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第7話 Night Stalker (III)

Chapter-37

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 307系電車の、片開き4扉の転換クロスシートの車内で、到着するのを待つ。

『まもなく、荒川沖、荒川沖です』

 車内アナウンスが流れたところで、隣り合って座っていたイプシロンと、平城真帆子は、立ち上がって扉の前へと移動する。

 電車はブレーキをかけて減速しながら、荒川沖駅の常磐線ホームに滑り込む。
 完全に停車したところで、空気式ドアエンジンのプシューッっという音がし、片開きの扉が開いた。

 イプシロンと真帆子は、ホームに降り立ち、そこそこの数の、他の降車客と一緒に、中央改札へと向かった。
 イプシロンが後ろにつくかたちで真帆子をエスコートしながら、2人で自動改札の並ぶ改札口へと向かう。

 すると、改札機の向こう側に、朱鷺光と、よく似た顔を持つ、少し身長の違う女性が2人、待ち構えるようにしていた。

「よう、ご苦労さん」
「朱鷺光さん、お待たせしました」

 朱鷺光が言うと、イプシロンが返事をするようにそう言った。

「あなたが、左文字朱鷺光博士……」
「あなたが、平城真帆子さんだな」

 真帆子は、男性としてはあまり身長の高くない朱鷺光を見て、呟くようにその名前を読んだ。
 それに対して、朱鷺光はやはり、小柄な真帆子をあまり極端に見下さない位置から、その名前を確認するように言った。

「なるほど、たしかにあのナホのアバターにそっくりだな……」
「朱鷺光さん、女性に対してその見方は失礼ですよ」

 朱鷺光は、しげしげと真帆子を見ながら呟くように言う。
 すると、イプシロンが、朱鷺光に注進するように、苦笑しながらそう言った。

「え、あ、ああ、失礼」
「構わないわ」

 朱鷺光が、慌てたようにそう言って頭を上げると、真帆子は苦笑しながら朱鷺光を流し目で見た。

「そういう左文字博士も……一番出回っているのはR-2が発表されたときのニュース動画が一番有名だけど、特に違和感ないわね」
「いやもう、30も後半戦に入ってくると、若く見られるのは別に悪い気がしないんだよな」

