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第2話 最強ライバル登場!?

Chapter-08

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「なんか……自分の出身大学より上の大学で講義するってのは緊張するな」

 弘介が、戯け混じりに、自分で自分の身体を抱えるようにして、寒さで震えるような仕種をしながら、そう言った。

「まーだ言ってんのかよ」

 朱鷺光が、そう言って苦笑した。

「大丈夫大丈夫、中の学生の質までそんなに変わるわけでもないから」

 苦笑したままの朱鷺光が言う。

 朱鷺光の出身大学で、ロボットテクノロジーのミニ・カンファレンスが開かれることになり、朱鷺光と弘介はそれに講師の立場で参加することになっていた。

 朱鷺光はその手の仕事に慣れていたが、今回は、駆動系に関する内容も含まれることになっているため、弘介も普段の仕事を離れて参加することになったのだった。

「それに、お前さんだって大学院出てるんだし、気後れすることねーって」

 朱鷺光は言いつつ、デジタルデバイス・キャリングバッグを開けて、中の荷物を確認する。

 KED製のWindowsタブレット、ポータブルHD-DVDドライブ、USB用映像出力ユニット。それにカンファレンス用データの入ったHD-DVD RAM。

 ちなみに、株式会社KカネボウEエレクトリックDデバイスは、旧カネボウグループの電子情報機器部門を分社した上で左文字JEXグループが株式を引き受けた、カネボウ半導体株式会社の、さらに100%子会社になる。
 カネボウの電子情報機器部門を引き受ける際に、ブランド名としてカネボウを引き継ぐことは前提としたものの、現在のカネボウグループとは資本関係にない。カネボウ半導体はその後、2008年にエルピーダメモリを吸収合併している。

 HD-DVDは映像メディアとしては一時期不利だったが、データ用メディアとして、プレ◯ステー◯ョン2を下したドリームキャストの後継機、ドリームキャストII2用にセガとつるんでバラまいたことで急激に普及し、ブルーレイディスクを下して大容量映像・データメディアの座を勝ち取った。

 閑話休題。

「まさかプロジェクターはあるだろうから、それは用意しなくても大丈夫だよな」

 朱鷺光が苦笑しながら言う。

「けど、念の為ケーブルは両方持っていったほうが良いぜ?」
「ん、そうだな」

 弘介の言葉に、朱鷺光は、旧いタイプのVGAケーブルと、HDMIケーブルとをそれぞれカバンに詰め込んだ。

「よし、じゃあ行きますか、と」

 カバンを閉めた朱鷺光は、そう言って立ち上がる。

 朱鷺光と弘介は作業部屋から出て、1階の渡り廊下を通って一旦リビングに出る。

「ファイ、そろそろ行くぞ」
「はい、大丈夫です」

 ファイは、ラフすぎない程度にカジュアルな装いで朱鷺光達を待っていた。
 朱鷺光と弘介の装いも、似たようなものである。

「オムリン姉さんは、連れて行かないんですか?」

 ファイが、意外そうに訊ねた。
 オムリンは、普段、朱鷺光のボディガードのような存在でもあるのだ。

「んー、学生たちにオムリンに興味持たれちゃうと、いろいろ厄介じゃない?」
「ああ、まぁ、それは言えてますね」

 朱鷺光が、困ったような苦笑を浮かべて言うと、ファイは、それに同意した。

「それに、そんじょそこらの相手だったら、ファイでも充分だろ?」
「まぁ、それはそうかも知れませんが」


 R.Seriesで一般にその存在が公開されているのは、R-0[COMMASTER]とR-2[THETA]、R-3[FAY]のみである。
 R-1[OMURIN]と、R-4[EPSILON]は、それが存在している事自体は知られているものの、詳細なプロフィールは隠されている。

 というのも、シータやファイが汎用人間型ロボットであるのに対し、この2体は用途が特殊だからだ。

 イプシロンは朱鷺光が情報収集の為に造ったロボットであり、性能面ではシータやファイと大差ない。
 が、データを記録するために自身のシステム用とは別にデータストレージを持っている。
 また、アンテナが格納式で一見ロボットに見えないようにしてあるのもそのためである。

 そしてオムリンは、メインシステムの他に、補助演算システムとしてERFPGA電気的再構成可能デバイスと、その管理用のサブCPUを組み合わせた『Library STAGE』、そしてボディは駆動系統を多重化している、現在のところ世界で唯一の戦略級戦闘用人間型ロボットなのである。


 とは言えシータやファイも、戦闘機としての能力は一部オミットしているとは言え、オムリンの発展型、暴漢や強盗と言った人間の犯罪者などに負けるわけはないし、そんじょそこらの戦術級戦闘メカよりも格闘性能は上である。

 だからファイも、自分がいれば充分だと思ってしまった。
 ────身の安全に関しては。

 ともあれ、朱鷺光は、弘介とファイと共に、出入り口に使っている掃き出しから──ではなく、玄関から外に出て、ガレージの方に移動する。

 朱鷺光のファーストカーであるFA型ドミンゴGS-S。
 朱鷺光が運転席に、弘介が助手席に乗る。後ろのスライドドアを開けて、ファイがそこに乗った。
 キャリングバッグは、ファイが持っている。

 スバルEF12型エンジンを始動する。
 運転席には本来のメーターパネルの右上に、Defi製のタコメーターとオートゲージ製のブースト計が取り付けられている。
 ドミンゴのエンジンにはボルトオンターボが取り付けられていた。

