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第2話 最強ライバル登場!?

Chapter-07

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 常磐高速度交通網、荒川沖駅。

 土浦市の中核市街地は、常磐線の1つ下り方の土浦駅だが、株式会社常磐高速度交通網、そして株式会社左文字JEXホールディングスの本拠地は、この荒川沖駅のステーションビルとなっている。

 クルマで5分も走れば田んぼが見えてくる田舎にはそぐわない、13階建ての高層ビルで、1階から5階までの一部は駅施設、2階から6階までは、1999年のグループ再編以降、左文字JEXグループの一員となった、スーパーマーケット・長崎屋をキーテナントとするショッピングセンター、7階はレストラン・フードコート、8階から12階までがオフィス区画、13階は仮眠室・出張者などの簡易宿泊施設になっていた。
 隣接する形で、3層の立体駐車場が備わっている。

 駅としては、常磐線の他、1985年の科学万博開催時に開業した筑波学園線の起点駅となっているが、こちらは2005年により利便性の高い首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス線が開業してからは、少し閑散としており、東京メトロ千代田線の代々木上原方面から、筑波大学附属病院の最寄り駅である天久保駅までの直通電車が毎時2本ある他は、筑波山の観光入り口である筑波山口駅を経由して筑波線岩瀬まで行く気動車が2~4両で走っている。

 余談だが、この筑波山口駅が2005年までの筑波駅で、現在のつくば駅はそれまで筑波学園中央駅と呼ばれていた。

 閑話休題、上野駅から土浦駅までの私鉄最長の複々線──その後のバブル期の宅地開発を見越してのものだったとも、光之進と当時まだ健在だった六光の見栄だったとも言われる──が終わる一つ前のこの駅に、“特別快速”の大型前面サボを掲げた15両編成の電車が進入してくる。
 既にラッシュ時間は過ぎているが、丁度東京方面に通勤客を運んできた後の引き上げだ。付属編成の前7両は、土浦駅で切り離される。

 電車は基本8両が1,127両も製造した挙げ句、古い車両を末永く大切に使いましょう計画などと揶揄されるほど現在も主力の307系。
 もっとも車体はオールステンレス製で、回生ブレーキも備えているのだが。
 付属7両は、一応最新鋭と呼ぶべきVVVFインバーター制御の331系で、両者の混成となっていた。両者とも今どきの通勤型電車には珍しい片開き扉を片側4ヶ所もっている。

 その扉が開くと、1人の人物?が、他の乗客とともに、ホームに降り立った。透き通るような銀髪を持っていた。


 左文字家。
 朱鷺光が。ガレージで、トヨタ タウンエースバン・HEのオイル交換をやっていた。
 タウンエースの車体には、小牛田屋酒店と書かれていた。小牛田は雪子の旧姓、つまり雪子の実家のクルマである。

 自称・超天才、左文字朱鷺光が次世代自動車用エンジンとして目をつけたのは水素エンジンだった。
 長谷口弘介とのコンビでマツダの13Bロータリーエンジンをベースに実用的な水素エンジンに仕立て上げてしまった。

 さらに左文字JEXグループの燃料元売である水浜すいひん石油株式会社を使って水素ステーションを全国に建設し、同じく次世代自動車として覇を争っていたEV電気自動車との競争に打ち勝った。

 やはりグループ傘下の神谷自動車工業が、既存のガソリン車をベースに、エンジンをスワップ交換する形で製造している(実際にはエンジンを搭載していない形で神谷自工に納品される)。
 基本的にスズキ車だが、スズキが造っていないカテゴリのクルマは、トヨタやマツダから供給を受けている。

「朱鷺光さーん」

 古いオイルの抜き取りとフラッシングを終えた朱鷺光が、キャビン側から新しいオイルを入れていると、家の母屋の掃き出しの方から、ファイの声が聞こえてきた。

「んー?」

 朱鷺光が、一旦オイルジョッキーを持ち上げて、開けっ放しにしてあった助手席のドア越しに、ファイの方に視線を向ける。

「イプシロン、帰ってきましたよ」
「ああ、おう、今丁度終わるところなんだ、すぐ行くから、作業部屋で待っててもらってくれ」

 ファイの言葉に、朱鷺光はそう言うと、やや急角度にオイルジョッキーを傾けて、残りのオイルを入れた。
 エンジン上部のオイルキャップを閉めて、キーのささったイグニッションを回し、エンジンを指導させる。
 HE13Bスーパーチャージド・水素Hydrogenロータリーエンジンが、レシプロピストン式エンジンとはまた違った独特の爆音を立てる。
 朱鷺光はギアを抜いたままアクセルを2度ほど吹かして、回転数を上げて、その音に異常がないことを確かめた。

