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Sideアーヴァイン1

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 温泉の所在を教えてマリアベルを遠ざけることには成功したアーヴァインは、国の重鎮や信頼できるロンド達のような人間を集めて会議を行っていた。
 商人ギルドの最奥部、スパイなどが立ち入れない閉鎖空間に設置された円卓に全員が座っている。

 議題はずばり、

「ブレナバン王国に何もしない作戦、ですか。殿下、何ですかこの作戦名は」

 重鎮の一人が訊ねたところでアーヴァインは大きくうなずいた。

「マリィ——マリアベルと約束したから、ブレナバンへの積極的な軍事介入は行わない。が、正直俺ははらわたが煮えくり返っている」

 アーヴァインの言葉に応じるかのように、横にいたロンドが資料を配る。
 そこには、ロンドがツテを使って集めた『ブレナバン王国での聖女の扱い』に関する情報だ。
 アーヴァインの部下が足した情報も入っており、戦争を経験した者ですら絶句するような事実が書き連ねられていた。

「……何だこれは」
「聖女を何だと思っているんだ?」
「……人間の考えることじゃないだろう」
「あんな幼気いたいけな少女になんと惨いことを……」

 重鎮たちの中でも幼い子を持った者たちがあからさまに顔をしかめる。すでに目を通し終えているアーヴァインの腹心たちも、怒っているのは一緒だ。
 むしろ実際にマリアベルと接する機会が多かった分だけ怒りもひとしおである。

 書類を読み終えた軍務大臣が円卓を叩いた。

「殿下! ご命令いただければ今すぐにでも開戦を——」
「しないと言っただろう」
「ですが、このような悪行がまかり通る国、存在しているだけで世界を乱します!」
「あまりにも非道すぎる! 貴族の矜持どころか、人間としての良心まで捨てたか!」
「もはや人ではありませんな。根絶やしにすることこそ正義かと」

 怒りを露わにする首脳部に、アーヴァインが鋭い視線を向けた。
 その瞳の奥は怒りに燃えていた。この場にいた誰よりもアーヴァインの方が激怒しているのだ。
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