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第2話 最強ライバル登場!?

Chapter-11

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「よーし、これでシータも修理終わりっと」

 指関節の超音波ウルトラソニックモーターを交換していた弘介が、精密ドライバーでそれを組み上げると、元あったようにコネクタに差し込む。
 そして、そのから、上から、無機質なゴムのようになっている外皮を被せる。

「ソフトウェアチェック、run、と」
「ハードウェアチェック、よし、と」

 朱鷺光が、作業用の自作PCで、弘介が、PowerMacで、それぞれチェックプログラムを走らせる。

「コンディション、オールグリーン、問題なし、と」

 朱鷺光が、そう言って、OA座椅子ごと、弘介の方を振り返る。
 弘介が覗き込んでいた、床に置いてしまっているPowerMacのコンデションチェック画面も、全て、緑色の表示が踊った。
 弘介も、朱鷺光の方を振り返って、右手の親指を上げてみせる。

「コムスター、外部電源カット」
「了解」

 シータのボディに、最低限のチェック機能を働かせるために送られていた電源が、コムスターによってオフにされる。

 朱鷺光と弘介は、本来ヒト耳があるべき部分の左側の後ろに生えたバーアンテナの基部から伸びたEthernetケーブル1本を残し、シータに接続されていた整備用のケーブルを、全て外した。
 外したケーブルは、スパイラルワイヤーによって、天井へと引っ張られていく。

 そして、それまで接続されていたケーブルが出入りしていたメンテナンスハッチを、それぞれ、閉めていく。

「よし、起動するぞ、電源入るぞ、気をつけろ」
「了解」

 朱鷺光が言い、弘介が答える。弘介はシータの近くにはいつつも、に直接触れないようにする。
 朱鷺光は、文字ベースの作業用PCから、コマンドラインに、命令を打ち込む。


 Startup ROS


 コマンドを打ち込んだ朱鷺光の右手が、最後に、ターン、と、サンワサプライ製のセミコンパクトキーボードのEnterキーを、鳴らすように叩いた。



 Starting R.OS Ver1.2
 copyright T.Samonji 2006-2011
 Upper MEMORY 32MB OK
 Lower MEMORY 131040‬MB OK
 Storage File System check...NO PROBLEM
 I/O Pinging checksum...NO PROBLEM
 Complete Operating system Starting.

 Run up R-AI Application Ver1.0
 Loaded A.I. Database Files...complete
 PERSONAL LETTER R-2 [THETA]
 Sequencer calling...Condition GREEN
 Ended Starting step and Begin Running.



 シータの表皮も、オムリン同様、無機質なゴムだったようなものが、ボディの電源が立ち上がると、瑞々しい人間の肌のようになる。
 文字による起動シークェンスの表示が終わると、自動的に、朱鷺光のPCの上のコンソール画面が閉じる。

「ん……あ……修理、終わらせてくれた?」
「なんとかな」

 メンテナンスデッキの上のシータが、上体を起こしながら言うと、朱鷺光は、そう答えた。
 シータが、繋がっていたEthernetケーブルを、自ら外す。弘介が近寄って、バータイプのアンテナ/センサーの、基部のカバーを、上から下にスライドさせるようにして、閉じた。

「さて……と」

 朱鷺光は、作業用PCの時計表示を見た。
 16時を、少し過ぎた時間を、示している。

「もうこんな時間か……」
「腹減ったな……昼、抜いちまったし」

 朱鷺光が言うと、弘介が、疲れ混じりの様子で首を傾げながら、自分のお腹を押さえた。

「どうする? ファイもまだ用意してないだろうし、どっか食いに行くか?」
「疲れてるけど、いや、疲れたから、ちょっとガッツリ行きたいな」

 朱鷺光が提案すると、弘介は、賛同するように、自分の要望を口にした。

「じゃあ……ちょっと開いてるし、とんQ行くか」
「いいねぇ……」

 『とんQ』は、筑波研究学園都市に本店がある、とんかつ屋の名前だった。
 ボリュームのあるとんかつは、味も一級品と名高い。

「私は、溜まってる家事やらないと、洗濯物とか溜まってるだろうし」

 シータはそう言った。

「掃除は、ファイとオムリンで、分担してやってたみたいだが。洗濯物は、全然やってなかったわけでもないけど、ちょっと溜まっちゃってるかな」

 朱鷺光は、シャープ製の7kgのタテ型洗濯機の横に積まれた、洗濯物を思い出しながら、そう言った。
 通勤や通学に必要な、ワイシャツなどは、ファイとオムリンで分担してやっていたのだが、部屋着や普段着、寝間着の類が、洗われずに残っていた。

