上等だ

吉田利都

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夕焼けの色

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僕と美咲は長い坂をひたすら下る。

帰りの事を考えるとぞっとした。

「ちょっと急ごう、あと少しでいい感じに半分沈むはず。」

「わかった。」

小走りで坂を駆ける。

潮のにおいがだんだん強くなる。

小さいころ家族で海水浴に行ったことを思い出して懐かしさを感じた。

「ここ昔はよく来てたんだけどさ
高校生にもなると何かと忙しくて行かなくなっちゃたんだよね。」

「じゃあ今日なんで行こうと思ったの?」

「んー、なんとなく思ったんだよな。」

よく来てた場所に友達なのかわからないやつと行きたいと思うだろうか。

美咲の考えてることがこの時の僕にはよくわからなかった。

漁港の入り口には大きな門があった。

「ここ、18時には閉まっちゃうからあと一時間だな。」

「あの辺まで行こうか。」

「うん。」

美咲おすすめの場所があるらしい。

大人しくついていく。

「ここのテトラポット少し滑るかもしれないから気を付け・・・」

「うわ!」

僕は足を滑らせてしまった。

美咲がとっさに手を伸ばしてくれたおかげで落ちずに済んだ

落ちても下は砂なのでどうってことないのだが美咲が伸ばしてくれた手に僕はしがみついた。

「だから言っただろ。」

「もっと早くに言ってくれても・・」

砂利を振り払う。

「ほら、見て黒沢。」

顔を上げるとまばゆい陽の光が目に飛び込んできた。

「うっ、夕焼けってこんなにまぶしいの?」

「そう、ここから見る夕焼けは朝焼けみたいにまぶしいんだ。」

目が慣れてきたのでしっかりと見つめる。

「うわ、すごい。」

繊細で綺麗なオレンジ色の太陽。

ここで泣いてしまってもきっと綺麗に染めてくれるだろう。

ダメだ、ほんとに泣けてくる。

「黒沢どうよこの景色」

美咲が振り返って尋ねる。

「っておまえどうした!?」

やばい、見られた。

「え、いや目にゴミが入って」

「ナハハハ、黒沢は嘘が下手だな!」

バカにしやがって、そういう無頓着なところがキライだ。

「でも、わかるよ。」

美咲の顔つきが変わる。

腰を下ろしたので僕もつられて座った。

「あたしもさ、初めてこの夕焼けを見た時に泣いたんだ。」

意外だった。美咲の涙なんて一度も見たことがない。

「中学の時あたし凄い浮いてたんだよ。」

「今もじゃないか。」

つい口を滑らしてしまった。

「まあそうなんだけどさ。」

「今と違う浮き方だったんだよ。」

僕と美咲は同じ中学ではない。

なので美咲がどのような人生を歩んできたのか僕は知らない。

でも、今の会話で気づいた。

彼女は僕と同じ立場の人間だったのかもしれない。

「もしかしてさ、美咲も」

「うん。そうだよ。」

空を裂くスピードで彼女は答えた。

「まだ何も言ってないよ。」

「言わなくてもわかる。あたしも黒沢と同じだったから。」

人は同じ境遇や共通の話題があると一気に親密になるという。

僕もそれに当てはまるのかもしれない。

漁港の風が僕たちの体に強く吹きつける。

「美咲ってさ」

「なんだ?」

「友達はいるの?」

学校でも誰かとつるんでいる所を見たことがない。

「なんだよ、バカにしてんのか?」

「いや!そういうのじゃなくて。」

美咲は遠くを見つめる。

「いたよ。」

「でも、友達じゃなくなった。」

「そうなんだ。」

大体は想像がつく。
恐らく彼女の友達も自分の身を第一に考えたのだろう。

庇えば狙われる。当たり前といえば当たり前だ。

「案外あたしと黒沢は似た者同士だな。」

「うん。そうだね。」

ぎこちないやり取りを数回繰り返し言えなかった一言を

次は僕が切り出す。

「僕と友達にならない?」

美咲は一瞬固まって笑みをこぼした。

「ブハッ!なんだよそれ。」

「なんだよって。なんだよ」

「高校生にもなってそんなこと言うやつ初めてだぞ。」

「う、うるさいな。」

言われてみればそうだ。確かにおかしい。

「でも、その一言が大事なのかもな。」

「後になって裏切ることなんて簡単だからな。」

「そうだよ。」

美咲は立ち上がり、もうほとんど沈んでしまった夕日を見て言った。

「いいよ。」

「あたしと黒沢は今日から誰が何と言おうと友達だ。」

辺りは暗くなりつつあるけどその時の美咲の顔は輝いて見えた。

「ありがとう。」

下を向いて呟く。

「さ、あと10分もしたら門が閉まるから早く出よう。」

「うん。」

立ち上がってすっかり沈んでしまった水平線を眺めた。

「学校でも話す?」

「当たり前だろ。友達なんだから」

「そっか。」

「やっぱ面白いな黒沢。」

朝とは打って変わって帰り道は自然と言葉を交わせた気がする。

坂道も登り切ってしまっていて、気づけばもう僕の家だった。



「じゃあ、月曜日な。」

「うん。また。」

美咲が見えなくなるまで小さく手を振った。


「ただいま」

チャックがしっぽを振って迎えに来る。

「おぉ、チャック~なんだか久々に会った気がするよ。」

「何言ってんのよ。」

「あ、母さん帰ってたんだ」

「今日は早くに仕事が終わってね。」

「もう、ご飯できてるけど食べる?」

「うん!」

その日の晩御飯はいつもより喉を通る気がした。

「なんか、いいことでもあったの?」

「いや、なんでもないよ。」

「美咲ちゃんとはどうなの?」

僕はご飯をのどに詰まらせた。

「なにもないよ。ふつう、ふつう。」

「ふ~ん。」

母さんはニヤニヤしながらお茶を作っていた。

「ごちそうさま。お風呂入るね。」

「もう食べたの!?」

「来週テストだから勉強したいんだ。」

「そう、頑張ってね。」

食器を台所までもっていきそそくさと浴室に向かった。

月曜日って言ってもどんな顔して会えばいいのだろう。

暑いシャワーを浴びて必要以上に頭を洗う。


部屋に戻るとベッドに倒れこみ僕は眠った。

また、勉強してないや。

でも眠気には勝てない。

「今日は、なんだか色々あったけど」

「良い日だったな。」
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