上 下
35 / 65
第6話 Night Stalker (II)

Chapter-34

しおりを挟む
「私と話せるのが、そんなに興奮するようなことなのか?」

 オムリンは、珍しく、少し意外そうな表情をして、そう言った。

『それは当然よ、世界で初めての、人工知能を搭載した完全人間形態ロボットガイノイドと会話ができるんだもの!』

 画面の中のナホは、きゃいきゃいと、若い少女がはしゃぐように声を出していた。

 いや、実際、オムリン達は理解していないが、ナホのコピー元である真帆子は、まだまだ20代の若い女性なのだが。
 そんな事を言ったら、朱鷺光達など30代といういい歳になって、あの生活態度である。

「いや……私はガイノイド──アンドロイドとしては試作機に過ぎない。最初の完成されたガイノイド、アンドロイドは妹のシータだ」
『それでもよ、左文字朱鷺光博士の人工知能と会話ができるなんて光栄なことだわ』

 オムリンは、少し怪訝そうな様子でそう言ったが、ナホは、興奮したままの様子で、やはり、そう言う。

「それに、朱鷺光の作った人工知能なら、私の兄、R-0[COMMASTER]とは、Twitterやチャットで会話できるはずだが……」
『彼と話したことももちろんあるわ、もっとも、私の方は匿名で、だけどね』

 オムリンの言葉に、ナホにそう答えられて、オムリンは小首をかしげるような仕種をする。

「それでも、私と話したかったのか?」
『もちろん。秘密のヴェールに包まれた、左文字朱鷺光製作の人間形態ロボット第1号、その人工頭脳が、どんな人物なのか──つまり、どんな人格を持っているのか、知りたかったもの』

「そう言ってくれるのはいいが、大して面白くはないと思うぞ」
『あら、それを決めるのは、私の方だと思うわ』

 オムリンが問いかけるが、ナホは、あくまでオムリンが気になるという姿勢を、崩さない。

「だが、うーん……そうだなぁ。この場合、何の話をすればいいんだろうか」
『そうね、ありきたりだけど、好きなものの話とか?』

 オムリンが少し困ったような声を上げて、そう言うと、ナホは、提案するように、そう言った。

「私の好きなものか。妹や弟達という答えでいいのかな」
『へぇ、R-1は、姉弟想いなのね』

 オムリンの答えに、ナホは、感心したような、意外というような、声を出した。

、妹や弟の方がより人間らしく、高性能と言える、それは解っているのだけど」
『それでも、妹さんや弟さんは、R-1にとって可愛いんでしょ?』
「そうだ。私は、なにがあっても、妹や弟達を守る」

 オムリンのいつもはニュートラルな表情が、改めて決意するかのように、少しだけ真剣なものになる。

『あとは他になにか話題は……普段はなにをして生活しているのかしら?』
「そうだな」

 オムリンは、パティアとの模擬戦による自己研鑽……と答えかけて、やめた。
 このナホが、パティアの事を知っているとは、限らないからだ。

「家庭用ゲーム機で、光之進こうのしんと対戦していることがよくある、だろうか」
『光之進って、左文字光之進? 左文字JEXグループ名誉会長の?』
「その光之進だ。ただ、名誉会長に退いてから、普段は家にいることが多いから、私が格闘ゲームやパズルゲームの対戦相手になっている」
『へぇ、意外』

 オムリンの答えを受けて、ナホは、画面の中で少し驚き、意外そうな顔をした。

『光之進会長がゲームをやるっていうのも意外だけど、R-1がその相手をしているっていうのがもっと驚きだわ』
「私だって、ゲームに興味がないわけではないぞ」

 ナホが、驚いて唖然としたようなままの様子で言うのに対して、オムリンはそう答えた。
 パティアが来る以前の、自己研鑽の手段の1つだったのは事実だが、興味がないものをわざわざやるほど酔狂でもない。

『今オススメのゲームってある?』
「そうだな、定番になってしまうが、『THE KING of FIGHTERS C-S-S 2022』と、『大乱闘スマッシュブラザーズ 2021』かな」
『oh……どちらもMk.Xのタイトルね……PC用ソフトだったら、私も遊べないこともなかったんだけど』

