プリンセスになりたかった

浅月ちせ

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第1章

2人だけの生活

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そうして無事ロイドミックに雇ってもらい今に至る、と。

実はここ。レグルスのお師匠アドンレス様が常連らしくて、店長にはちゃんと事情を説明してある。何かあったらフォローしてくれるというお優しい約束をしてくださった。
そして身寄りがないこと、ここで生きていくための必要経費が嵩むことから、初月のお給料は色をつけてくださるとか。泣きそう。
やっぱり人は誰かの支え無くては生きられないのだということを心の底から実感した。


床清掃、トイレ掃除、カトラリー整理、ドリンク周りの小物補充。ホール担当者の閉店作業をひとつひとつ終らせる。今日は4人いたけれど、みんな都合が悪くて少し早めに上がってしまったのでわたし1人。とはいえ、そんなに作業は多くないから1人でもすぐに終わる。


制服を着替え、身支度を整えて休憩室を出たところで声をかけられた。


「カズハちゃん。お疲れ様。」
「あ、アイラさん!お疲れ様です!」

店長夫人のアイラさん。肩まで伸びた艶々の黒髪をウェーブにしていて、たれ目の泣きぼくろという色気漂い過ぎ問題のお方。とっても優しくて、おっとりした喋り方とは反対に店内ではきびきびと動き回っていて頼もしい。店長は外回りとかであまり店にいないので、実質アイラさんが店長のようなものだ。

「これ、来週からメニューに登場させる新作なの。試作を作ったから持って帰って是非彼と食べてね。」


そう言って手渡されたプラスチックの容器はほんのり温かくいい匂いが漂ってくる。うーん、お腹空いた!!!


アイラさんのいう彼とは、レグルスの事である。
アルバイト先を決める際、どこに住むかも考えることになった。いつ帰れるかもわからないしアパートを借りるなんてもったいない。本当は同性同士ユミィのお宅に置いてもらいたかったのだけど、ユミィのお部屋はワンルームでとても狭いそうだ。ワンルームに長居するのはこちらとしても気が引けるし、どうしたものかと悩んでいると珍しく聞き役のレグルスが口を開いた。


「うち来るか?部屋余ってるし」


正直耳を疑った。だってあのレグルスがそんな優しい事を言ってくれるだなんて思わなかったから。

「え? え…いいの?」
「ああ。おまえが帰れねーのはもうわかったし、バイト先も買うものも全部決まった。あとは住む家だけだっつーならこの際仕方ねーだろ。俺のうちは一戸建てだからその2人よりは広いし個人部屋も用意できる。おまえがいいなら住めば?」


安月給というのに一戸建てに住んでいるとはこれ如何に。ご実家なのかな?

「ちなみに家族はみんな違う国でそれぞれ仕事してるから滅多に帰ってこない。姉貴は結婚して出て行ったから、そこ貸してやるよ。」


ただし、家事全般やるって条件なーー。


初めてレグルスの家に行ったときは大量の食材を買い込んだ。
もうほんっとにこいつ食に興味がなさすぎて冷蔵庫には飲み物とお豆腐だけ。キッチンラックには調味料と保存食の缶詰めや瓶詰めしかなかったのだ。

『白山の水豆腐があれば生きていける』と断言した時はビックリした。
まぁ、ユミィ達と会う時や外出した時は外で食べてるみたいだから全くお豆腐しか食べてないってわけじゃなくて安心したけど。



玄関の扉を開けて部屋に居るレグルスを呼ぶ。
リビングのテーブルにアイラさんからもらった試作品のプラスチックの容器を置いて、洗面所で手洗いうがいを済ませるとキッチンに戻り2人分の飲み物を用意した。

「お!なんだこれ。美味そうだな」

レグルスが袋から容器を出してくれた。見ると、スクランブルされた太陽のカケラ玉子と何種類かのきのこのソテーにきらっきらの餡がかけられている。美味しそう!
さっそく冷凍庫から凍らせたご飯を2パック取り出して温めることにした。
異世界はどんなものを食べるかと思いきや、案外わたしの世界と変わらなかった。食材にややこしいネーミングが付けられているだけで味もわたしの知識と違和感ない。白米が主食のひとつとして存在していたことがとても嬉しかった。
ただ、お箸はないので使うのはスプーンフォークナイフだが。

よっぽどお腹が空いていたのか、ごはんを温めている脇で鼻歌を歌いながらレグルスが冷蔵庫を開けていた。
白山の水豆腐を出しているようだ。好きだねほんと。
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