 エンジンを止め、エンジンフードであるシートをもとに戻し、開けっ放しにしてあった扉を閉める。オイルジョッキーを傍らの床に置いてから、朱鷺光は母屋に向かった。

「悪い、シータ、廃油とか片付けといてくれるか?」

 朱鷺光は、出入り口になっている掃き出しから家に上がると、タービンブラシのシャープ製サイクロン掃除機でリビングの掃除機がけしていたシータに、そう言った。

「あいよー」

 シータはそう言って、一旦掃除機を止めて、その場にスタンド状態にすると、朱鷺光と入れ替わるように、ガレージに向かっていった。

「あれ? オムリンは?」

 朱鷺光が、そう言いながらキョロキョロとリビングを見回す。

「作業部屋の整理をしててもらってたんで、もう、そっちにいますよ」

 台所の方から、ファイの声が聞こえてきた。

 それを聞いて、朱鷺光は、リビングから1階の渡り廊下を通って、別棟の作業部屋へ向かった。
 朱鷺光が作業部屋に入ると、普段とっ散らかしている作業部屋の機器類が、コンテナに整理されていた。
 そして、座布団を敷いて、オムリンと、先程、荒川沖の駅に降り立った銀髪の女性が座っていた。

「そんで、なんか解った? シロ?」

 朱鷺光は、自分の作業用のミニタワー自作PCの前の、OA座椅子に腰掛けると、それでくるりと後ろを向いて、女性とオムリンの方を向きつつ、そう言った。

 銀髪は、前髪は耳を出した外ハネ、後ろ髪は伸ばした女性が、朱鷺光に向かって、言う。

カンパニーCIA、なんかやってますね」

 女性──R-4[EPSILONイプシロン]がそう答えた。
 見た目は、20代くらいの女性だが、番号で分かる通り、ファイの次に製作されたR.Seriesである。
 ただ、特徴的なセンサーユニットは露出していない。

 長ったらしい名前のせいか、それとも女性らしくないからか、爽風や澄光が“シロちゃん”と略して呼び始め、いつの間にか朱鷺光自身にも伝染しうつってしまっていた。

「やっぱし?」

 朱鷺光は、そう言うと、作業用PCの傍らに置いてあった箱を取り、その中から1本取り出すと、口に咥えた。
 タバコではない。シトラス系の禁煙パイプだった。

 そもそも朱鷺光は、タバコは吸わない。どちらかと言うと嫌煙家なのだが、その一方で弘介らから「禁煙パイプ中毒患者ジャンキー」などと呼ばれている。

「はい、ただ、それだけじゃないような感じなんです」
「っていうと?」

 イプシロンの言葉に、朱鷺光は、禁煙パイプを一度口から離してから、聞き返す。

「むしろカンパニーがクッションにされてるっていうか、背後に別の存在がいる感じなんですよね」
アメリカ政府ホワイトハウスや大使館じゃなくてか?」

 イプシロンの答えに、朱鷺光は、訝しげな顔をして聞き返した。

「はい。もっと別の主体を持った存在が、今回のことに関与しているみたいです」
「うーん……まぁその線は俺も疑ってはいたんだけどな」

 イプシロンが言うと、朱鷺光は、腕を組んでうなりながら、禁煙パイプを咥えて首をひねる。

「コムスター、こっちの経路追跡はどうだ?」
「芳しくないな」

 朱鷺光の言葉に、コムスターが答える。

「us.govドメインのIPが混ざり込んでるから、イプシロンの言葉は確かなようだが、それ以外にも広範囲のIPでアタックされていて、どれが本命なのか、まだ追跡しきれない」

