上等だ

吉田利都

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美咲と僕

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「うおおおりゃああ!!!」

グラウンドのど真ん中で美咲と山本が争いあっていた。

なぜかはわからないけど多分山本の言いがかりだと思う。

いつも山本は何かにつけて美咲を呼び出し返り討ちにあう。

そんな二人をただ、二階の教室の窓から眺めていた。

「おい、黒沢」

「な、なに?」

「何?じゃねぇんだよ。山本が呼んでるんだよ早く来い。」

「わかった。」

僕の名前は黒沢圭《くろさわけい》。

この学校での僕の役割は、

「お、来たか黒沢。」

「じゃあ、今日も遊ばせてもらうぜ。」



ドッ!!



そう、サンドバッグだ。

山本の機嫌が悪いということはまた美咲に負けたのだろう。

僕はおとなしく殴られる。

「ウッ!!ガハッ・・・」

何度も何度も蹴られ、殴られたお腹は酷く青紫に染まっている。

「おう、黒沢。今日はやけにおとなしいじゃねぇか。」

「大分お前もサンドバッグとしての自覚が出てきたな。」

山本とその周りのやつらが笑っていた。

「ふぅ、すっきりしたぜ。あとはお前ら好きにしていいぞー。」

「へい!」


僕はまた殴られる。



ドッ!!



