猟官 跡部良弼

ご隠居

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目付・鳥居耀蔵、南町奉行に任ぜらる。

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矢部やべ駿河守するがのかみあと、南町奉行もうくる…」

 将軍・家慶いえよしの声が御座之間ござのまひびいた。

 その瞬間しゅんかん平伏へいふくしていた目付めつけ鳥居とりい耀蔵ようぞう忠耀ただてるは体があつくなった。従六位じゅろくい布衣ほい役である目付めつけから一気いっき従五位下じゅごいのげ諸大夫しょだいぶ役である江戸町奉行へと、それも北よりも格式かくしきたかい南の町奉行ににんじられたのだから無理むりもない。

 一方、月番つきばん老中の眞田さなだ信濃守しなののかみ幸貫ゆきつらかずに、

結構けっこうおおけられ、有難ありがとぞんじまする…」

 耀蔵ようぞうわってそう応じた。すると家慶いえよしつづけざま、

だんじてようつとめぃ…」

 念押ねんおしするようにそうめいじた。

 本来ほんらい型通かたどおりの台詞せりふであったが、しかし、家慶いえよしのそれには実感じっかんめられていた。

 何事なにごとにも相役あいやくである北町奉行の遠山とおやまとも良く相談そうだんの上、職務しょくむはげめよ…、つまりは独断専行どくだんせんこうつつしめよと、家慶いえよし型通かたどおりの台詞せりふにそのような意味いみめたつもりであったのだが、しかし、耀蔵ようぞうむねとどくことはなかった。

 ともあれそれに対してもやはり幸貫ゆきつら平伏へいふくしている耀蔵ようぞうわって、

かしこまりたてまつりました…」

 こちらも型通かたどおりの台詞せりふおうじた。
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