 コムスターが答えると、朱鷺光は立ち上がって、メインフレームのアシスト用Linuxサーバである、PC用マザーボードをフルタワーケースに収めたコンピュータの傍らに立った。

「こいつの」

 朱鷺光が、フルタワー機の天板に手を置くようにして、トントンと指で叩く。

「セキュリティを突破して、メインフレームGSのディスク覗いたやつだ。それもコムスターにバレないうちにな。技術的にそんじょそこらの人間じゃないのは解っているんだが……」
「心当たりはないんですか?」

 イプシロンが、どこか不愉快そうな朱鷺光に向かって、そう訊ねた。

「まMITマサチューセッツ工科大学の連中でも出入り口のサーバー突破するだけならともかく、コムスターにバレないでってなるとな。もちろん、チャイナやロシアの連中にできるとは思えないし。ただ単純に、技術的にできるとすれば」

 朱鷺光は、そこで一旦ため息をついてから、咥えていた禁煙パイプを指で挟んで口から離す。

「ずばり、波田町のオッサンぐらいしか心当たりが無いわけだが」

 そう言って、朱鷺光は戯け混じりに苦笑した。

「それなら、一番疑わしいのではないのか?」

 それまで黙っていたオムリンが、朱鷺光に聞き返す。

「確かにそれはそうなんだけど、あのオッサンがこういう手でくるかなぁと思うと……」
「確かに、あまり搦手は使いたがらないかもしれないな」

 朱鷺光が、難しいような気の抜けたような顔をしてそう言うと、コムスターが答える。

「でも、何があるかわかりませんし、嫌疑があるなら、調べてみた方が良いかもしれません」

 イプシロンが、真剣な表情でそう言った。

「それもそうなんだよね……シロ、悪いけどもうひと働き頼んで良い?」
「了解しました」

 朱鷺光が苦笑しつつ言うと、イプシロンも笑みになりつつ、そう言った。

「コム兄さん、ここまでの解析結果と突き合わせてもらっていいですか?」
「解った」

 イプシロンが言うと、コムスターが答える。

 すると、イプシロンのボリューミーな後ろ髪の中から、オムリンのヘッドギアのようなそれや、シータやファイのバータイプとも異なる、板状のアンテナ/センサーユニットが飛び出してきて、左右両側に、ネコ耳のような位置に展開した。

「…………」

 イプシロンが、軽く目を閉じて、コムスター、というか、コムスターが管理しているメインフレームとアクセスを始める。

「オムリン」

 その間に、朱鷺光は、オムリンに視線を向けて、名前を読んだ。オムリンがそれに応じて、朱鷺光に視線を向ける。

「もし波田町教授が関係しているとすれば、だいたい狙いはお前さん関連だろうから、それだけは心得といてくれや」
「承知した」

 朱鷺光の言葉に、オムリンはそう答えたが、

「だが、どんな手段を使ってくるかの推測が難しいな」

 と、付け加えるように言う。

「そうなんだよねぇ、オッサンの目的はオムリンを物理的に超えることだし、オムリンにクラッキングかけて勝っても、意味がないんだよなぁ、それで困っちゃってんのよ」

 朱鷺光もそう言って、禁煙パイプを咥え直すと、腕組みをして考え込んでしまう。

「朱鷺光、波田町教授にパトロンがいるとは考えられないか?」

 コムスターがそう言ってきた。

「あ……そうか、あの人学会じゃ干されてるし」

 波田町は、自律人間型ロボットの“発明者”であり、博士号も持っている朱鷺光に対し、あんまりに敵愾心をむき出しにする上、しつっこい為に、ロボット工学の学会からは距離を取られ、城南大学という、工科大学としてはFランクの大学で、月給取りの教授をしていた。

 だが、その収入だけでは、朱鷺光……というか、オムリンに対抗するメカの製作費を捻出できるとは思えない。

「久しぶりとは言えあんなもんDR28号製作してきたんだし、誰かスポンサーが付いた可能性は高いな」

 朱鷺光が、表情を険しくしてそう呟いたところで、イプシロンがアンテナを格納位置に戻し、髪を手櫛で整えた。

「シロ、その線であたってみてくれるか?」

 朱鷺光が険しい表情のままで言うと、イプシロンはそれに答える。

「わかりました。ちょっと、調べてみますね」
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