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不夜城のキマイラたち⑵
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(全く鬱陶しい奴等だ
)
鮮やかなネオンや照明の照らす霧ヶ峰市の商店街の中を疾走しながら呉は内心舌打した。
着ている黒地に細い縦縞のスーツの上着の裾が風にはためき、両胸から腰にかけて刻まれた派手な刺青があらわになるが気にしてはいられない。背後からC機関の制服を着た男女が数人口々に何かを叫びあい、執拗に呉を追いかけてくる。
(畜生。俺は一体どこでミスった)
呉はぎり、と歯を噛み締める。ずっと走っているせいか、息が少し荒い。こんな奴らキマイラの能力さえ使えれば……一瞬で片付けてやるのに。
ただ逃げ続けることしかできない自分が歯がゆい。だが、人目のある場所ではキマイラの力は使わないという誓いを自らに立てている。今はとりあえず逃げるしかない
息を切らせながら走り続ける呉の目に、商店街のアーケードと隣接するビルの隙間が映る。
(…!)
呉は黒いスーツをはためかせながら咄嗟の判断でビルの隙間に入り、大きな体を縦にして蟹這いのような体勢で息を潜めた。数分もたたないうちにC機関のカーキ色の制服がすぐ目の前を通り過ぎて行く。
(…やり過ごせたか? )
頭をもたげた小さな不安に呉は隙間から顔だけを少し出して周囲を伺う。通りには誰もいない。冷えた夜の空気が鼻腔を刺激して気持ちよい、そのままホッと一息つくと冷や汗がどっと吹き出した。脚が震えて口の中がひどく渇いていた。
そのまま呉が細いビルの壁面と商店街の隙間を抜けるとひらけた場所に出た。
ふと、やわらかい色の明かりが目に入る。横一列で右と左に分かれて祭りなどでしか見られないような夜店がセピア色ののぼり旗を掲げている。遠くのほうに昭和初期にあったとされるレトロなデパートがあり、夜空に屋上から放たれた広告の役目を果たすアドバルーンが浮いている。
どことなく時代遅れになったような風景を横目に呉はいつもの喫茶店に立ち寄ろうと思った。喉が渇いていて何か飲み物が欲しくなったのだ。
できれば温かいコーヒーか紅茶にミルクをたっぷり入れて飲みたい。
***
【喫茶 アンティーク】
昭和の時代にタイムスリップしたような街並みを眺めながら、コーヒーや紅茶・軽食を楽しめると流行った時期があったが、それは一時的だったようだ。今では客の入りもまばらで来るのはよほどの物好きか、常連客だけ。
店のマスターは痩せた中年男性でどこか男か女かぱっと見分けがつかない中性的な顔立ちをしている。カウンターから店内を見渡すと1組の男女と奥のほうのテーブル席に座っている異様な雰囲気の男性が目にはいった。
黒い奇妙なデザインのマスクで顔をすっぽりと覆い、首とファー付きの黒いジャケットを着た上半身に包帯を巻いている。怪我でもしたのだろうか?
マスターはその客が気になり、話しかけてみることにした。
「…こんばんは。その包帯、どうされたんですか?」
「你好, 夜晚好。 ... 嵌合體做了。
(やあこんばんは。これか? …キマイラにやられたのさ)」
マスターのほうを向いた男の口から流れるように聞きなれない言葉が紡がれた。意味はわからないが、日本語ではないと思ったのでマスターは慌てた。
「えっと、あの…日本語、わかりますか?」
「ーーーーー…ああ、すまない。日本語なら話せるよ。海外での生活が長くて馴染んだ言語が出てしまった」
マスターの動揺を見てとったのか、男はしばらくの沈黙ののちにそう言った。マスクの奥にのぞく目が少し細められた様子からきっと微笑んだのだろう。
「ああ、そうでしたか。どちらにいらっしゃったんです?」
「香港とマカオあたりを行ったり来たり…かな。この町に来たのはつい最近だよ」
ここはいいところだね、と男は言った。「空気は澄んでるし、なによりも静かで落ち着く。…そういえば町の上空がやけに暗いけどいつもこんな感じなの?」
「はあ。そうですねえ、この町はいつも真っ暗ですし、これじゃ夜と変わらないですよ…隣やよその町はどうなんでしょうかね」
)
鮮やかなネオンや照明の照らす霧ヶ峰市の商店街の中を疾走しながら呉は内心舌打した。
着ている黒地に細い縦縞のスーツの上着の裾が風にはためき、両胸から腰にかけて刻まれた派手な刺青があらわになるが気にしてはいられない。背後からC機関の制服を着た男女が数人口々に何かを叫びあい、執拗に呉を追いかけてくる。
(畜生。俺は一体どこでミスった)
呉はぎり、と歯を噛み締める。ずっと走っているせいか、息が少し荒い。こんな奴らキマイラの能力さえ使えれば……一瞬で片付けてやるのに。
ただ逃げ続けることしかできない自分が歯がゆい。だが、人目のある場所ではキマイラの力は使わないという誓いを自らに立てている。今はとりあえず逃げるしかない
息を切らせながら走り続ける呉の目に、商店街のアーケードと隣接するビルの隙間が映る。
(…!)