 エンジンを暖気しつつ、朱鷺光はジャケットの胸ポケットから禁煙パイプの箱を取り出して1本咥えた。弘介は、

「サザンに変えるぞ」

 と、カーオーディオがCD-Rに焼いたアニソンを流していたのを、サザンオールスターズの曲が入ったカセットテープに切り替えた。

 ちなみにカーナビは、外付のポータブルタイプがついている。

「でっぱーつ」

 3分間エンジンを回したところで、朱鷺光はマニュアルトランスミッションのギアを1速に入れ、最初はおとなしい走りでガレージから、庭を通って道路へと出ていった。


 ニンテンドーGDSは3DSの後継として発売された、任天堂の携帯ゲーム機だ。
 それで、珍しくシータと、オムリンで『マリオカートGDS』で通信対戦のレースをしていた。
 オムリンはローソファにしっかり座ってそれを操作しているが、シータはまるで人間のプレイヤーのように、ゲーム中のステアリング操作に合わせて身体を傾かせていた。

「くっ、姉さん、コースに慣れてるわね」
「光之進とよく対戦しているからな」

 1レース終わったところで、シータの言葉に、オムリンがそう答える。

「って……ああ、いけない」

 シータが、気がついたように声を上げた。

「どうした?」

 オムリンが問いかける。

「朱鷺光が頼んでいた資料用の本が、届いているから取ってきてくれって言われてたの忘れてたわ」

 シータが、GDSのディスプレイを畳みながらそう言った。

「どこの本屋だ?」
「駅ビルの本屋」
「解った。それなら私も行こう」

 シータの答えを聞くと、オムリンもGDSを畳んで、ローテーブルの上に置いて、立ち上がった。

「姉さんが?」

 一瞬、キョトン、としたように聞き返したシータだったが、

「ファイに、夕食の材料の買い出しを頼まれているのだ」
「ああ、そういうことね」

 と、オムリンの答えを聞いて、納得の声を出した。

「よし、じゃあちゃっちゃと行ってきちゃいますか」

 シータとオムリンは2人揃って家を出る。
 ガレージに向かい、それぞれ自転車に乗って庭から道路へ出る。
 シータが乗っているのはオムリンのそれと同じ丸石ホットニュースALだが、こちらは妙ちきりんな改造はされていない。

 左文字家の本来の最寄り駅は筑波学園線の駅だが、荒川沖駅とそれほど離れていない上に都心方面への利便性がよくないことに加え、地域が自動車社会であることも加わって、こちらは駅そのものとコンビニくらいしかない。

 その筑波学園線に並行する県道を通って、国道を越えて、荒川沖ステーションビルにたどり着いた。
 ショッピングセンター部の、生鮮食品売り場は1階、書店は6階にあった。左文字家側から見ると、食料品売場は線路の反対側に位置するため、一度連絡通路のある3階まで上がる必要があった。

「シータ、待ち合わせにしよう」

 小型のエスカレーターで上がっていく途中、オムリンがそう提案した。

「え、良いけど……こっちは受け取るだけだから、大して時間かからないわよ?」

 シータが、下の段にいるオムリンを振り返って、意外そうに言った。

「だが、食料品売場でお前は役に立たないだろう?」
「姉さん……いくらなんでもストレートに言わなくてもいいと思うの……」

 オムリンの言葉に、シータはしょげたような声を出した。

「でもまぁ、それでいいわ。私もマンガかなんかちょっと見たいし」

 シータが、少し考えるように口元に指を当てつつ、そう言った。

「それなら、3階のエレベーターホールの前で待ち合わせにしよう」
「了解」

 オムリンの提案に、シータはそう答えた。

 3階までのその小型エスカレーターを降り、1階から7階までを貫く方のエスカレーター通路へと、売り場の通路を移動する。

「じゃ、行ってくるわね」

 シータはそう言って、上へ向かうエスカレーターへのって行った。
 オムリンは、その反対側に──向かわず、シータが完全に視界から出たところで、駆け出した。

 オムリンのアンテナが受信した、R.Seriesの反応。シータのものではない。パーソナルレターは「UNKNOWN」が返って来ていた。

 オムリンは、3階のバックヤードに飛び込む。

 ──いる、近くに!

 業務用エレベーターに飛び込む。
 このエレベーターは、屋上階まで行くことができるようになっていた。

 ──クライアント、システムリビジョンチェック。

 オムリンは、UNKNOWNに対し、ソフトウェアの情報を返すように発信する。
 返答はないかと思っていたが、応答はあった。R.OS、Ver0.8。

 ──Ver0.8!?

 このバージョンは、オムリンしか使っていないはずだった。
 エレベーターが最上階に達し、扉が開く、その直前。

 バキィッ

 エレベーターの天井を破って、そいつは飛び込んできた。

「何……」

 オムリンが、珍しく、驚きの声を上げる。

 と同時に、開いたエレベータの扉から、そのまま塔屋部からの出入り口を破るようにして、屋上の床に飛び出し、構える。

 先程まで「UNKNOWN」だったパーソナルレターの情報が、更新される。

 DR29 PATIA

 オムリンは、既にホルスターから抜いたスタンスティックを手に、塔屋部の方にいるその存在に対して、構える。そして、呟くように言った。

「DR29号……だと……」
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