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第2話 仲間に転生者だと打ち明けてみる。

Chapter-04

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 さて。
 改めて俺の現状を説明しておこう。

 俺は現在、冒険者ハンター候補生としてブリュサムズシティの冒険者養成学校に通っている。ちなみに寮暮らしだ。実家のバックエショフ子爵領はここから山2つ3つ超えた僻地だからな。

 ブリュサムズシティは、ブリュサンメル上級伯領の領都だ。当代の領主は、オリバー・リング・ブリュサンメル上級伯爵。

 爵位には上から順に、公爵、侯爵、上級伯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵。このうち騎士爵は、原則として1代限り。したがって、“貴族の家”とは、準男爵以上を指す。

 公爵は、ほぼ皇族の縁戚者。侯爵と上級伯爵はほとんど同じ位で、日本流に言うなら、侯爵は譜代大名、上級伯爵は外様大名。
 もっとも、ブリュサンメル上級伯領なんかは、令和の日本で言えば、東京に対する名古屋か福岡ぐらいの地位にあって、帝都での発言力もかなり強い。
 さらにややこしいのが、領地持ちと領地を持たない法衣貴族との力関係だ。まぁ簡単に説明すると、帝国に税収を収めている領地持ち貴族は、実質的に法衣貴族よりも立場が上だ。法衣貴族の伯爵が領地持ちの男爵の意向に逆らえない、なんてねじれ現象もあったりする。

 そして、貴族として独立していられるのは、基本的に伯爵以上。子爵以下は、伯爵以上の貴族の家の寄騎として属している。
 現世での我が実家、バックエショフ子爵家も、ブリュサンメル上級伯爵の寄騎だ。同じく、ジャックのスチャーズ準男爵家、キャロルのエバーワイン男爵家もブリュサンメル上級伯爵の寄騎だ。
 寄騎の領地は原則として隣接している。まぁバックエショフ子爵領は、隣接はしていると言っても山岳地帯という天然の要害で仕切られてしまってはいるが。

 唯一、エミのローチ伯爵家はこれに当たらない。そもそも、ローチ伯爵領には別に冒険者養成学校あるし。
 エミがわざわざこちらに来ているのは、おそらくエミの出自が問題だ。エミは当代のローチ伯爵が平民の妾に産ませた庶子なのだ。だから居づらくなって出てきたのだろう。

 メンツの中で言うと、俺、ジャック、キャロルが貴族の嫡子。と言っても、俺は四男、ジャックは三男、キャロルも次女で男兄弟もいる、と、家督相続からは離れたところにいるのだが。
 ちなみに男子優先が慣習だが、別に女子が爵位を継ぐことは禁じられていない。不謹慎だが、エミでも、他の嫡子が全滅と言う事態にでもなれば、家督相続が回ってくる可能性はゼロじゃない。

 ちなみに原作ヒロインのユリアとルイズは、準貴族として扱われる、貴族家に仕える陪臣の家の娘だ。


「んー…………」

 2期生の夏も過ぎると、あまり講義は頻繁ではなくなってくる。具体的に言うと、週7日のうち週末は当然休講として、午前中の座学が週3回、午後の武術訓練が週1回ある程度だ。
 もっとも俺は、最初から武術訓練は免除だけど。

 座学なんてそんなに必要なんか? と思うかもしれないが、義務教育という制度がまだ存在していないこの世界、貴族でも家督相続の公子以外は文盲で四則演算すら出来ない、なんてザラだからな。それで金銭の授受をする冒険者なんてやらせられないから、きっちり教え込まれる。むしろ座学のほうが重要なのだ。

 まぁ、俺はどういうわけか、師匠のところに行く前から読み書き計算はできた。まぁ数学は別に時代が違うと答えが違うようなもんでもないからいいとして、文字が読めた理由はよくわからん。親父殿も突然頭が良くなったとか首を傾げてたからな。

