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夏祭りのカウントダウンが始まる

サプライズミッション発動

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 ここは松平(まつひら)市にある希望が駅前丘商店街ーー通称「ゆうYOUミラーじゅ希望が丘」。国会議員の重光幸太郎先生のお膝元としても有名だ。

 この商店街は実に様々な店舗が入っており、店舗同様個性豊かなメンバーが揃っていて、仲が良い。
 その中でも特に交流が深いのは、「喫茶トムトム」、「篠宮酒店」「JazzBar黒猫」、「居酒屋とうてつ」、「中華料理|神神(シェンシェン)飯店」「美容室まめはる」といった所だろうか。

 その日、ヤン 玉璽オクシは少し前に営業を再開したBooks大矢に出かけた。図解で浴衣を作る本を買うためだ。 玉爾はひらがなは読めるが、漢字は分からないものが多い、特に和裁用語は昔ながらの言い回しが多いので、正直お手上げ状態。初めて娘、ワン 天衣テンフェイの浴衣を作った時も、型紙を手に入れたもののそこに付されている説明書きが全く理解できずに、「喫茶トムトム」に駆け込んで、富田紬に教えを乞って縫い上げた。その時紬は、
「作ってあげるわよ」
と玉璽に言ってくれたが、玉璽は生地を紬屋で購入していないことを理由に固辞した。生地は浴衣はもちろん帯地までデパートで購入してしまっていたし、紬が他に何着も縫うことを知っていたからだ。しかも、保育園のお祭りは町内のそれに被らないように7月の末。頼むとなると、天衣のものを優先してもらわねばならない。それは玉璽には心苦しかった。
 今は、文字ならその天衣がちゃんと読んでくれるし、浴衣も都合4着目で、大枠だが既に頭に入っている。
 ならばなぜ今回本まで買い込むかと言えば、ずばり今、神神にバイトに来てくれているダイサクのためである。ダイサクは天衣しかいない王家にとっては息子のようなもの。玉爾には天衣に作ってダイサクに作らないという選択肢はないのだ。ただ、思うところがあり、天衣やダイサクには知らせず用意したいので、一目で見て解る図解式を探しに来たという訳だ。とまれ本当の所は、先日バンタム放送開始25周年の記念冊子を見に来た時に、ここに偶然型紙付きの浴衣の本があることを知ったからなのだが、玉爾はこれでダイサクの分も自分が作るべきなのだと、改めて使命感に駆られたと言うわけだ。
 玉爾はシーズンに向けて何冊も売られていた中で、その名も「ミシンで縫う浴衣」という本を手に取り、レジに向かう。その時、玉璽はここも最近商店街にできた民宿、「ゆめくら」の倉島由芽唯(くらしまゆめい)に声をかけられた。由芽唯は玉璽の手にしてる本を見ると、
「玉璽さん、浴衣を縫うんですか」
あからさまに尊敬の眼差しでそう聞いた。
「浴衣まっすぐばっかりね。バンタムのコロニー服よりずっとカンタンよ」
(出たよ、バンタム!)
そして、その言葉にそう返した玉璽に、ここのバイトの大原綾佳(おおはらあやか)が思わず吹くのこらえていた。綾佳にはバンタムのことは既にカミングアウト済みで、若かりし頃のコスプレ写真も見せてあるから、今の発言はツボだったのだろう。一方言われた方の由芽唯は意味が解らず、
「まっすぐでも何でも縫えないですよ」
とそれでもうるうるの瞳で玉璽を見た。尊敬のまなざしで見られると玉璽も悪い気はしない。
「なら、ユメっ氏のも作るか。作るに、一つも二つも一緒ね」
と玉璽は由芽唯に持ちかける。
「えーっ、あ、でも、4人分とかお願いしても良いですか?」
「4人か。ちょっと難(ムジュカ)しね。」
だが、さすがに4人と聞いて顔をしかめた玉璽に、
「やっぱりダメですよね」
と肩を落とす由芽唯。
「難(ムジュカシ)しけど、できないないね。オッパ同じデカい人いないし、まだ早いからタイジョブよ」
それを見た玉璽は、首を横に振ってカラカラと笑った。ダメだと言われるとあらがうのが玉璽の性格だ。
 そう、天衣の浴衣づくりに成功した玉爾は、気を良くして夫、ワン カイのまで作ろうとしたのだが、この王開は身長188cmの筋肉質。既成の型紙では縦にも横にもムダに補正が多く、さすがの玉爾のオタク魂もポッキリと折られてしまったという過去がある。だが今回、「ゆめくら」面々は皆標準サイズだ。型紙の線通りに切るだけで事足りるだろう。
 玉璽は、
「その代わり、これ、すぐ全部ひらがなにしてほしいよ。私それでチューブンね」
と由芽唯に今買ったばかりの本を由芽唯に差し出す。
「ホントにそれで良いんですか?」
思わぬ報酬要求に戸惑う由芽唯を後目に、
「あ、何なら読んでくれる良いね。私それ、ハングル書き取るから」
と玉璽は畳みかける。
「ユカタ布、もらいに行くときメモ持って行くよ。
早く、布用意お願いね」
と言うと、玉璽は由芽唯の返事も聞かずに、今度は大量のB全紙を買うために文房具店に向かったのだった。
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