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僕の誠実
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「シルヴィア・バルディストン! お前との婚約を破棄する!!」
卒業式を終えた夜、祝いの夜会でエリオット第一王子はそう叫んだ。
僕は側近としてそばにいながら、対峙しているシルヴィア姉さんを見つめる。
「……理由を、お聞かせいただけますか?」
「お前が王家に対し、不誠実な態度を崩さないからだ」
他国から『王家への忠義に厚い一枚岩のような強固な国』と恐れられる我が国では、裏切りや不誠実は瑕疵と言えた。
実際、他の国に比べると売国奴や不倫のような罪への刑罰がずっと重く恐ろしい。王家に対し不誠実というのは、証明が難しくて罪にはならずともこの国の貴族社会では致命的となるだろう。
本当のところは、エリオット殿下が子爵令嬢に恋したからだがそれを理由にはしない。婚約者への誠実さを問われればこっちが不利になるからだ。
実際に人前で子爵令嬢と話したのも最初の一回のみ。あとは図書室の影だとか、夜会の廊下だとか。人目につかないように、後ろ指を差されないように、僕が指示を出すことでうまくやってきた。
「不誠実……?」
「お前からは敬意が感じられない。私とのダンスは教師のよう、執務はなんの雑談もなく、茶会に至るまで相談もないうちに勝手に決めた。お前はどこまでも独りよがりだ」
「私は私の仕事をしております。お茶会の茶葉は何がいいとか、花は何を使うとか、そういったご相談を逐一しろとおっしゃるのですか?」
「内容がどうではない! 夫婦となる上での歩み寄りがないと言っている! これではいずれ、国を導く立場となった時に必ず大事に至る!」
もしシルヴィア姉さんがそういった相談を殿下にしていた場合は、「なんでもかんでも尋ねてきて、自分で決められない王妃ではなりたたぬ」と言うつもりだった。
「聞けば、屋敷でも独善的だと聞く」
そう言って殿下が僕を見る。
僕はまっすぐにシルヴィア姉さんの目を見て言った。
「僕の作法が少しでも至らないと、父上の前ですぐに否定した。父上が学園での僕らの成績を尋ねられても、いつも姉さんは先に自分の成績をおっしゃった。どれも些細なことかもしれません。でも、まるでひけらかすかのようで、僕は悲しかった。父さんの愛情が僕に向かっているのがそんなに不満でしたか…?」
「ひけらかす? 首位であることを伝えるのが、ひけらかすことになるの?」
「ほら、そうやって。家にいるというのに、まるで点数をつける講師のようで、僕は……」
「……シルヴィア。お前は周りへの誠意というものが欠けている」
「いえ、僕のことはいいんです……」
殿下の言葉に首を振り、僕は訴えかけるように一歩前に出た。
「姉さん、『我が一族は公の場において王家の資質を示す者なり』という教えを守るつもりならば、殿下を何よりも立てることを優先したはずです。その権威と、素晴らしさを皆に知らしめたはず。
なのに殿下よりも自分が目立つことで愉悦を感じるのでは、お役目に反します…!」
「……………それくらいにしておきなさい」
扇子を広げた姉さんが口元を隠す。それが動揺を隠しているかのように僕には見えた。
「あなた。私に、我が家の教えを説くつもり…?」
「僕が次期当主として、学び続けてきたことまで否定なさるのですか!」
「………」
ふう、と姉さんは僅かに視線を下げた。
「これだから、分家の者を家に入れるのは嫌だったのよ……」
「なっ!!」
カッと頭に血が上る。
だけど僕が言うよりも先に、殿下や他の側近たちが叫んだ。
「なんてことを言うんだ!」
「身内にすら歩み寄れないのか!」
姉さんよりもずっと僕を想ってくれているその怒りに、上った血が少し下がり、胸の方が熱くなる。僕は彼らの方に「ありがとうございます」と頭を下げた。
「いいんだ。辛かったな、オスカー」
「殿下……
っ、……姉さん。準備はすでに整えております。殿下との婚約破棄の書類はここに用意してありますし、そこで支払われる金銭も計算しております」
「父上も王家への不誠実となれば納得するだろう」
「それと、殿下のご配慮で姉さんの次の嫁ぎ先候補もいくつか用意してあります」
「とはいえ、同年代の高位貴族は既に婚約を結んでいる。残念だが、隣国の貴族か国有数の商家から選んでもらうことになる…」
辺りがざわめく。
隣国の貴族とは言うが、結局は後妻であり年齢も上の者ばかり。商家に至っては平民を意味する。
「ですが、姉さんの冷たい気性にも耐えてくれるだけの人生経験を積んだ方ばかりです」
「……それらを、あなたが整えたわけね」
「ええ。準備は全て整えました」
手際がいい、と僕を称える声が聞こえた。例え姉さんに非がなくとも、これが貴族社会だ。
シルヴィア嬢は負けたのかという囁きが確かに聞こえ、僕は胸の中が晴れ渡る思いだった。
あの日、姉さんが僕を本家に入れるのを反対した日からずっと、この瞬間のために僕はいままで頑張ってきたんだと思った。
周りのざわめきが喝采にすら聞こえ始め、最後にもう一言、引導を渡そうと息を吸い込んだ瞬間。
パアンッ!
