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第7話 Night Stalker (III)
Chapter-41
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「もうっ、みんな起きなさいよっ!」
「は、はいっ!」
真帆子は、そんな怒声に叩き起こされた。
「…………?」
そこは、あまり慣れない、和室だった。
シャッター雨戸の隙間から、陽の光が漏れてきている。
その6畳間で、客用の布団を敷いてもらって、真帆子は寝ていた。
その枕元に、フリップ式の卓上時計が置いてある。
──そうか、私……
真帆子は、己の置かれている状況を理解する。
そこは、左文字家の、朱鷺光の部屋の隣りにある、来客用の寝室だった。
明らかに真帆子より年をとっているその、電池式のシチズン製クォーツ時計4RD600は、しかし、割と正確に時を刻んでいた。
表示は、7:26。
7時半にあわせて、その時計のアラームをセットしておいたが、アラームのボタンを解除し、布団から起き上がった。
扉を開けると、客間の正面になる、2階の渡り廊下の、母屋側の端で、こちらに背中を向けて、腰に手を当てて憤慨したような様子を見せている、少女──の姿があった。
頭にネコミミ、R-2だ。
「あ、ごめん、起こしちゃいました?」
真帆子が、客間の扉を開閉した音を訊くと、シータのネコミミがパタパタと動き、それから、真帆子の方を振り返って、申し訳無さそうにそう言った。
「毎朝、こんな騒ぎなの?」
「そーなの、みんな一度で起きてきたためしないんだから」
真帆子が苦笑しながら訊くと、シータは呆れたようなため息交じりにそう言った。
「大変なのね」
「まぁ、今に始まったことじゃないから、儀式みたいなものなんですけどね」
真帆子がクスクスと笑いながら言うと、シータも笑い飛ばすようにしつつ、苦笑しながらそう言った。
「ところで、職場に電話をしておきたいのだけど、借りられるかしら?」
「えっと、家の電話だったら、そっちの階段を降りたところにありますよ」
真帆子の問に、シータは、母屋の階段を指して、そう答えた。
真帆子の携帯電話は、何らかの細工をされている可能性が高い、と、朱鷺光が預かり、電磁遮蔽のボックスの中に保管していた。
「ありがとう、借りるわね」
真帆子が、シータに礼を言って、母屋の階段へと歩みをすすめる。
──R.Seriesは、左文字家の人間にとって、本当に家族そのものなのね……
真帆子が、そんなことを思いながら、母屋の階段を降りていくと、それらしきものがあった────が、それを見て、思わずそのままコケそうになった。
載っている台は、下の段にヒューレット・パッカードのインクジェット複合機が載っていることから、間違いなくそれなのだが、肝心の電話機そのものは、昭和日本のご家庭を席巻したあの黒いボディのスタイル──“黒電話”こと、電々公社601-A2形自動電話機だった。
「えっと……今、にせんにじゅう…………年、よね?」
真帆子は脱力しつつも、電話機の受話器を上げる。
真帆子の年代だと、すでにダイヤル電話機を恒常的に使ったことがなく、扱えない人間も居るくらいだが、真帆子は普通に、ダイヤルを回して、相手の電話番号をコールした。
呼び出しの音そのものは、別に携帯電話と変わるわけではない。
4コールほど置いて、取手中央高校の事務員が電話に出た。
「あ、もしもし、私、講師の平城真帆子ですが……」
『平城さんですね、あら?』
取中高の事務員は、電話越しに、意外そうな声を出した。
真帆子は、その様子に、表情を怪訝そうに、険しくする。
『平城さんは、昨日の夜、ご所属の大学から連絡があり、急遽、アメリカに渡らなければならないとの連絡を受けていますけど』
「そうでしたか、すみません、私本人からの連絡が遅れてしまって。急いでますので、これで、失礼します」