 そもそも、オムリンも前々日の夜に修理が終わったばかりで、その間、ただでさえ腕白ざかりが3人もいて大変な家事雑用を、ファイが、1人でこなしていたのだ。

「了解、張り切っていきまっしょい」

 シータは、メンテナンスデッキから立ち上がると、気合を入れるようにして、そう言った。


 作業部屋から出ると、シータは早速、洗濯機と乾燥機のある浴室の脱衣所へと向かっていった。
 一方。

「おーい、オムリーン」

 朱鷺光が、声を出して呼ぶと、庭への出入り口になっている掃き出しから、

「なに?」

 と、姿を表し、朱鷺光に訊ねてきた。

 どうやら、庭の草木を、手入れしていたらしい。
 本来は、これも、普段なら、シータの仕事なのだ。

「いや、晩飯、外に食いに行くから、付き合ってくれよ」
「了解した」

 朱鷺光が言い、オムリンはそれに返事をした。

「ファイ、俺と朱鷺光は外で食べてくるから、晩飯いらないわ」
「あ、解りましたー」

 弘介は、キッチンにいるファイに対して、そう声をかけた。
 ファイが、いつもの柔和な笑顔で、返事を返してくる。

 それから、朱鷺光と弘介は、オムリンを連れて、玄関から、外に出て、ガレージへと向かった。

「さて、たまには、こいつも動かしてやるかな」

 朱鷺光は、そう言って、ドミンゴではなく、コレクションである初代・三菱 コルト600の運転席に向かった。

 仮にも平成のクルマであるドミンゴと違って、昭和39年製のコルト600に、集中ドアロックなどという気の効いたものは、ついていない。
 朱鷺光は、自身が運転席に収まってから、助手席ドアのロックを開けた。

 弘介が助手席の扉を開くと、先にオムリンが、後部座席に収まるために、先にフロントシートを前に倒して、乗り込もうとする。
 そのフロントシートは、助手席・運転席とも、RECARO製のものに、交換してあった。

 すっぴんなら、貴重なヴィンテージカーであるコルト600だが、朱鷺光は、しっかり弄り倒してしまっていた。
 シンプル極まりないメーターパネルの左上には、やはり、タコメーターとブースト計がついている。
 コルト600には、機械ルーツブロワ式のスーパーチャージャーをつけていた。
 更には、前輪のブレーキも、旧い軽の部品を使って、ディスクブレーキにしてある。

 ちょうどオムリンが座席に乗り込んだ時、2ストエンジンの爆音を立てながら、爽風のRG250Γが、入ってきた。

「あれ、どっか行くの?」

 爽風は、被っていた、アライ製のCT-Zというシールド付きオープンフェイスヘルメットの、シールドを上げて、弘介と、運転席の朱鷺光に向かって、訊ねた。

「いや、俺達、昼抜きでさっきまで作業しててさ」

 弘介が答える。

「で、これから、『とんQ』行くところなんだ」
「あー、私もついて行っていい?」

 『とんQ』、と聞いて、爽風も顔色を変えた。

「いいけど……」

 と、弘介はいいかけて、視線を、助手席のドアの開口部越しに、朱鷺光に向ける。

「4人なら、ドミンゴ出したほうがいいんじゃないか?」
「そうだな、そうするか」

 朱鷺光は、すでにコルトのエンジンを始動させてしまっていたが、弘介の問いかけに、肯定の返事を返す。

「いや、いいよ、私は、これでついていくから」

 そう言って、爽風は、RG250Γのエンジンを、軽く空ぶかしした。

「よし、そう言う事なら、それで行きますか」

 弘介が言い、助手席に乗り込んで、ドアを閉めた。
 コルトが先行するように、ガレージから、庭を通って道路へと出る。爽風のRG250Γが、それを追いかけていった。



 『とんQ』は、行政区分上は、左文字家のある土浦市のとなり、つくば市にあった。
 と言っても、左文字家からは、クルマで15分程度の場所である。
 自動車社会のこのあたりでは、特に離れた場所とは言えなかった。

 『とんQ』に着くと、平日の、17時前だと言うのに、すでに案内待ちができていた。

「えっと、4名様、禁煙席で、と」

 朱鷺光は、そう言って、待合受付の端末に、入力する。

 少し遅れて、抜いだライダースーツを抱えた、学校の制服姿の爽風が、入ってきた。

 しばらくすると、ウェイターロボットが、朱鷺光達を呼びに来た。

「4名様デオ越シノれーべれひた様、オラレマスデショウカ?」

 神鳥谷ひととのや精密工業製の、130cmくらいの高さで、頭が台になっている『フラットヘッドシリーズ』と呼ばれるウェイターロボットが、そう言った。

「あ、はいはい」

 と、朱鷺光が、声を上げる。

「またオタクネタか……」

 爽風が、呆れたような、ジトッとした視線を、朱鷺光に向ける。

「まぁまぁ、もう、諦めて」

 弘介が、フォローになってないフォローで、爽風を落ち着かせようとする。

「オ座敷ノオ席デ宜シケレバ、ゴ用意デキマスガ、ヨロシイデショウカ?」
「ああ、うん、それでいいよ」

 ウェイターロボットの質問に、朱鷺光が答える。

「カシコマリマシタ。ソレデハ、ゴ案内イタシマス」

 ウェイターロボットに案内されて、朱鷺光達は、店のフロアの奥の方の、座敷の席に案内された。

「ゴ注文ガ決マリマシタラ、オ席ニアルぼたんデ、おーだー係ヲオ呼ビクダサイ」

 ウェイターロボットは、そう言って、おしぼりとお茶を用意して、立ち去ろうとする。

「あ、すみません、ふたつは、お冷にしてもらえますか?」
「カシコマリマシタ」

 朱鷺光が、言うと、ウェイターロボットは、そう言って、今度こそ去っていった。

 朱鷺光は、猫舌の上、コーヒーは飲めるが、茶葉は、タンニンが駄目なのか、お茶のたぐいを、味覚が受け付けなかった。
 オムリンは、もとより、お茶など飲んでも、ただ、排出されるだけだった。
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