姉さんの閉じた扇子が、その手に打ちつけられ大きな音を立てた。
あまりの気迫に、僕は言いかけた言葉を飲み込んだ。
卒業式を終えた夜、祝いの夜会でエリオット第一王子はそう叫んだ。
僕は側近としてそばにいながら、対峙しているシルヴィア姉さんを見つめる。
「……理由を、お聞かせいただけますか?」
「お前が王家に対し、不誠実な態度を崩さないからだ」
他国から『王家への忠義に厚い一枚岩のような強固な国』と恐れられる我が国では、裏切りや不誠実は瑕疵と言えた。
実際、他の国に比べると売国奴や不倫のような罪への刑罰がずっと重く恐ろしい。王家に対し不誠実というのは、証明が難しくて罪にはならずともこの国の貴族社会では致命的となるだろう。
本当のところは、エリオット殿下が子爵令嬢に恋したからだがそれを理由にはしない。婚約者への誠実さを問われればこっちが不利になるからだ。
実際に人前で子爵令嬢と話したのも最初の一回のみ。あとは図書室の影だとか、夜会の廊下だとか。人目につかないように、後ろ指を差されないように、僕が指示を出すことでうまくやってきた。
「不誠実……?」
「お前からは敬意が感じられない。私とのダンスは教師のよう、執務はなんの雑談もなく、茶会に至るまで相談もないうちに勝手に決めた。お前はどこまでも独りよがりだ」
「私は私の仕事をしております。お茶会の茶葉は何がいいとか、花は何を使うとか、そういったご相談を逐一しろとおっしゃるのですか?」
「内容がどうではない! 夫婦となる上での歩み寄りがないと言っている! これではいずれ、国を導く立場となった時に必ず大事に至る!」
もしシルヴィア姉さんがそういった相談を殿下にしていた場合は、「なんでもかんでも尋ねてきて、自分で決められない王妃ではなりたたぬ」と言うつもりだった。
「聞けば、屋敷でも独善的だと聞く」
そう言って殿下が僕を見る。
僕はまっすぐにシルヴィア姉さんの目を見て言った。
「僕の作法が少しでも至らないと、父上の前ですぐに否定した。父上が学園での僕らの成績を尋ねられても、いつも姉さんは先に自分の成績をおっしゃった。どれも些細なことかもしれません。でも、まるでひけらかすかのようで、僕は悲しかった。父さんの愛情が僕に向かっているのがそんなに不満でしたか…?」
「ひけらかす? 首位であることを伝えるのが、ひけらかすことになるの?」
「ほら、そうやって。家にいるというのに、まるで点数をつける講師のようで、僕は……」
「……シルヴィア。お前は周りへの誠意というものが欠けている」
「いえ、僕のことはいいんです……」
殿下の言葉に首を振り、僕は訴えかけるように一歩前に出た。
「姉さん、『我が一族は公の場において王家の資質を示す者なり』という教えを守るつもりならば、殿下を何よりも立てることを優先したはずです。その権威と、素晴らしさを皆に知らしめたはず。
なのに殿下よりも自分が目立つことで愉悦を感じるのでは、お役目に反します…!」
「……………それくらいにしておきなさい」
扇子を広げた姉さんが口元を隠す。それが動揺を隠しているかのように僕には見えた。
「あなた。私に、我が家の教えを説くつもり…?」
「僕が次期当主として、学び続けてきたことまで否定なさるのですか!」
「………」
ふう、と姉さんは僅かに視線を下げた。
「これだから、分家の者を家に入れるのは嫌だったのよ……」
「なっ!!」
カッと頭に血が上る。
だけど僕が言うよりも先に、殿下や他の側近たちが叫んだ。
「なんてことを言うんだ!」
「身内にすら歩み寄れないのか!」
姉さんよりもずっと僕を想ってくれているその怒りに、上った血が少し下がり、胸の方が熱くなる。僕は彼らの方に「ありがとうございます」と頭を下げた。
「いいんだ。辛かったな、オスカー」
「殿下……
っ、……姉さん。準備はすでに整えております。殿下との婚約破棄の書類はここに用意してありますし、そこで支払われる金銭も計算しております」
「父上も王家への不誠実となれば納得するだろう」
「それと、殿下のご配慮で姉さんの次の嫁ぎ先候補もいくつか用意してあります」
「とはいえ、同年代の高位貴族は既に婚約を結んでいる。残念だが、隣国の貴族か国有数の商家から選んでもらうことになる…」
辺りがざわめく。
隣国の貴族とは言うが、結局は後妻であり年齢も上の者ばかり。商家に至っては平民を意味する。
「ですが、姉さんの冷たい気性にも耐えてくれるだけの人生経験を積んだ方ばかりです」
「……それらを、あなたが整えたわけね」
「ええ。準備は全て整えました」
手際がいい、と僕を称える声が聞こえた。例え姉さんに非がなくとも、これが貴族社会だ。
シルヴィア嬢は負けたのかという囁きが確かに聞こえ、僕は胸の中が晴れ渡る思いだった。
あの日、姉さんが僕を本家に入れるのを反対した日からずっと、この瞬間のために僕はいままで頑張ってきたんだと思った。
周りのざわめきが喝采にすら聞こえ始め、最後にもう一言、引導を渡そうと息を吸い込んだ瞬間。
パアンッ!
姉さんの閉じた扇子が、その手に打ちつけられ大きな音を立てた。
あまりの気迫に、僕は言いかけた言葉を飲み込んだ。
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