『はい、お気をつけて』
真帆子は、事務員とそうやり取りをして、電話機の受話器をもとに戻した。
「どうなっていましたか?」
「ひゃっ!」
いきなり、横から声をかけられて、真帆子は驚いたような声を出してしまう。
そこに、御飯用のしゃもじを持ったファイがいた。
「すみません、脅かしてしまいましたか」
「い、いえ、いいのよ……ただ……」
謝るファイに、気にしないように言いつつ、真帆子は顎を抱え込んで考え込むようなポーズになる。
「なにか、あったんですか?」
「昨日の夜、大学から連絡があって、取手中央高校の講師を引き上げると連絡が来ていたそうだわ」
真帆子の言葉を聞いて、ファイも怪訝そうな顔をする。
「それは……多分」
「ええ、私が急に出勤しなくなって、捜索願でも出されたら厄介だからでしょうね」
ファイが重々しく言いかけると、真帆子はそう答えた。
「そうでなくても、茨城県警は淳志さん達がピリピリしてますしね」
「そうね」
重々しい声で会話をしつつも、なんとなくと言った感じで、2人は台所に入ってきてしまった。
「え、と、なにか朝食をご用意いたしますか?」
はっと、ファイは気がついたように、真帆子に問い質す。
「いえ、別にそういうわけじゃ、あ、でもトーストか何か用意できるなら」
「あ、はい、では、用意しますから、居間の方へ言って、ちょっと待っててください」
真帆子にリクエストされると、ファイはそう言いつつ、炊きあがったばかりの御飯を、昭和なRR-07VSガス炊飯器の内釜を一旦引っこ抜き、タイガー製の保温専用電子ジャーに移す。
「あ、私も、何か手伝ったほうが良いかしら?」
「いえ、ここは私の仕事場みたいなものですので、お気になさらなくて、大丈夫ですよ」
真帆子の言葉に、ファイは、そう答えつつ、電子ジャーの蓋を閉めたものの、
「ああ、お願いしてよろしいのでしたら、この電子ジャーを居間のダイニングテーブルの方に持っていっていただけますか?」
「解ったわ」
真帆子は、ファイに答えて、そう言って電子ジャーを抱え、キャスター付きのダイニングテーブルが広げられているリビングへと入った。
ダイニングテーブルの上に電子ジャーを下ろし、キョロキョロとすると、茶箪笥の隙間からテーブルタップの差し込み口が出てきていたので、そこに電子ジャーのコンセントを繋いだ。
電子ジャーの通電ランプが点灯する。
一方のファイは、その間、まずガス炊飯器の内釜をざっと洗うと、2発目の洗ってあった7合の米を、水とともにそこに入れ、炊飯器本体にセットし、点火ボタン、続いて炊飯ボタンを押した。
それから、ヤマザキ『ダブルソフト』のパックと、冷蔵庫から取り出した『常陽酪農ソフトバター』と書かれたカップバターを持って、台所からリビングへと入る。
「あ、座っててくださって大丈夫ですよ」
「ああ、ええ、ちょっと考え事をしていたものだから」
ファイが、どこか険しい表情をしつつ、ダイニングテーブルの前で立ち尽くしていた真帆子に、そう言うと、真帆子は、我に返るようにして、そう言った。
ファイは、真帆子に席を勧めつつ、キャビネットからEasyHomeブランドの2階建てオーブントースターを取り出すと、ダイニングテーブルの上において、その横にパンとカップバターを下ろした。
「朱鷺光さんの推理が、やはり気になりますか」
ファイは、電子ジャーと同じテーブルタップにオーブントースターのコンセントを差しつつ、折りたたみ式のダイニングチェアに腰を下ろす真帆子に、そう訊ねた。
「ええ……」
『Project MELONPARKの技術面での筆頭担当者は私なのよ、私抜きで別のサーバを作ることなんて──』
『居るんだよ、1人な』
真帆子が、ありえない、と言おうとすると、それを遮って、朱鷺光は、短く、しかしはっきりそう言った。
そこから先は、真帆子にも想定のつくものだった。
──でもそうだとしたら、……まさか、そんな……!
