゃないんだったら謝ります」
すると、先生は相変わらずへらっと笑いながらそう答えた。おまえ、口では謝ってるけど反省してないだろっ。
だからといって、休日の混んだ病院でこれ以上ゴネるのもなんだし、私は頭だけ軽く下げて、隣の処置室で足にミイラのようなテーピングをされて、かいほうされた。でも……
「あの……できたら松……もごもご」
テーピングを受けながら、松葉杖を借りようとした私に、マイケルさんは私の口に手を当ててそれを制した。そして、耳元で囁くように、
「ここで借りたら、また返しに来ないといけないよ。いいの?」
と言った。あのへらこん医師が整形医かどうかはわからないけど、顔なんか合わせなくっても、電車の沿線が違うからかなり遠回りしないとこれないし、できれば来たくない。私は頭を振った。それを見てマイケルさんはクスっと笑う。
ん? 何でそこで笑う?? 私、なんか大事なこと忘れてるような……
あああーっ、松葉杖を頼まないってことは、またあの『お姫様だっこ』をされて帰るってことなの!?
イヤだぁ! 返しに来るのもイヤだけど、お姫様だっこはもっとイヤ。だけどまてよ、もう既にやられてるんだから、今更もういいか……いやいや、やっぱ恥ずかしいし。
さぁ、どうする? 私。
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