 オムリンの答えを聞いて、画面の中で、ナホは顔を手で覆うようにしてそう言った。

「パソコン向けか……FPSなら何タイトルかプレイしたこともあるが、これは是非おすすめできる、というものは、私にはないな」
『それじゃあしょうがないわね』

 オムリンが、困ったように、少しだけ眉間にシワを寄せてそう言うと、画面の中のナホは、苦笑しながら、そう言った。

『うーん、趣味の話が合わないとなると、急に話題がなくなっちゃうわね』
「それなら、私の方から、質問させてもらってもいいか?」

 ナホが、困ったようにそう言うと、オムリンは、自分の方から、話題を振った。

『ええ、いいわよ、何?』
「ナホは、一体、どこの誰が作り出したA.I.なんだ?」

「お、オムリン、それは……」

 オムリンがその質問をすると、それまで2人のやり取りを、スマホを持ちながら見ていた、澄光が、少し慌てたように、声を出した。

『何澄光君、慌てているの? 別にどうしても隠さなきゃならないことじゃないわ』

 ナホは、澄光にそう言ってから、

『ウィクター・ドーンドリア大学、脳科学研究室の人工知能研究分室で製作されたわ』
「Project MELONPARKによるものか」

 ナホが出自を明らかにすると、オムリンはその名前を出して問い返した。

『ええ、よく知っているのね』
「朱鷺光が情報を集めているからな」
『なるほど』
 ナホの言葉に、オムリンが答えると、ナホは納得したような声を出した。

「このクライアントの計画もProject BAMBOOのもの、というわけだな?」
『その名前まで調べ上げちゃっているのね、左文字博士は』

 オムリンの問いかけに、画面の中のナホは、直接回答はしなかったものの、肯定するように言い、やれやれといった感じでため息をついた。

「そのアバターの容姿からすると、ニューラルネットワークのモデルとなったのは平城真帆子、だな?」
『そんなことまで解っちゃうのぉ!?』

 オムリンが真剣そうな表情をしてそう言うと、ナホは驚いたような声を出した。

「私自身が、本人にも会ってきたばかりなんだ」
『なるほどね、それじゃバレバレよね』

 オムリンの答えに、ナホは苦笑する。

「ところで、私の名前をちゃんと知っているようだが、その綴りもわかるか?」
『ええ、一応は知ってるけど……』
「その綴りを言ってみてくれるか?」
『え? オー、エム、ユー、アール、アイ、エヌ、よね?』

 今度は、オムリンの問いかけに、ナホが答えた。

『珍しいわよね、この場合Uを抜いてもオムリンで成立するのに、わざわざヘボン式表記でUを入れてるのって』

 ナホは、どこか物珍しそうな表情で、そう言った。

 ──私の名前を知っていて、しかもその事に気がついていて、何もないと言う事は、やはり、このナホの製作者は本当に何も知らないということか?

 オムリンは、口には出さずにそう考えた。

 R.SeriesがR.Seriesと呼ばれる所以。
 それが、オムリンの名前の中に隠されていた。

『ううん、そうね、とりあえずお互い、自己紹介は出来たし、R-1はなにかの作業の途中だったみたいだし、今日はこれぐらいでいいかしら?』
「急ぎの用事というわけではないが……了解した。また何か機会があったらその時話そう」

 ナホの提案に、オムリンはそれを肯定するように言いつつ、ナホに対して敵対的な態度は見せなかった。

『ああ、そうだ、R-1』
「何?」

 オムリンが澄光の部屋を出ていこうとすると、ナホがオムリンを呼び止めた。

『いざ我らくだり、かしこにて彼らの言葉を乱し、互いに言葉を通ずることを得ざらしめん』
「…………」

 ナホの言葉に、オムリンが僅かに動きを止める。

「旧約聖書の一文だな。だけど、なんで今?」
『え……あ、あの……何だったのかしら。あなたに伝えなければならない言葉のような気がしたの』
「? 奇妙な話だな」

 結局、その場は、それだけ言葉をかわして、別れることになった。


 数時間後。
 すでに、左文字家の家人は眠りについている時間だった。
 朱鷺光も自室で、布団の上にタオルケットをかけて寝ている。
 その横で、オムリン、シータ、ファイ、それに今はパティアが、四幅よの布団の上で、やはりタオルケットをかけて寝ていた────のだが。

 むくり、と、オムリンが起き上がり、そのまま、朱鷺光の部屋から、出ていった。

 別棟の階段を下り、朱鷺光の作業部屋へ向かう。

 オムリンは、作業部屋の朱鷺光のPCを起動すると、普段、自身のメンテナンスに使うイーサケーブルを、自ら左側のアンテナ・センサー基部のカバーを外し、そこにあった端子に接続する。

「? オムリン、なにをやっているんだ?」

 驚いたように、コムスターが訊ねる。
 彼は、ハードの余裕から、ほとんど睡眠の必要はなかった。

 それに対し、オムリンは、パソコンでTelnetを起動する。

「捕まえた……」
しおりを挟む

処理中です...