まおうさまは勇者が怖くて仕方がない

黒弧 追兎

文字の大きさ
17 / 28
白い痛み

17話

しおりを挟む
「あーん」
「ぁ、ん」

 広がる脂の味に舌鼓を打つセーレは違和感に首を傾げるが、また運ばれる焼き魚に口を開ける。丁寧に骨を取られた身が食べやすくて、丸ごとは食べないことを知った。

「あーん、」
「んむ、」

「はは、可愛い」
「っ!!」

 勇者の笑う声で状況の異様さに気づいた。なんで俺、勇者から食べさせてもらってるんだろう。魚の残骸を見て我に帰る。爛れた掌は数日前に完治しているのに、勇者に甘えるなんて何を考えていたんだ。硬く口を引き締めてとりあえず俯いた。

「、?」

 唇に甘い汁が付いた。開かなくなった口に勇者が首を傾げる。プルプルと瑞々しい真っ白な果肉がいく宛なく宙を彷徨っている。再度、近づいた果肉に顔を背けて、避ければ頬をニ本の指先が柔く潰す。ムグ、とついてでた呻きにセーレの緊張感とは比例して勇者は表情を和らげた。

「あー、」

「……」

「食べないのか?」

 今更抵抗するのなんて無駄なことはわかっているけれど、一旦頭を整理したくて唇を引き結ぶ。すると勇者は行き場がなくなった果肉を食んでみせた。滴る果汁が皿に音を立てる。毒味をしてみせるように勇者は嚥下すると果肉を突き刺した。

「あーん」

「……、ん」

 拒否にも動じない勇者に根負けしたのはセーレだった。頷いた勇者は癪だけれど、仕方がないと無理やり納得することにする。そんな細かいことを一つ一つ考えていたら魔物のプライドが粉々になっていることに気づいてしまう。

「いい子」

 無事に空になった皿に意志薄弱な自分を悔しく思う。追い討ちに勇者の掌が頭を撫でるから首をすくめた。勇者は反抗するこちらなど何も気にしていない様子で傷の経過観察を始めるので居心地が悪い。魔物なんて人間よりも丈夫なのに硝子を突くように優しく触れられると混乱するからやめてほしい。


「はあ、」

 ベッドに寝転がるのも五回目。ついに、セーレは真理に気づかざるを得なくなっていた。自身のここでの待遇が囚人でも捕虜でもなく、客人であることに。果実までついた3食のご飯と用意された衣、それに加えて勇者の態度だ。あんなの魔王にする態度ではない。セーレの力量は測れているはずで油断させる意味がないことなんて理解したはずなのだ。なのに、勇者は幼子を相手するように甲斐甲斐しく世話をして、警戒を解き、剣さえ穿いていない。もてなされているという事実に辿り着いたセーレは数回、水差しを零しては動揺にぽかんと口を開いていた。

「……なんで?」

 待遇と勇者の態度がわからない。疑問が駆け抜けて起き上がると頭を抱えた。和平をするにも交渉の一つもされない。
 そして、悩みの種はそれだけではない。いや勇者関連といえばそうなのだが、セーレは勇者に絆されまくっていた。気づけばセーレは、朝勇者が起こしてくれることを待っているし、毎日小さく切られた果実を楽しみにしてしまっているし、何より勇者の微笑みを待つ自分がいる。こんなのおかしいと押さえつける理性に抗う鼓動と火照る頬が自覚させていた。

「こんなの、だめ。俺は魔王なんだから」

 叶うはずがない。叶っていいはずがない。きっと、今も魔王城は混乱状態だし、カミラの激怒する姿が思い浮かぶ。こんなもてなされ甘やかされる生活に浸っているままではいけない。離れなくては。
 決心した心はズキズキと燃やされるような痛みを訴えて、頭を振る。丁度襲った眠気に身を任せて身体を沈めた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

俺の妹は転生者〜勇者になりたくない俺が世界最強勇者になっていた。逆ハーレム(男×男)も出来ていた〜

陽七 葵
BL
 主人公オリヴァーの妹ノエルは五歳の時に前世の記憶を思い出す。  この世界はノエルの知り得る世界ではなかったが、ピンク髪で光魔法が使えるオリヴァーのことを、きっとこの世界の『主人公』だ。『勇者』になるべきだと主張した。  そして一番の問題はノエルがBL好きだということ。ノエルはオリヴァーと幼馴染(男)の関係を恋愛関係だと勘違い。勘違いは勘違いを生みノエルの頭の中はどんどんバラの世界に……。ノエルの餌食になった幼馴染や訳あり王子達をも巻き込みながらいざ、冒険の旅へと出発!     ノエルの絵は周囲に誤解を生むし、転生者ならではの知識……はあまり活かされないが、何故かノエルの言うことは全て現実に……。  友情から始まった恋。終始BLの危機が待ち受けているオリヴァー。はたしてその貞操は守られるのか!?  オリヴァーの冒険、そして逆ハーレムの行く末はいかに……異世界転生に巻き込まれた、コメディ&BL満載成り上がりファンタジーどうぞ宜しくお願いします。 ※初めの方は冒険メインなところが多いですが、第5章辺りからBL一気にきます。最後はBLてんこ盛りです※

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。 挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

処理中です...