真帆子は、不安と、疑念と、ある種の憤りとが、ないまぜになって、表情がついつい険しくなってしまう。
「大丈夫ですよ」
ファイが、その真帆子を、安心させるかのように、言った。
「ここには姉さん達がいるんです、そんな簡単に、手出しはできません。それに、黒幕も、朱鷺光さんや淳志さん達が調べ上げるでしょう」
「は、はいっ!」
真帆子は、そんな怒声に叩き起こされた。
「…………?」
そこは、あまり慣れない、和室だった。
シャッター雨戸の隙間から、陽の光が漏れてきている。
その6畳間で、客用の布団を敷いてもらって、真帆子は寝ていた。
その枕元に、フリップ式の卓上時計が置いてある。
──そうか、私……
真帆子は、己の置かれている状況を理解する。
そこは、左文字家の、朱鷺光の部屋の隣りにある、来客用の寝室だった。
明らかに真帆子より年をとっているその、電池式のシチズン製クォーツ時計4RD600は、しかし、割と正確に時を刻んでいた。
表示は、7:26。
7時半にあわせて、その時計のアラームをセットしておいたが、アラームのボタンを解除し、布団から起き上がった。
扉を開けると、客間の正面になる、2階の渡り廊下の、母屋側の端で、こちらに背中を向けて、腰に手を当てて憤慨したような様子を見せている、少女──の姿があった。
頭にネコミミ、R-2だ。
「あ、ごめん、起こしちゃいました?」
真帆子が、客間の扉を開閉した音を訊くと、シータのネコミミがパタパタと動き、それから、真帆子の方を振り返って、申し訳無さそうにそう言った。
「毎朝、こんな騒ぎなの?」
「そーなの、みんな一度で起きてきたためしないんだから」
真帆子が苦笑しながら訊くと、シータは呆れたようなため息交じりにそう言った。
「大変なのね」
「まぁ、今に始まったことじゃないから、儀式みたいなものなんですけどね」
真帆子がクスクスと笑いながら言うと、シータも笑い飛ばすようにしつつ、苦笑しながらそう言った。
「ところで、職場に電話をしておきたいのだけど、借りられるかしら?」
「えっと、家の電話だったら、そっちの階段を降りたところにありますよ」
真帆子の問に、シータは、母屋の階段を指して、そう答えた。
真帆子の携帯電話は、何らかの細工をされている可能性が高い、と、朱鷺光が預かり、電磁遮蔽のボックスの中に保管していた。
「ありがとう、借りるわね」
真帆子が、シータに礼を言って、母屋の階段へと歩みをすすめる。
──R.Seriesは、左文字家の人間にとって、本当に家族そのものなのね……
真帆子が、そんなことを思いながら、母屋の階段を降りていくと、それらしきものがあった────が、それを見て、思わずそのままコケそうになった。
載っている台は、下の段にヒューレット・パッカードのインクジェット複合機が載っていることから、間違いなくそれなのだが、肝心の電話機そのものは、昭和日本のご家庭を席巻したあの黒いボディのスタイル──“黒電話”こと、電々公社601-A2形自動電話機だった。
「えっと……今、にせんにじゅう…………年、よね?」
真帆子は脱力しつつも、電話機の受話器を上げる。
真帆子の年代だと、すでにダイヤル電話機を恒常的に使ったことがなく、扱えない人間も居るくらいだが、真帆子は普通に、ダイヤルを回して、相手の電話番号をコールした。
呼び出しの音そのものは、別に携帯電話と変わるわけではない。
4コールほど置いて、取手中央高校の事務員が電話に出た。
「あ、もしもし、私、講師の平城真帆子ですが……」
『平城さんですね、あら?』
取中高の事務員は、電話越しに、意外そうな声を出した。
真帆子は、その様子に、表情を怪訝そうに、険しくする。
『平城さんは、昨日の夜、ご所属の大学から連絡があり、急遽、アメリカに渡らなければならないとの連絡を受けていますけど』
「そうでしたか、すみません、私本人からの連絡が遅れてしまって。急いでますので、これで、失礼します」
『はい、お気をつけて』
真帆子は、事務員とそうやり取りをして、電話機の受話器をもとに戻した。
「どうなっていましたか?」
「ひゃっ!」
いきなり、横から声をかけられて、真帆子は驚いたような声を出してしまう。
