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神山 備

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救いの初穂として

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 その夜、遅くに雷雨があった。翌日は打って変わって雲一つない五月晴れが広がっている。

 葬送式が厳かに始まった。昨日と同様、開会の挨拶の後、賛美歌が歌われ、中野がメッセージを説く。

 メッセージ後の賛美は故人愛唱歌と言って、故人が生前好きだったと遺言しているものを歌うことが多い。
式次第に書かれていたのは、博美たちが結婚した頃、青年たちが挙って歌っていたゴスペルフォーク(現在はワーシップ)と呼ばれるものの一曲だった。まだ自分で携帯の着信音を作って設定できた頃、楽譜を渡して衛に設定してもらった曲でもある。
「明日のことは分からない。でも、主が守ってくださる」
その歌詞に、今回の事が重なる。博美は衛が笑顔で
「なぁ博美、どんなことがあっても生きろよ」
と言っている様な気がして、涙が止まらなかった。
 曲が終わった後、棺に花が手向けられる。礼拝堂に飾られている花をすべて入れるために、一人一人に花束にして手渡される。そうやって花に埋もれた衛は、博美には晩年より幾分ほっそりした様に見えた。
 やがて棺の蓋が閉められ、衛が黒塗りの霊柩車に乗せられた。そのとき、
「車に祭壇も乗っとらんのやの。寂しいの、ほんに別れた嫁に葬式まで仕切られとんじゃの。まぁ、親の代からの宗教をないがしろにするようじゃ、ええ死に方はできんさな」
と、各務原かがみがはらの叔父と呼ばれる幸司の声がした。その言葉にはっと目を上げると、心配そうに博美を見つめる君枝と徹の姿があった。博美は気にしていないと彼らに目で合図を送ると、名村の両親のところに戻った。斎場には寺内の親戚とはではなく、名村の両親とともに向かうつもりだ。
 
 斎場に着くと、釜の前で中野が再度祈り、衛の体が釜の中に入れられる。ああ、焼かれてしまえばもう、奇跡が起こっても衛が息を吹き返すことは絶対にない。博美は再臨さいりんの日に身体がなくては救いに預かれないと、火葬を頑なに拒むユダヤ人の気持ちが解る気がした。復活の身体はこの肉の身体ではないとは解っているけれど、それでもまったくなくなってしまうのは辛い。それならばまだ、死んだことを知らないままどこかで生きていると誤解していた方が良い。

 遺体が焼かれる間に軽食を摂るべく教会に戻る。明日美は葬儀社が用意した弁当を母子室(小さな子供連れでも礼拝に参列できるようなブース)で食べたが、博美は一人離れたところにいた。
「博美姉ちゃん、食わなきゃ保たねぇぞ」
そこに徹が現れて、フタさえ開けていない彼女の弁当を見てそう言った。
「ごめんな、各務原のおっさんのこと」
徹の言葉に博美は頭を振った。
「俺はさ、兄ちゃんいい顔してたと思うよ。苦しかったはずなのに、どことなく笑ってただろ」
確かに衛の表情は、苦しんだであろう最期には似つかわしくないほど穏やかだった。
「博美姉ちゃんが言うように兄ちゃんさ、天国見たんだと思うよ。だから、おっさんの言うことなんか気にすんなよ」
「私は別に気になんかしてないよ」
 本当に気にはしていなかった。幼い頃から日本に昔からある宗教を信じてない風当たりはそこここにあった。「良い死に方をしない」と言われたのもこれが初めてではない。
 彼らの多くは宗教心からそれを言っている訳ではなく、昔ながらのしきたりを守ることで安心する、そういう日本人特有の感覚が働いているからなのだと思っている。
「何でも良いからお腹に入れとけよ、姉ちゃん」
徹のその言葉に、博美の目頭が潤む。
「そんな、泣くこと?」
それを見て徹が慌てた。
「ごめん、違う。今の言葉衛がいつも私に言ってた言葉だから」
博美はそれに対してぽつりとそう言った。
 思えば明日美とのデートの時、小さな明日美が食べられないほどの料理を頼んでしまうのも、食の細かった私に少しでも食べさせようといろんなものを注文していた名残りだったのかもしれない。
「そろそろまた斎場に向かいますので、ご準備お願いします」
そのとき、葬儀社の社員が二人を見つけてそう言った。
 その声に応じてみんなの許に戻ってみると幸司がいない。父親が衛を教会の聖徒の墓に入れると言ったことに対して憤慨して帰ったという。
 博美は義父と叔父にそうやって口げんかをさせてしまったことに後ろめたさを感じる反面、それを骨上げの際にしないでくれて本当に良かったとホッとしていた。

 そして、開けた日曜日、君枝に連れられて衛の両親が教会にやってきた。衛の記念会(法事のようなもの)は、元々受洗を予定していた月末のペンテコステの日と、ペンテコステに(ペンテコステというのは、ラテン語で50日祭の意)因んで50日目に行うはずだ。驚いて義母に訳を聞くと、
「衛に会いに来た」
と言う。だが、聖徒の墓は教会にはなく、市営の共同墓地の教会のブースだ。それに、まだちょうど一週間しか経ってない今、納骨はしておらず、逆に遺骨は寺内の家にある。首を傾げた博美に義父は
「わし等もあいつと同じとこに行きたいでの」
と言った。
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん隣に座ろ!」
明日美が満面の笑みをたたえて彼らを席に導き、週報を見て受付で貸し出された聖書のページを繰って、今日語られるメッセージの聖句を示した。

 そして、50日目の記念会に訪れた徹もまた、自宅近くの教会に通いだしたと言う。衛の苦しかったはずの状況でのあの穏やかな顔が何となく心に残り、末息子の和馬を連れて行ったのだが、そこに学校のクラスメートがいて、次もと誘われた。半ば遊びの延長なのだが、小学生の頃は信者の家庭でもそんなものだ。
 和馬が牽引する形で、両親が出席するようになり、次に長兄の佑樹が音楽集会に、真ん中の雛子が英語クラスに参加するようになった。

 そして、クリスマス礼拝の日、博美をさらに喜ばせる出来事が起こった。菅沼冴子がその夫と共に受洗したのだ。
 あれから、冴子と博美はまるで本当の姉妹のように仲良くなった。元々同じ男性を選ぶくらいだから、性格的にも似ていたのかもしれない。

「あ、これ美味しい。あとでレシピ教えてね、博美さん」
クリスマスの礼拝後の祝会で博美の持ってきた料理を摘みながら冴子がそう言う。それに対して、博美は頭をかきながら、
「でも、細かい分量なんて分からないよ、いつも適当だから」
と答えた。
「ほんとに……適当なのになんでこんなに美味しいのかなぁ」
「適当だからだよ、必要な分だけちゃんと入れてるんだよ」
ため息をつく冴子に冴子の夫が笑いながら言う。
「冴ちゃんは生真面目なんだよ」
「その言葉、そっくりそのまま博美さんに返すわ」
「私はいい加減だよ」
博美はそう言いながら、ある意味自分の融通が利かないこの性格が衛を死なせてしまったのではないかとふと寂しくなった。
 だが、目の前で談笑している菅沼夫妻を見て、思い直した。衛があんなに早く逝ってしまったことは辛かったが、それがなければ、衛の両親や兄弟がこぞって教会に来ることも、冴子たちが来ることもなかった。そう考えるとそれが神のみこころだったんだとも思う。衛は恵みの初穂として立てられたのかもしれない、博美は改めて衛とちゃんと天国で会える様に自分を整えようと思った。
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