 言い返すように真帆子が言ったが、朱鷺光は苦笑しながらそう言った。

「そして、ええと、R-1、がこっちだったわよね」

 真帆子は、以前に会ったことのあるオムリンの方を見て言った後、

「それで、こっちが……」
「DR29[PATIA]だ。よろしく」

 顔はオムリンとそっくりだが、身長がスラリと高めなパティアの方を見ると、パティアは自ら名乗って右手を差し出した。

「本当に、R.Seriesのコピーなのね」
「うん、そうなる」

 真帆子が、パティアの握手を握り返しながら、問いかけると言うより唖然としたような様子で言うと、パティアはそう応えた。

「一体誰があなたを作ったの?」
「波田町直也。城南大学理工学部で教授をしていた人物だ」

 真帆子は、未だに信じられない、という感じで、パティアをまるく開いた目で見ながらそう言った。
 すると、パティアはニュートラルな口調でそう言った。

「へぇ、できたらその人にも会ってみたいものだわ」
「できたら、ね……」

 真帆子が苦笑気味に言う言葉に、朱鷺光は少し困ったような顔をした。
 その状態で、朱鷺光はポケットから龍角散エチケットパイプの箱を取り出し、1本咥えた。

「ちょっと、ここは禁煙なんじゃない? 分煙を守れない人間はどうかと思うけど?」

 真帆子が、表情を曇らせた様子で、朱鷺光を咎めるようにそう言った。
 すると、朱鷺光は禁煙パイプを指でつまんで口から離しながら、言う。

「これは禁煙パイプだよ。ニコチンもタールも入ってない。俺は、タバコはあんまり好きじゃないんだ」
「タバコが好きじゃないのに禁煙パイプを咥えるのね……」

 朱鷺光が悪戯っぽく笑いながらそう言うと、真帆子が少し呆れたようにそう言った。

「とりあえずうちに行こう。詳しい話はそれからだ」

 朱鷺光は、そう言って促すと、禁煙パイプを咥え直し、歩き始めた。

「ええ、解ったわ」

 朱鷺光が先頭を歩き、その背後に真帆子が着いていく。
 その真帆子の右側をオムリン、左側をパティア、後ろにイプシロンがつくかたちで、歩いていく。

 3階の連絡通路を通って、立体駐車場へと向かう。
 そのまま第3層に停められた、朱鷺光のドミンゴのところまで移動した。

「軽バン……?」
「いや、一応1200ccなんだけど……」

 それを見て、驚いたような顔をする真帆子に対し、朱鷺光は少し辟易としたような苦笑を浮かべながら、そう言った。

「それでも、企業複合体の御曹司ってぐらいだから、もっと豪華なクルマに乗ってるものだと思ってたわ」

 真帆子は、唖然としたまま、イプシロンに促されるようにして、左側のスライドドアの前に向かう。

「俺あんまりデカい車好きじゃないの」

 朱鷺光はそう言いながら、キーでドミンゴのドアロックを開ける。

 朱鷺光が運転席に収まり、イプシロンが助手席に乗り込んだ。
 スライドドアを開いて、パティア、真帆子、オムリンの順番に乗り込み、セカンドシートにパティアと真帆子、オムリンがサードシートに収まった。

 朱鷺光は、エンジンを始動させる。

「さっきの、パティアの生みの親の波田町直也教授の件なんだけどな」

 エンジンがアイドリングした状態で、朱鷺光は運転席と助手席の間から後ろを振り返り、そう切り出した。

「残念だが、もう会うことはできない」
「それってどういう……」

 朱鷺光の、深刻そうな表情での言葉に、真帆子は眉を潜めるようにしながら聞き返す。

「朱鷺光、私に気を使わなくていい」

 パティアが、そう言ってから、自ら、

「殺害された」

 と、淡々と答えた。

「それで、アンタも狙われる可能性があったから、イプシロンに迎えに行かせたってわけなんだ」
「一体どういうこと? なぜ私が狙われなければならないの? いえ、そもそもその波田町とかいう教授も、なぜ殺されなければならなかったの?」

 朱鷺光が言うと、真帆子は矢継ぎ早の言葉遣いで聞き返すように言った。

「詳しいことは、家についてからまた話すことになると思うけど」

 朱鷺光は、そう前置きしてから、

「俺のサーバからR.Seriesのデータをぶっこ抜いたは良いが、それが原因で警察に目をつけられた。それで情報のリークを恐れた連中が波田町教授を消した」

 と、そこまで説明すると、ドミンゴのギアを入れる。

 駐車スペースにバックする形で停めていたドミンゴは、階層式立体駐車場の中を進み、出口のスロープを下がっていった。

「私はそんなことはしていないわ! 犯罪と言えるような行為もしていないし、何も、直接あなた方の損失につながることは何もしていないはずよ」

 真帆子が、身を乗り出すようにして、朱鷺光に食って掛かるように言う。

「だろうな、俺はアンタが直接、やったとは思っていない。だけどナホはそれを実際に……やらされちまった」

 朱鷺光は、前を向いてドミンゴを走らせながら、険しい表情でそう言った。

「ナホが? 一体、どういうこと?」

 真帆子が、驚いたように聞き返す。

「詳しいことは、着いてから話すよ」

 朱鷺光は言う。

 ドミンゴは、常磐線の立体交差をくぐって駅の西側に出て、国道を渡り、左文字家のある住宅街へと走っていった。


「これはまた」

 門をくぐって庭先に入ってきたドミンゴから、真帆子は降り立ち、呆然としている。

「日本でも有数の企業体の一族なんでしょう? 敷地は多少、広いみたいだけど、どんな豪邸なのかと思ったら、普通の家が少し大きくなった程度じゃない」
「皆さんそういうんですよねぇ」

 真帆子が呆れたように言うと、イプシロンがそう言って苦笑した。

「起きて半畳寝て一畳、じゃないけど、生活に不便感じてないならそれなりの家で充分だろ」

ドミンゴから降りてきた、朱鷺光がそう言った。

「ところで、本題なんだが」

 朱鷺光は、玄関に移動しながら、切り出した。

「自我を持った人工知能を、洗脳することって可能だと思うか?」
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