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発見

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 秀頼薨去を二条城にいる家康に報せるよう寝所の外で且元に命じた長益は再び御小書院に…、今は骸となった秀頼が安置されているその御小書院に戻ると、秀頼に取り縋り、泣き暮れる姪の淀殿の傍に付き添った。我が子に先立たれるのはどれほど悲しいことか、長益は安易な慰めの言葉をかけてやることも出来ず、ただ傍に付き添うだけしかできなかった。

「申し上げまする」

 御小書院の入口に重臣の大野治長が姿を見せた。

「何事じゃ?」

 長益が淀殿に代わって用向きを聞いた。淀殿の悲嘆に水を差さぬようなるべく声を押し殺して聞いた。

「ははっ。されば先ほど、御城の御濠に胡乱なる者を見つけまして御座りまする」

 左様な下らぬことで一々、伺いを立てに来るなっ…、長益はそう怒鳴りつけたいのを堪え、

「左様なこと、その方の一存にて、処理すれば良かろうて…」

 極力、穏やかに言った。

「いえ、それがその…、胡乱なる者の見目形が問題でして…」

「なに?そは一体、いかなる意味ぞ?」

 治長の思わせぶりな物言いに長益はつい秀頼の死も忘れて興味を惹かれた。

「ははっ。さればその、御濠に浮きし胡乱なる者の見目形で御座りまするが、恐れ多くも秀頼君と瓜二つにて…」

 治長の言葉にそれまで秀頼の遺骸に取り縋り、泣き暮れていた筈の淀殿の耳にも入ったらしく、顔を上げると、治長の方を振り返り、「そはまことか」と問い質(ただ)した。

「まことで御座りまする」

 治長も豊臣家の重臣として、秀頼の顔は見慣れていた。その治長が言うのである。間違いなかろう。

「その者、今すぐにここへ連れて参れっ」

 淀殿は治長にそう命じた。

「どうなさるつもりじゃ」

 長益は淀殿に尋ねた。

「決まっておろう。この目でしかと確かめるのじゃ」

「一応、申しておくが、その胡乱なる者は決して、秀頼君ではないのだぞ?」

 長益は諭すように言ったが、今の淀殿には通じなかった。

「それぐらい承知しておるわ。なれど…、拾と瓜二つとか申すその胡乱なる者、この目でしかと確かめぬことには気がすまぬ」

 淀殿は目に力を込め、断固とした口調でそう言い切った。こうなると意地でも後へは引かぬのが淀殿という女の性格であり、そのことは誰よりも叔父である長益が知悉していたので、これ以上は何も言わずに淀殿の好きにさせることにした。
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