「そろそろ飽きたな、黒沢。もう帰っていいぞ」

僕は何も言わずに立ち上がり、制服の汚れを払って教室に戻った。

「黒沢君。大丈夫?」

僕を呼ぶのはクラスメイトの酒井さん。

「うん、平気。」

酒井さんはハンカチを貸してくれた。

「あまり僕といると酒井さんも何されるかわからないから関わらないほうがいいよ。」

「黒沢君・・・」

僕は酒井さんの心配をしているわけじゃなかった。

むしろ嫌いだった。

酒井さんはいつも僕が殴られているのを陰で見ているだけだったから。

そんな希望を持たせるなら近寄らないで欲しい。

というのが本音。


ガラガラ

教室に戻ると大体が僕を見る。

いつもの事なのに。


授業が始まっても僕へのいじめはおさまらない。

シャーペンや消しゴムを落とせば確実に戻ってこないし、プリントは一番後ろの僕まで回ってこない。

クラスのみんながグルなのだ。みんな僕に優しくすれば狙われかねない。

いじめというものはこうも人の悪い部分がみえるのかと当初は思っていた。


授業が終わると休憩時間は大体トイレにいる。

誰も僕を見ないし探そうともしない。

この繰り返しの上にぼくの人生は成り立っている。

なんて哀れな人生なのだろう。



放課後

それが僕の生きがい。

それがあるから毎日学校にも通えている。

早く帰ってチャックを散歩に連れて行かなきゃ。

「おい、お前。」

嘘だろ。

恐る恐る振り返る。

「おい。お前2組の黒沢だよな。」

「は、はい。」

そこには美咲が立っていた。
女子にしては身長が高く喧嘩っ早いため付いたあだ名は【巨人】

僕は彼女を見上げていた。

「なんだその顔。ボコボコじゃねぇか。」

「いや、まあ。はい。」

「ま、どうでもいいけどこれ。落としたぞ」

美咲はカフェのパンフレットを僕に渡した。

「あの、これ僕のじゃないですよ。」

「あ?じゃあ誰のなんだよ。」

「し、知らないですよ。カフェなんか行かないですし。」

「そっか、悪かったな。じゃ。」

そういうと美咲はパンフレットをびりびりに破いて捨てた。

なぜ破いたのかはわからない。

僕はとりあえずこの場から立ち去ることにした。


家に着くと愛犬のチャックが玄関まで迎えに来てくれた。

「チャック~君だけが僕の友達だぁ。」

僕はチャックが大好きだ。

小学生の頃、父が僕の誕生日プレゼントにくれたのがチャックだった。

チャックはポメラニアンで毛色は黒。

僕は一目見た時からチャックと呼んでいた。

「早速散歩に行こうか、チャック。」

チャックは散歩という言葉を聞くと二足で立ちピョンピョン飛び跳ねる癖があった。

それがなんともかわいいのだ。

急いで着替え、準備をする。

「行ってきまーす」

家には誰もいないのだけど毎回言うようにしている。


「今日はどこのルートを開拓しようか。」

僕とチャックは同じ散歩道はあまり通らない。

新しい道を歩いたほうが僕もチャックも楽しいのだ。

「ここから曲がってみようか。」


「わぁっ!?」

危うくぶつかりそうになったところで自転車は止まった。

「危ねぇじゃねぇかよ!」

「ご、ごめんなさい!」

「気をつけろ・・・ん?」

「え?」

「黒沢じゃねぇか!」

「美咲・・・」

美咲は買い物帰りのようだった。

「お前、何してんの?」

「なにって、犬の散歩。」

美咲はチャックを見た。

「おぉ!ポメラニアンじゃねぇか。」

チャックをワシワシとなで回す。

「かわいいな~名前は?」

「チャック。」

「意味は?」

「特にないよ。一目見た時からチャックだと思ったんだ。」

「へー。いいね、そういうの。」

美咲ってこんなに普通だったっけ。

いつもはムッとした顔で誰かにがんを飛ばしてるのに。

「そうかな。」

心なしかチャックも美咲に気を許している様子だった。

「あたし家この辺だからさ、また散歩するとき呼んでよ。」

「え?」

「なんだよ。別にいいじゃねぇか。」

美咲がそこまで犬好きだとは知らなかった。

「な?いいだろ?」

断れば何されるかわからない威圧感があったので渋々了承した。



美咲と別れた後僕はチャックに問う。

「美咲が今度散歩に同行したいらしいけどどうなんだ?」

「あいつがいたら怖くて散歩にならねぇよ。」

チャックは僕を見つめしっぽを振っていた。

「そうか。お前はどっちでもいいのか。そうだよな。」

僕は悩んでいた。

その日の散歩はチャックには申し訳ないけど身が入らずにいた。



なんやかんやで家に着くと母さんが帰っていた。

「あら、お帰り。ご飯できてるけどどうする?」

「うん。もう少し後にする。」

チャックのリードを外して、足を拭いてあげた後僕は二階へと上がった。

「そう。今日は圭の好きなハンバーグだからね。」

その言葉に一瞬胸が躍ったがまた僕は考えていた。

「美咲と散歩なんて死んでも嫌なんだが」


「圭?」

「起きなさい。」

しまった。僕は寝てしまったようだ。

時間を見ると夜10時

「母さん。ハンバーグある?」

「あるわよ。早く起きて降りてきなさいね。」

僕は目をこすりながら食卓へ向かう。

降りてきた僕の顔を見た母さんが驚いていた。

「どうしたのその顔!?」

今日はいつもより殴られたからか顔の腫れが少し残っていた。


「チャックと散歩してたらつまずいたんだ。今日のルートはもう行かないよ。」

「気をつけなさいよ。もう高校生なんだから。」

「うん。」

母さんは僕がいじめられているなんて知ったらどう思うかな。

味噌汁を飲みながらチラッと母さんを見る。

あきれた表情をしている。

「母さん、明日は母さんがチャックの散歩に行ってくれない?」

また、驚いていた。

「私が行っていいの?いつも僕が行くんだ!ってリードを取り上げてたじゃない。」

「うん。明日だけでいいからお願いできないかな。」

「まあそこまで言うなら良いけど。」

「ありがとう。」

僕は食べ終わると食器を片付けて風呂に入った。

「これで、美咲に会わなくて済むぞ。」

「いつも僕が散歩してるって知ったら待ち伏せされそうだからな。」

「せっかくの休みだし空いた時間に映画でも見に行こう。」

休日の予定が立つだけでこんなにも幸福感が増すなんて神様も優しいもんだ。

部屋に戻るとベッドに倒れこんだ。

さっき寝たばかりなのに体がポカポカして眠たくなってきた。

少しくらい勉強しないと来週は期末試験なのに。。。。




ジリリリリリリ

ダンッ

「うるさいなぁ。」

父さんは買ってきた目覚まし時計をあまりにもうるさいからと
僕にくれたがハッキリ言って迷惑だ。

でも、もらったものを使わずにはいられない性格のせいで

毎朝不快な目覚めなわけである。

「母さーん。」

呼びかけるが返事がない。

「あれ、仕事は昼からのはずだけどなあ。」

階段を降り、居間に向かうも母さんどころかチャックもいない。

「まさか、朝から散歩に行ってるのか。」

「ま、いいや。僕も準備して行こうっと。」

適当にパンをつまみながら着替えているとインターホンがなった。

ピーンポーン

「誰だろう、はーい」

ガチャ

母さんとチャックだった。

「なんだ母さんか。鍵持ってなかったの?」

「ちょっと買い物してたから手が空いてなくってね。」

チャックのリードを外し足を拭いてあげていると

「あ、あの。どうも。」

「へ?」

そこには見覚えのある顔がいた。

「散歩してたらね、もしかして黒沢君のお母さんですか?なんて言ってくるもんだから」

「ビックリしちゃって。話してみたら圭の友達だっていうからまたビックリしたわ。」

ハハハハなんてのんきに笑ってる場合じゃないぞ母さんよ。

こいつが学校でなんてあだ名で呼ばれているのか知ってるのか。。。

小声で母さんに話す。

「なんで連れてきたんだよ。」

「なんでって、友達だっていうからせっかくなら上がっていってもらおうと思って。」

「お邪魔だったかな?黒沢君」

こいつ、人の母親の前ではいい子ぶってやがる。

「お邪魔もなにも僕はこれから映画を見に行くところなんだよ。」

「あら、それなら美咲ちゃんと一緒に行ってらっしゃいよ。」

なんでそうなるんだ!

「あ、でも黒沢君お友達と約束されてるんじゃ・・・」

「してないよ。」

食い気味に答えてしまった。

「じゃあ、丁度いいじゃない。」

母さんの微笑みにこの時ばかりは胸が痛んだ。

この状況は誰にも打開できないだろうと察し僕は決意した。

「ちょっと待ってて、カバン取ってくる。」

「わかった。」

急いでカバンを取り、家を出る。

「じゃ、行ってくるよ。」

「はーい、気を付けてね。」



僕は今日、初めて友達?と映画を見に行く。
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