そこに、御飯用のしゃもじを持ったファイがいた。
「すみません、脅かしてしまいましたか」
「い、いえ、いいのよ……ただ……」
謝るファイに、気にしないように言いつつ、真帆子は顎を抱え込んで考え込むようなポーズになる。
「なにか、あったんですか?」
「昨日の夜、大学から連絡があって、取手中央高校の講師を引き上げると連絡が来ていたそうだわ」
真帆子の言葉を聞いて、ファイも怪訝そうな顔をする。
「それは……多分」
「ええ、私が急に出勤しなくなって、捜索願でも出されたら厄介だからでしょうね」
ファイが重々しく言いかけると、真帆子はそう答えた。
「そうでなくても、茨城県警は淳志さん達がピリピリしてますしね」
「そうね」
重々しい声で会話をしつつも、なんとなくと言った感じで、2人は台所に入ってきてしまった。
「え、と、なにか朝食をご用意いたしますか?」
はっと、ファイは気がついたように、真帆子に問い質す。
「いえ、別にそういうわけじゃ、あ、でもトーストか何か用意できるなら」
「あ、はい、では、用意しますから、居間の方へ言って、ちょっと待っててください」
真帆子にリクエストされると、ファイはそう言いつつ、炊きあがったばかりの御飯を、昭和なRR-07VSガス炊飯器の内釜を一旦引っこ抜き、タイガー製の保温専用電子ジャーに移す。
「あ、私も、何か手伝ったほうが良いかしら?」
「いえ、ここは私の仕事場みたいなものですので、お気になさらなくて、大丈夫ですよ」
真帆子の言葉に、ファイは、そう答えつつ、電子ジャーの蓋を閉めたものの、
「ああ、お願いしてよろしいのでしたら、この電子ジャーを居間のダイニングテーブルの方に持っていっていただけますか?」
「解ったわ」
真帆子は、ファイに答えて、そう言って電子ジャーを抱え、キャスター付きのダイニングテーブルが広げられているリビングへと入った。
ダイニングテーブルの上に電子ジャーを下ろし、キョロキョロとすると、茶箪笥の隙間からテーブルタップの差し込み口が出てきていたので、そこに電子ジャーのコンセントを繋いだ。
電子ジャーの通電ランプが点灯する。
一方のファイは、その間、まずガス炊飯器の内釜をざっと洗うと、2発目の洗ってあった7合の米を、水とともにそこに入れ、炊飯器本体にセットし、点火ボタン、続いて炊飯ボタンを押した。
それから、ヤマザキ『ダブルソフト』のパックと、冷蔵庫から取り出した『常陽酪農ソフトバター』と書かれたカップバターを持って、台所からリビングへと入る。
「あ、座っててくださって大丈夫ですよ」
「ああ、ええ、ちょっと考え事をしていたものだから」
ファイが、どこか険しい表情をしつつ、ダイニングテーブルの前で立ち尽くしていた真帆子に、そう言うと、真帆子は、我に返るようにして、そう言った。
ファイは、真帆子に席を勧めつつ、キャビネットからEasyHomeブランドの2階建てオーブントースターを取り出すと、ダイニングテーブルの上において、その横にパンとカップバターを下ろした。
「朱鷺光さんの推理が、やはり気になりますか」
ファイは、電子ジャーと同じテーブルタップにオーブントースターのコンセントを差しつつ、折りたたみ式のダイニングチェアに腰を下ろす真帆子に、そう訊ねた。
「ええ……」
『Project MELONPARKの技術面での筆頭担当者は私なのよ、私抜きで別のサーバを作ることなんて──』
『居るんだよ、1人な』
真帆子が、ありえない、と言おうとすると、それを遮って、朱鷺光は、短く、しかしはっきりそう言った。
そこから先は、真帆子にも想定のつくものだった。
──でもそうだとしたら、……まさか、そんな……!
真帆子は、不安と、疑念と、ある種の憤りとが、ないまぜになって、表情がついつい険しくなってしまう。
「大丈夫ですよ」
ファイが、その真帆子を、安心させるかのように、言った。
「ここには姉さん達がいるんです、そんな簡単に、手出しはできません。それに、黒幕も、朱鷺光さんや淳志さん達が調べ上げるでしょう」
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