上等だ

吉田利都

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変わる日常

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月曜朝七時

目覚まし時計が鳴る5分前に僕は目が覚めた。

今日は学校。

だけどいつもと違う学校。

友達がいる学校。

高校に入ってから初めて目的を持ち、通うことになる。

ジリリリリ‼‼

ダンッ

「うるさいっ」

結局鳴ってしまった。

起き上がり顔を洗う。

「ん、チャックか。おはよ」

チャックも目が覚めたらしい。

口を開いて寝ぼけているようだ。

「圭、ちょっと来てー。」

母さんの声だ。なんだろう

「ちょっとまって」

「早く早く」

急いでリビングに向かうと母さんはテレビを見ていた。

「これみて」

「関東全域で大雨洪水警報が発令中、外出する際はお気をつけてって・・・」

そう、今日は年に一回あるかないかの豪雨だったのだ。

「マジかよ・・・」

「こりゃ、道路も渋滞だろうけど」

「どうする?母さん今日は仕事休みだから車で送ろうか?」

なぜかわからないけど僕は断った。

「いいよ、カッパ着ていくから。」

「え、ほんとに大丈夫?」

「ただでさえ、転んで傷作ってくるのに。」

「大丈夫だよ。」

なるべくこれ以上酷くならないように素早く朝食を済ませ僕は家を出た。

「こりゃすげぇな。」

吹き荒れる雨風。木々も揺れていた。

自転車にまたがる。

スリップするかもしれないからスピードが出せない。

横風に飛ばされそうになる。

「学校に無事着けるのだろうか・・・」

いくらカッパを着ているからとはいえ足元はすぐに濡れてしまった。

流石に長靴でも履くべきだったか。

半分やけくそでガムシャラにこぎ続ける。

とりあえず風がしのげる脇道に入ろう。

いつもとは違うルートで行くことにする。


「カッパ着てると暑いな」


雨なのか汗なのかわからない状態でやっと学校に着いた。

息が整わない。

ずっと漕ぎっぱなしだったせいか。

駐輪場では僕と同じように汗を流す生徒がちらほら見えた。

まだ心臓が落ち着かない中、教室に入る。

いつものように一瞬僕の顔を見て皆すぐ顔を背ける。

「おはよ。黒沢」

ただ、美咲を除いて。

「お、おはよう。」

辺りは少しざわつく。

多分周りから見れば山本だけじゃなく美咲にまで目をつけられたと思うに違いない。

「なんだよ、黒沢元気ねぇな。」

「それに、めちゃめちゃ濡れてるじゃん。」

ほんとに普通に話しかけてくるんだな。

「いや、雨だからさ。」

「そりゃわかるけど、タオル持ってねぇの?」

「うん」

美咲は待ってろと言うと教室を出て行った。

戻ってくるとタオルを投げてきた

「わっ、投げないでよ。」

「これ使っていいから拭けよ。風邪ひくぞ」

僕は会釈し使わせてもらった。

周りの目は完全に僕たちに集まっていた。

「そんでさ、黒沢。」

「なに」

「この雨も午後には消えてるらしいし放課後付き合えよ。」

「どこに?」

「どこでもいいだろ。じゃ、放課後な。」

ニコッと笑って自分のクラスに戻っていく。

僕は初めて学校で友達と会話し放課後の予定を立てた。

なんだかにやけている気がしたので借りたタオルで
顔を拭くふりをしてごまかす。

なんなんだあれはと言いたげな顔で皆が僕を見ていた。

山本の子分はガンを飛ばしていたけれど。

そして、あっという間に放課後になってしまった。

なってしまったというのは
山本に殴られずに済んでしまうというあまりにも普通な一日で拍子抜けしたからだ。

今日は絶対何か言われると思っていたのにどうしてだろう。

警戒しているのか?

でも、顔に傷を作ることがないのは良いことだ。

僕が母さんにドジったと思われないで済む。

下駄箱に向かうと美咲が待っていた。

「よっ。」

既に靴に履き替えイヤホンをしている。

美咲って音楽聞くんだなってちょっと感心した。

「何聞いてるの」

大体の人は音楽の事を聴かれるのは恥ずかしいというのに
僕はそういうのを気にせず聞いてしまった。

「ん、ロックだよ。」

そうきたか。

ロックを聴く人はバンド名を言わない。

言っても理解されないと分かっているからだ。

だが僕は一味違うぞ美咲よ。

なんせ僕はゾンビ映画よりも好きなのがロックだからな。

「なんてバンド?」

「言ってもわかんねぇよ。」

ちょっと突き放したように言うが僕は問い詰める。

「僕もロック聞くよ。」

自分で言っておきながらこの言葉は信用できない。

流行りのバンドのうわずみをすくった曲しか聞いてないやつらばかりだからだ。

中学の虐められていなかった頃によく体験したことだ。

それなのになぜ僕がこの言葉を言ったかというと

単純に共有したかったから。

多分僕と美咲の趣味は似ている。

勝手に思い込んでいるだけだけど。

「へぇ、どんなの聞いてんの」

「邦楽も洋楽もロックは全般聞いてるよ。」

「マジかよ。黒沢が聞いてるなんて意外だな。」

「僕だってフラストレーションは溜まるさ。」

「じゃあ、Green Dayってバンド分かる?」

きた。美咲は洋楽が好きなのか。

「もちろん知ってるよ。」

「お!すげぇ。あたし以外で聞いてるやつにあったの初めてだ・・・」

美咲は僕の顔をうなずきながら見ていた。

「で、Green Dayのなに聴いてたの」

「When I come aroundって曲」

「あたしこの曲で中学の頃自暴自棄にならずに済んだんだよ。」

「へぇ、そうなんだ。」

「帰ったら歌詞見てみなよ。黒沢も元気出るからさ。」

わかったといったが実は知っていた。

あの夕焼けを見た日に美咲の話を聞いていなかったら

知っているとその場で答えただろう。

とても複雑だった。

彼女も僕と同じように音楽などの娯楽が逃げ道だったんだろう。

なんだか気まずくなったので話を変えることにした。

「それで、どこに行くの?」

「あ、そっか。すっかり忘れてた。行こうぜ。」

「結局どこなんだ。」

「ゲーセンだよ」

「な、なぜ?」

「いいじゃん好きなんだよ。」



まるで今朝の雨が嘘かのように外は晴れている。

放課後にゲーセンなんてまたしても高校生らしい出来事だ。

楽しみで仕方がない。

けどあまり顔に出すと馬鹿にされそうだからタオルで汗を拭くふりをする。

「あ、それ洗って返せよ。」

「わ、分かってるよ。」
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