 でもって……今日は……

「お弁当、そんなに美味しくなかった?」

 俺がボーッと考え事をしていると、エミが、表情自体はニュートラルなままながら、どこかしゅん、と、落ち込んだように顔を俯かせる。

「え? あ、いや、別にそう言うわけじゃ……」

「ごめん……食堂の残り物で簡単に作ったものだったから……」

 俺ははっと我に返って声を出すが、唖然とする俺の前でますますエミは落ち込んだようになる。

「そんな事ないって、旨かったよなぁ、なぁ?」

「おう、かなり旨かったぜ。そこいらの屋台で済ませるより、ずっと美味しかった」

 俺が少し慌ててジャックにも振ると、ジャックも激しく同意の意志を示してくれた。

 今日は午前も午後も講義のある日。まぁ、俺は、午後は休めるんだが。
 昼休み、昼食はどこか近場に出ている屋台か、学生寮の食堂で済ますのが普通だが、今日はエミが手製の弁当を持ってきてくれていたのだ。

「そうよー。エミのお弁当が不味いなんて言ったら、バチが当たっちゃうわよ、2人とも」

 キャロルが言う。ええ、承知しておりますとも。

 それでなくとも、前世での学生生活も、おおよそ女の子の手作り弁当などという代物は都市伝説級のオーパーツとでも言わんばかりに無縁だったから、美人のエミの手料理なんて、その事実だけでももったいないほどです。

 ちなみに、意外にもエミも武術免除なんだよな。まぁ、あの剣術を見れば、当然か。それでいて料理もできるのか。なんだこの完璧超人。

「ところで、そう言うキャロの料理の腕前はどうなんだ?」

 おいおい相棒、それ聞いちゃうかい?
 高飛車系お嬢様の料理の腕前と言ったら、だいたい相場は決まってるよなぁ。

「キャロの手料理、見た目はメチャクチャ……」

「う……しょ、しょうがないじゃない、誰にだって苦手なもののひとつやふたつはあるものよ」

 やーっぱりなぁ……いや、待てよ? 

「でも、味は悪くない、私は好き……」

 エミが、どこかほっこりしたような様子でそう言った。へぇ、意外と言うか、なんと言うか。

「ってことは、この中で料理しちゃいけないのはジャックだけだな」

「え、そうなの?」

 俺が苦笑しながら言うと、キャロルが驚いたような顔で聞き返してきた。

「なんだよ、お前だって別に食ったことないだろ」

「食わなくても解るんだよ……」

 俺は、ジトーっとした視線をジャックに向ける。

 うん、これも原作知識。こいつ壊滅的メシマズ。料理という名のバイオテロ兵器製造機。
 だから、狩猟のバイトなんかでやむを得ず野営したときなんかは、料理は必ず俺がやってた。多少面倒でも、毒物食わされるよかぁマシだ。
 ひょっとして実家追い出された理由の一端は、それだったりしないだろうな?

「でもさ、だったらさっき、なんでアルヴィンはボーッとしてたの?」

 キャロルが、気を取り直すかのように、真面目な視線を俺に向けて、訊いてきた。

「うんまぁ……ちょっと色々考え事を……」

「なに? 悩み事でもあるの?」

 キャロルが訊いてくる。
 まぁ、悩み事っちゃ悩み事なんだが。

「うん、まぁ、この際だから言っちゃうけどさ」

 黙っててもしょうがない、はっきり言ってしまおう。
 ルール違反かもしれないが、もやもやしたまま過ごすのは現世での生き方のポリシーに反する。

「キャロやエミってさ、やっぱり、“成り上がり”が目的で俺とパーティー組みたがってたんだろ?」

「え?」

 問いかけるように言った俺の言葉に、キャロルは、短く声を上げた後、一旦、振り返って、エミと顔を見合わせる。それから、再度こちらを向く。

「そうね、それがないと言ったら嘘になるわ」

 キャロルがいい、エミもコクリと頷いた。

「だよなぁ……」

「でも勘違いしないで。私は自分を安売りするつもりはないわ。アルヴィンに期待するところがあるのは事実だけど、全部をアルヴィンに依存するつもりはないわよ」

「私も。自分を研鑽する事は、怠らないつもり」

 キャロルに続いて、エミもそう言った。

「そうかぁ、うん、それは立派だと思うし、結構なことなんだけど……」

「なによ、さっきから、はっきりしないわね」

 キャロが焦れたように言う。

 うーん、いや、そうだな。この際、言っちまうか?

「あのさ、俺が別の世界から転生してきたって言ったら、2人は……いや、3人共、信じるか?」

「は?」

 あまりにとーとつ過ぎたのか、キャロルとエミの目が瞬時に点になった。
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