呉は黒いスーツをはためかせながら咄嗟の判断でビルの隙間に入り、大きな体を縦にして蟹這いのような体勢で息を潜めた。数分もたたないうちにC機関のカーキ色の制服がすぐ目の前を通り過ぎて行く。
(…やり過ごせたか? )
頭をもたげた小さな不安に呉は隙間から顔だけを少し出して周囲を伺う。通りには誰もいない。冷えた夜の空気が鼻腔を刺激して気持ちよい、そのままホッと一息つくと冷や汗がどっと吹き出した。脚が震えて口の中がひどく渇いていた。
そのまま呉が細いビルの壁面と商店街の隙間を抜けるとひらけた場所に出た。
ふと、やわらかい色の明かりが目に入る。横一列で右と左に分かれて祭りなどでしか見られないような夜店がセピア色ののぼり旗を掲げている。遠くのほうに昭和初期にあったとされるレトロなデパートがあり、夜空に屋上から放たれた広告の役目を果たすアドバルーンが浮いている。
どことなく時代遅れになったような風景を横目に呉はいつもの喫茶店に立ち寄ろうと思った。喉が渇いていて何か飲み物が欲しくなったのだ。
できれば温かいコーヒーか紅茶にミルクをたっぷり入れて飲みたい。
***
【喫茶 アンティーク】
昭和の時代にタイムスリップしたような街並みを眺めながら、コーヒーや紅茶・軽食を楽しめると流行った時期があったが、それは一時的だったようだ。今では客の入りもまばらで来るのはよほどの物好きか、常連客だけ。
店のマスターは痩せた中年男性でどこか男か女かぱっと見分けがつかない中性的な顔立ちをしている。カウンターから店内を見渡すと1組の男女と奥のほうのテーブル席に座っている異様な雰囲気の男性が目にはいった。
黒い奇妙なデザインのマスクで顔をすっぽりと覆い、首とファー付きの黒いジャケットを着た上半身に包帯を巻いている。怪我でもしたのだろうか?
マスターはその客が気になり、話しかけてみることにした。
「…こんばんは。その包帯、どうされたんですか?」
「你好, 夜晚好。 ... 嵌合體做了。
(やあこんばんは。これか? …キマイラにやられたのさ)」
マスターのほうを向いた男の口から流れるように聞きなれない言葉が紡がれた。意味はわからないが、日本語ではないと思ったのでマスターは慌てた。
「えっと、あの…日本語、わかりますか?」
「ーーーーー…ああ、すまない。日本語なら話せるよ。海外での生活が長くて馴染んだ言語が出てしまった」
マスターの動揺を見てとったのか、男はしばらくの沈黙ののちにそう言った。マスクの奥にのぞく目が少し細められた様子からきっと微笑んだのだろう。
「ああ、そうでしたか。どちらにいらっしゃったんです?」
「香港とマカオあたりを行ったり来たり…かな。この町に来たのはつい最近だよ」
ここはいいところだね、と男は言った。「空気は澄んでるし、なによりも静かで落ち着く。…そういえば町の上空がやけに暗いけどいつもこんな感じなの?」
「はあ。そうですねえ、この町はいつも真っ暗ですし、これじゃ夜と変わらないですよ…隣やよその町はどうなんでしょうかね」
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